4 歴史を知ってみる
資料館という名前を聞いたときに、ヒロトがイメージしたのは図書館だった。
しかし、実際にその建物内に入ってみると、書籍の類はどこにも見当たらない。
広い室内の多くは椅子とテーブルに占められ、数名の人間が静かに座っている。
彼らの手元に銀色のプレート――王城でステータスを見た際に貰った閲覧板よりも二回りほど大きいサイズ――を持っていて、その銀板に触れて何かをしているようだ。
とりあえず、カウンターのような場所があったので近づき、職員らしき人に話しかけることにする。
「あの……」
「はい?」
「え、えっと……ここで情報を調べられるって聞いたんですけど……」
うまく質問できなかったが、職員の男性は見当がついたらしい。
にこりと営業スマイルを浮かべ、
「当資料館のご利用は初めてでしょうか?」
「あ、はいっ」
「では、まずこちらをお受け取り下さい」
差し出されたのは、館内の人々が使っている大きめの銀板である。
「こちらは読書板です。右上の魔石に触れ、知りたい情報を思い浮かべて下さい」
「……わっ!?」
言われたとおりにしてみると、読書板の表面にずらりと名前が並ぶ。
イメージ的には図書館の書籍検索に近いだろうか?
「書籍名や作家名をイメージすればピンポイントで。そうでなくとも知りたい情報がある程度具体的であれば、範囲を絞ることが出来ます。館内であればご自由に使用されて構いませんが、貸し出しには手続きが必要となります」
「手続きっていうのは……」
「名前と住所、魔通話番号の登録。身分証明書の提示と手数料の支払いとなりますが……ご登録されますか?」
「い、いえっ、館内で見るだけにしときます」
「わかりました。それではお帰りの際にお返しください。返却なしで持ち帰った場合は盗難として扱わせていただきますので、お気を付けください」
なんとか読書板を借りることができたヒロトだが、内心は混乱中である。
(なんでこんなにセキュリティがしっかりしてんだよっ! 異世界っていうのはもっとこう……、楽に登録とかできるもんだろ! っていうか魔通話番号ってなんだよ!?)
そんな混乱の原因を調べるべく、椅子に座り魔石に触れイメージする。
調べる内容は――この世界の歴史である。
――かつてありし混沌の時代。
世界には人類に敵対する魔物や魔族、そしてそれらを束ねる『王』たちが存在していた。
人類は彼らに対抗するため、積極的にレベル上げを行った。
成長の早い赤子の頃から親が捕えてきた害虫を殺し、幼少期には低レベルの魔物を追いかけ、青年期には多少強い魔物が相手でも問題なく対処できるレベルに到達する――それがこの世界の一般人である。
それ故に、魔物と戦うことを生業とする冒険者に至ってはレベル50が最低値といったインフレ具合である。
……そんな冒険者たちの中には、私生活を投げ打ってレベル上げに没頭する者たち――通称、中毒者と呼ばれる者たちもいた。
そしてあるとき、そうした中毒者の一人が、とある『王』の討伐に成功した。
その偉業を成し遂げた人物はある名言を残すことになる。
すなわち――
『魔王の経験値って、チョーおいしいZeッ!』――と。
この言葉を聞いた中毒者たちは湧き立った。
各地で魔王が、獣王が、竜王が、邪神が、暗黒神が、破壊神が中毒者たちによって討たれていく。
俗にいう空前の「『王』ラッシュ」の到来である。
その結果、ただ一人の魔王を残し『王』たちは全滅することになる。
『王』を倒し終えた中毒者たちは、残った魔物たちを次々と駆逐していき、いつしか人類に敵対するものはいなくなった。
これが人類史における第一次転換期である。
「…………なんでじゃっ!?」
そこまで読み終えたヒロトは思わず叫ぶ。
資料館の利用者や職員から向けられる冷たい視線にペコペコと頭を下げて、なんとか席へと戻る。
しかし……納得がいかない。
――せっかく異世界に来たのに魔王が全滅してたとか、予想外にもほどがある。
だいたい「『王』ラッシュ」ってなんだよ、「『王』ラッシュ」って。
「ゴールドラッシュ」じゃねーんだぞ。
とはいえまだだ。まだ魔王は一人残っているはずだ。
気を持ち直したヒロトは再び資料へと目を通し始めた――
他の同胞たちが次々と討たれる中で、唯一生き残った最後の魔王。
彼女は最初に魔王が中毒者によって討ち取られたことを察知すると、迅速に行動を開始した。。
即座に停戦を宣言し、独自の魔法技術を公開することで隣国との和平を成立させたのだ。
いかな中毒者と言えど、意味もなく殺戮を行うほど悪趣味ではない。
彼女は外交によって国を守ることに成功したのである。
その後、『王』や魔物という敵を失った人類が同胞同士で小競り合いを幾度か行ったことも踏まえ、彼女は名君として歴史に名を残すこととなった。
『王』討伐後、幾度か人類同士の争いはあったものの、それらはすぐに鎮静化することとなる。
なぜならば、下手に紛争を起こそうものならば中毒者の介入を招き、権力者たちが次々と打ち取られるという事態が頻発したためだ。
彼らはある種の抑止力として機能し、人類は闘争へと振り分けていたリソースを、文化の発展や技術の向上へと注ぎ始める。
これが人類史における第ニ次転換期である。
この際にも、中毒者たちはその有り余るステータスを駆使し、様々な分野にて大きく貢献することとなった。
人類史における二つの転換期。
それらに深く関わった重度のレベル上げ中毒者たち。
彼らの前に立ち塞がったものは尽く破壊され、彼らの後には全てが灰塵に帰す。
後に彼らは人々にこう呼ばれることとなる、すなわち――――『KA・I・JI・N☆』――――と。
そこまで読み終えたヒロトはふるふると震える。
だが無理だ、とてもではないが耐えきれない。
喉よ嗄れ果てよ、とばかりに全力で絶叫せずにはいられない。
「だっ! かっ! らっ! なぁんでぇじゃぁああああアアアアアアッ!?」
――もちろん追い出された。
一言「魔王がいるからって人間と戦争してるとは限らない」