7 拾われてみる
「――知らない天井だ」
某有名アニメの台詞を真似ながら、身を起こしたヒロトは周囲を見渡した。
先程まで自分が寝ていたのはベット、断じてベンチではない。
部屋は自分の部屋ではなく、それなりの広さだがあまり生活感は感じられない。
印象としては良く言えば客間、悪く言えば物置だろうか?
「……夢? ……うん、夢だよなー。いくらなんでもあんな酷い異世界召喚あるわけないよなー」
自分に言い聞かせるように呟くヒロト。
今いる場所に見覚えがないことは無視する方針のようだ。
「――君がこの世界に召喚されたのが現実かと問われれば、……答えはYESだな」
「うっ!? だ、誰だ?」
そんな現実逃避気味なヒロトに、涼しげな声が掛けられる。
声の方へ目を向ければ、いつの間に現れたのか女性が一人ヒロトに視線を向けている。
年の頃は20代前半。薄紫の長髪をストレートにし、眼鏡が知的な印象を与える女性だ。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ女性的な姿態を体のラインが出るような服に包み、上から白衣を羽織っている。
美人女医――ヒロトは青少年らしい妄想をその女性に重ねた。
「え、えっと、俺はどうしてここにいるんでしょうか?」
「ベンチで野宿しているのを私が拾ったのだが?」
……やはり異世界召喚は夢ではなかったらしい。
がっくりと肩を落とすヒロトに構わず女性は続ける。
「しかし城から出てその日のうちに野宿とはな。君は随分と変わった趣味の持ち主のようだ」
「……? 俺の事を知ってるんですか?」
「知っているもなにも、君を召喚した魔法装置の開発者だぞ、私は」
さらりと告げられた言葉を咀嚼するうちに、ヒロトの頭に血が上る。
「アンタかっ! アンタのせいで俺はっ、俺はなぁっ!」
「……? なにについて怒っているのか知らないが、君は意気揚々と城を出ていったと記憶しているが?」
「うぐっ……」
それを言われるとぐうの音も出ないヒロトである。
異世界召喚ではしゃいでいたのは事実なのだ。
「それに王の申し出に関しても断っていただろう? 一人で生きていけると豪語していたと思うが……」
「…………」
返す言葉もないとはこのことである。
他人に指摘されて、ようやく自分の浅はかさが実感できた。
「あー、ええっと……お世話になりました?」
「まぁ、別に恩に着せるつもりはないよ。流石に野垂れ死にされては後味が悪いからね」
そう言われて安堵すると同時にググゥとヒロトのお腹が鳴いた。
考えてみれば、この世界に来てからなにも食べていないのだ。
「……ふむ。話より先にまずは食事かな?」
顔を赤くするヒロトに、冷静に彼女はそう言った。
◇ ◇ ◇
「…………。すいません、これは一体なんでしょうか?」
「……? 見てのとおり食事だが?」
顔を青くして質問するヒロトに、彼女は平然と言葉を返した。
食事として出されたソレを一言で言い表すならば、カステラサイズのカロリーメ〇トだろうか?
正直言って味は全く期待できそうにないのだが――
「食べないのかね?」
目の前の座る女性は平然とそれを口にしている。
ええい、ままよ! とばかりにソレを口にしたヒロトは……その場で固まってしまった。
……決して不味いわけではないし、食べられないわけでもない。
ただなんと言うべきなのか……『不毛な味』、これが一番しっくりくるだろうか?
味が全くと言っていいほど感じられないのだ。
「……これ、なんなんですか?」
「『バールバー』。完全栄養食だな。これ一つで、一日に必要な栄養が全て摂取できる」
「……申し訳ないんですけど、水かなんか貰えません?」
「水ならそこの『冷箱』の中だ」
指さす先には一メートルくらいの大きさの箱型の物体。
頭頂部にはもはやお馴染みとなった魔石が付いている。
開いてみるとヒンヤリと冷気が流れ出す……どうやら冷蔵庫のようなものらしい。
「これ、電気とかどうなってるんですか?」
「電気? なんだねそれは?」
『冷箱』から水を取り出し、『バールバー』を腹に流し込みながら気になっていたことを聞くが、逆に質問を返された。
「ええっと……動力源みたいな……」
「……ふむ。それならば魔力だな。あの魔石から注ぎ込むことで二月は持つはずだ」
「…………」
こんなところでも技術の高さを見せつけられてしまった。
いや、食料の保存方法を考えるのは、知性体であればある意味で当然のことなのだろう。
「さて……食事も終わったしそろそろ話に入ろうか?」
「……あのー、その前に一つ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだね?」
「その……お名前の方を聞かせてもらえれば……」
「……ああ、そうだったな」
言われて初めて気がついた、というふうに肩をすくめる彼女はあっさりと答える。
「イレーネ・エルフィードだ」
これからヒロトが長く世話になることになるイレーネとの出会いは、そんなふうに始まった。
一言「異世界だからって技術が遅れているとは限らない」