5 職業紹介所を訪ねてみる
「マジでどうしろって言うんだよ……?」
資料館を追い出されたヒロトは肩を落としトボトボと歩く。
先行きは不透明で、これからどうしたらいいのか全くわからない。
資料館で知らされたこの世界の歴史は、ヒロトを容赦なく打ちのめしていた。
(こんな異世界召喚ってないだろ? もっとこう、異世界って楽なもんで、主人公もたいして苦労とかしねーもんだろ? だいたいなんで魔王が名君扱いなんだよ!?)
そんな愚痴を延々と心中でこぼし続ける。
……あれだけ意気揚々と城を出た以上、いまさら戻るようなみっともない真似はできない。
そんな無意味な自尊心の高さは正に異世界召喚の主人公である。
そんなヒロトの耳に、救いの道を示す声が届く。すなわち――
「アナタは~カミを~シンジマスか~?」
…………。
「え、えっと……宗教とか結構なんで……」
ヒロトの目の前には金髪の青年が立っている。
簡素な神父のような恰好をしたその青年は、彫りの深い顔立ち・がっしりとした体躯・耳に心地良い低い声、と元の世界ならばハリウッド俳優ではないかと思わせるような美青年だ。
しかし――
「オウッ、ソレは~イケませ~ん。アーシアさまにイノリましょ~う。きっとシアワセにナレることウケアいで~す」
……話す内容と口調がひたすらに胡散臭い。
なまじ顔がいい分、滑稽さが際立つ。まるでお笑い芸人である。
そんな胡散臭さ100%の青年だが、言葉に少し気になることがあったので一応質問してみることにする。
「あのー、アーシア様ってのは?」
「オウッ、アーシアさまは~、レベルをもたら~した、イダイな~るメガミサマで~す」
この世界に来る前であれば、よくやってくれたっ! と喝采を上げただろうが今は真逆だ。
むしろ余計なことをしてくれて……っ! という感情の方が強い。
なので速やかにこの場を去ることにする。
「それじゃあ、俺はこの辺で――」
「オウッ! アセリはソンキで~す。ジョセイもマンゾクさせられませ~ん。ナヤミゴトは~、ゼヒトモそうだ~んを~。イマならタダですね~」
今じゃなかったら金取るのかよっ! というツッコみを必死に堪えつつ、だったら答えてもらおうじゃないか、とばかりに相談してみる。
「あー、だったら働き口とか紹介してほしいんですけど?」
なにはなくとも先立つものは必要なのだ。どこかで金を稼がなければならない。
……この胡散臭い似非神父への嫌がらせも兼ねてはいるが。
「オウッ、ソレならアソコがイイですね~」
しかし予想に反し、青年はとある建物を指さす。
大きさはギルドや資料館と同じくらいの灰色の建物だ。
「あそこは……」
「ショクギョウソウダンジョで~す」
…………ショクギョウソウダンジョ……しょくぎょうそうだんじょ……異世界に来ておきながら職業相談所っ!
しかし残念ながら背に腹は代えられない。
このまま愚痴っていても野垂れ死ぬだけである。
ヒロトは胡散臭い青年に礼を言うと、仕方なく職業相談所へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
重い足を進めて辿り着いた職業相談所。
現在ヒロトは椅子に座り、職員と向かい合って相談中だ。
既に閲覧板は渡しステータスは見せてある。
「……大変申し訳ないのですが……ヒロト様にご紹介できる職業はないようです……」
「なっ!? なんでですか!?」
先程までヒロトのステータスを見ていた職員が重たげに口を開く。
出てきた言葉は、わざわざ恥を忍んでやって来たというのにまさかのお断り。
さすがにヒロトも激昂する。
規定レベルのある冒険者ならともかく、一般職で駄目出しされる謂れはない。
「ヒロト様のステータスですが……まず膂力が低いので力仕事は無理です。次に器用も低いので繊細な仕事は紹介できません
敏捷が低いので作業能率も悪いでしょうし、耐久も低いですから怪我もしやすいかと思われます」
そんなヒロトに職員は容赦なく現実を突きつける。
ヒロトには自覚がないが、ヒロトのステータスはこの世界では赤子よりも少しはまし、という程度でしかない。
そんな虚弱体質の少年に、仕事を任せたいと思う奇特な人物が果たしているだろうか?
「……なによりHPが少ないのが不味いですね。これでは働いている最中に倒れてしまうでしょう。失礼ながら……もう少しレベルを上げてから来ていただければ紹介できる職業もあるのですが……」
憐れむような視線と共に続けられる言葉に、ヒロトは何も言い返すことができなかったのだった。
◇ ◇ ◇
職業相談所を後にしたヒロトは、行く当てもないまま街を彷徨う。
その様子を彫刻にでもしたならば、『絶望した少年』といった題名だろうか?
ネット小説ならば、力のない主人公でも進んだ技術や内政でもって活躍できるだろう。しかしこの世界ではそれすら望めない。
異世界召喚という珍事に浮かれ気がつかなかったが、この世界の建物は中世風といった感じではない。
よく見れば確かな建築技術が感じられ、見渡す限り元の世界のような雑然とした印象もない。
考えてみれば、『翻訳の指輪』や『読書板』などはオーバーテクノロジーとさえ言える。
ただの高校生レベルの知識など全く役に立たないのだ。
……異世界召喚のお約束を尽く裏切られたヒロトの心に暗い感情が浮かぶ。
(……こうなりゃいっそ犯罪者にでもなるか?)
所詮は異世界、警察なんかは無いし、異世界召喚の主人公は犯罪に走っても何だかんだで許されるもんだし――この期に及んでこんな発想が出る辺り、さすがは「知力:5」である。
そんな無思慮なヒロトのすぐ側を――
「ひでブッ!」
全身を血だらけにしたの男が、凄まじい速度で素っ飛んでいった……。
一言「レベルとかあったら召喚された当初は子供にも劣る最弱に決まってる」