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8 質問してみる

 質問はイレーネの(がわ)から始まった。


「それで……君はあんなところでなにをしていたんだい?」


 それに対しヒロトは沈黙する。

 正直なところを言えば話したくない。意気揚々と城を出たのはいいものを、冒険者になれず、職業相談所ですら匙を投げられたなど大恥もいいところだ。

 しかし黙り続けるわけにもいかない。

 今となっては目の前の女性だけが、最後の頼みの綱となる蜘蛛の糸なのだから。

 結局、カンダタの轍を踏まないよう正直に話すことにした。


「冒険者ギルドに行ったんですが、規定レベルに達していなくて無理でした……。その後、職業相談所にも行ったんですがステータス不足って言われて……」

「……ふむ。君、レベルはいくつなのかね?」

「……1です」

「……!? また随分と低いな。生まれたての赤子並みだ」


 うすうす察してはいたが、自分の実力が赤ん坊と大差ないとハッキリ言われ、ガックリと落ち込むヒロト。

 しかし彼にも言い分はあるのだ。


「俺のいた世界ではレベルとかなかったんですよ……」

「ほう、想像もつかない世界だが、なかなかに興味深いな」


 イレーネは感心したように頷く。

 そんな彼女に今度はヒロトが質問する。


「あの……俺が最初に召喚された時に話した人って王様なんですよね?」

「ん? そうだがそれがどうかしたかね?」

「なんで王様とかいるんですか?」


 それはヒロトの素直な疑問だった。冷静に思い返してみると、この世界の技術レベルは元の世界と遜色ない。部分的には凌駕しているのではないかとさえ思える。

 そんな世界で何故王制が根付いているのだろうか?


「……? 王制がそんなに不思議かね?」

「身分の格差とか民主主義とか……そういうのないんですか?」

「ああ、確かにそういった国もあるが……」


 そこでイレーネは一度言葉を区切り思考を巡らす。

 相互にある認識の差について考えるかのように。


「そもそも王というのはそれほど自由ではないぞ。常に傍に誰かがいて、普段の生活から清廉さを求められる。自由な時間など全くない。……そんな面倒な仕事をしている人間に反発など抱かんさ」

「そ、そういうものですか?」


 理解できないという顔をしているヒロトだが、実のところ王制と技術進歩は必ずしも相反する関係ではない。

 技術進歩に伴い、生活に余裕ができた人々が社会や哲学に想いを馳せ、そうした人々から生じる倫理や道徳・人権や平等といった概念が、王制を始めとする身分制度とぶつかる可能性が高いというだけである。

 そしてそういった事態も絶対に起きるというわけではない。

 

 ヒロトは不勉強故知らなかったが、日本の天皇家やイギリス王室といったものは現代でも存続しているし、世界を見渡せば政治的実権を持った国王というものが存在する国もあるのだ。

 逆に形の上では民主主義の政治形態をとっておきながら、実質的には独裁政治が敷かれている国もあるし、そうした政府に民衆が反発し内紛となるケースもある。

 要は政治制度が維持できるか否かは、国民に対して不平等感や圧迫感を与えず、不平や不満を溜め込ませないことが重要となるのだ。

 ある程度の生活が保障され、権力者層が不当に利益を貪ったりしていなければ、民衆としてもリスクを冒し国家に反発する理由はないのである。


 そしてこの世界では、技術進歩によって民衆が飢えることはなく、権力者層による専横もない。

 なぜならば、下手に悪政を行い悪として認定されれば、大義名分を得た中毒者(ジャンキー)によって狩られるからである。

 兵士としても自分たちから不当に搾取する相手を、命がけで守る義理もないので中毒者(ジャンキー)を素通りさせてしまう。

 よって善政を行うことができない統治者は淘汰されてしまったのである。

 結果として現在では、『高貴なる義務ノブレス・オブリージュ』が自然の形で定着していたのだった。



「せ、戦争とかはないんですか?」

「昔はあったらしいがすぐになくなったらしいな」

「……なんで?」

「コストパフォーマンスが悪すぎるからだ」


 国家同士の戦争といったものの原因は宗教対立や歴史的軋轢といったものもあるが、概ね資源や領土を求めてのものが多い。

 しかしこの世界でそれをやってしまうと、中毒者(ジャンキー)たちの埒外の戦闘力によって一面が荒野となってしまう。

 そんな被害ばかり大きく、利益の見込めない戦争など誰も望まないのだ。



「他にはなにかあるかね?」

「あーそれじゃあ、鉄砲とかってありますかね?」

「……なんだそれは?」

「ええっと……鉄の筒の中で火薬を爆発させて弾を飛ばすっていうか……」


 乏しい知識からなんとか理解してもらおうと説明する。

 わざわざこんな質問をした理由は、重火器の類があればレベル不足を補えるのではないかと考えたからである。しかし――


「……大体のことは理解した。だがそれらがなんの役に立つのかね?」

「……へっ? ええっと武器?」

「……いや、意味ないだろうそれは」


 この世界の住人はレベルが上がれば身体能力が上がる。

 つまり銃弾であっても目で見て(・ ・ ・ ・)避けることが可能なのだ。

 加えてKAIJINレベルであれば、核ミサイルが直撃しても無傷で済ませるほどの「耐久」を誇る。

 ある程度のレベルであれば、重火器など文字通り豆鉄砲同然であり、レベルを上げて殴りかかった方がよほど効果的なのだ。


「スーパー○ンかよ……」


 そんなことを説明されたヒロトは頭を抱える。

 これでは軍オタや銃器マニアが召喚されても、モブキャラで終わる可能性が大だ。

 


「あー、それじゃあコイツはなんなんでしょうか?」


 そう言ってヒロトが指差す先には極彩色の巨大な鳥が一羽。

 正直に言えば、部屋に入ってからずっと気になっていたが質問できなかったのだ。


「ロバート・クリスチャン三世だ」

「…………。すいません、もう一度お願いします」

「ロバート・クリスチャン三世だ」


 真顔で繰り返すイレーネに、名前に関しては突っ込むまいとヒロトは誓った。




 ――そんな質問を繰り返しているうちに、何時の間にか日が暮れてしまった。


「……おっと、もうこんな時間か。とりあえず明日は出かけるとしよう。まずは君のレベルをなんとかしなければな」

「ッ! なんとかなるんですか!?」

「まぁ、たぶんな」


 なんという幸運! 俺最強ハーレムへの道は閉ざされていなかったかっ! とテンションの上がったヒロトはついでとばかりに尋ねる。


「あのー、図々しいかもしれないんですが、お風呂入っていいですかね?」

「……風呂? なんだそれは?」

「……へ? だからお湯に入って体を洗ったりとか……」


 あって当然とばかりにお風呂の説明をするヒロトだが、イレーネの反応は芳しくない。


「用途は理解したが……それは不要だな」

「いや、それじゃあどうやって体を洗うんですか?」

「こうやってだ――【浄化(ピュアリィ)】」

「うぉ!?」


 イレーネは掌をヒロトに向け何事か呟く。

 すると次の瞬間、ヒロトの体は青い光に包まれた。驚くヒロトだが、すぐに光は消える。


「……これって」

「浄化魔法だ。一般人でも普通に習得している魔法だな」


 ヒロトが自分の体を確認すると、痒みはとれ臭いもなく実に清潔な状態になっている。

 ――なるほど、これでは風呂など不要である……くそっ、お風呂でバッタリ計画が!?

 レベルがなんとかなるかもしれないと聞いて、余裕ができたのだろう……実に懲りない男である。


「それでは私は寝る。君はさっきの部屋を使ってくれ」


 ヒロトの邪な野望など気付かずイレーネは寝室に向かう。

 しかしまだだ。この程度で諦めるほどヒロトは殊勝な性格をしていない。

 夜這い――そんな単語を脳裏に()ぎらせ、彼は邪悪な笑みを浮かべたのだった――。

一言「ファンタジーなんだから近代兵器が無力でも不思議ではない」

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