3 ロマンスグレーに相談してみる
――公園のベンチに座り、この世界に来た当初の回想を終了したヒロトは、王への怨嗟の声を上げる。
「あの野郎~、もっとちゃんと説明しろよっ!」
確かに王は嘘を言ってはいなかった。
言われた場所にはきちんと冒険者ギルドはあった。
しかし、もっとも肝心なことを説明してくれなかったのである。
……説明を途中で切り上げたのは、ヒロト自身だということは棚上げだ。
「ホント……なんなんだよ……この世界は……?」
呻きながら顔を上げたヒロトの目に入るのは公園で遊ぶ子供たちだ。
そのうちの一人は冒険者ギルドに向かう途中でぶつかった少年で、他の数名の少年たちと仲良くボール遊びに興じている。
実に微笑ましい光景と言えるだろう……彼らのスピードに目を瞑ればの話だが。
ボールと戯れる少年たちのスピードは、正に目にも止まらぬ速さだ。
プロのスポーツ選手どころか、もはや忍者を連想させる速度で、ヒロトの目には残像しか見えない。
……きっと彼ら全員がヒロトよりもレベルが高いのだろう。
そんな少年たちの姿を見て、絶望的な気分になりながらも必死に気力を奮い起こす。
「いや、まだだっ! まだ俺には魔王がいるッ!」
王は言っていたではないか。この世界には魔王がいると。
冒険者にはなれずとも魔王を倒せば英雄だ。
きっとイチャラブハーレムを作れるに違いない。
……はたしてレベル1のヒロトに魔王が倒せるのか?
そんな基本的な疑問すら忘却している辺り、さすがは「知力:5」である。
だがこのプランにも問題がある。
魔王を倒そうにも居場所がわからないのだ。
それどころか社会情勢も社会常識もわからない。
今さらながらに王の提案を蹴ったことを後悔するが、もはや後の祭りである。
「なにかお悩みかな?」
「うおっ!?」
ひたすらに後悔を繰り返すヒロトの耳に、突然ダンディで渋い声が流れ込む。
声の方へと顔を向ければ……いつの間にやら男性が隣に腰かけていた。
「ああ、失敬。なにか困っているようだったのでね」
「は、はぁ……」
驚きのぞけったヒロトに、穏やかな声がかけられる。
柔らかな物腰の初老の男性で、上質な服を着た白髪混じりの紳士だ。
片眼鏡を掛け、ベンチにはステッキを立て掛けている。
……なんとなくではあるが、「ロマンスグレー」と名付けてみる。
「それで一体なにを悩んでいたのかな? 若人に道を示すのは先達の務めだ。私に答えられる事であれば、答えさせてもらうよ」
「……その、実はいろいろと知りたいことがあるんですが、……どうしたらいいかわからなくて」
自分でも意味不明なことを言っている気がしたが、ロマンスグレーは上手く察してくれたらしい。
「ふむ。……それならばあの建物を訪ねてみるといい。きっと君の知りたいこともわかるはずだ」
そう言ってステッキで指し示す先には白い建物。大きさは冒険者ギルドと同じくらいだろうか?
「あの建物は……?」
「あそこは資料館だ。情報を広く集めるならあそこが確実だ」
「……けど俺、お金とか持ってないんですけど」
「ハッハッハ。金などいらん。あそこは一般解放されているからな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、……参考になったかね?」
「はいっ! ありがとうございます!」
貴重な情報をくれたロマンスグレーに丁寧に礼を言う。
しかし、そのロマンスグレーの顔が唐突にしかめられる。
「別に礼など――むっ!」
「……? どうかしたんですか?」
「どうやら楽しく会話できるのはここまでのようだ。……失礼するっ!」
一言断りを入れ、ロマンスグレーはつむじ風を巻き起こし姿を消した。
「……え、えっと」
「お坊っちゃん。少しいいかしら?」
「ヒャイッ!」
状況を理解できず、戸惑うヒロトに背後から声がかけられる。
驚いたヒロトは素っ頓狂な返事をしてしまう。
恐る恐る振り返ると、初老の女性が一人佇んでいた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「は、はぁ……」
女性は加齢による皺こそあるものの、若い頃はさぞ美人だったのだろうと思わせる整った顔立ちをしていた。
こちらも上質な服に身を包み、柔和な雰囲気も合わさり、「老婦人」と言う形容がぴったりな人物だ。
「この辺りで私と同い年くらいの男性を見かけなかったかしら? 片眼鏡とステッキを持っていると思うのだけれど……」
「……その人なら、さっきまでここに居ましたよ」
心当たりがあったのでヒロトは正直に答える。
「あら、じゃあ何処に行ったかわかるかしら?」
「……すいません。いきなり慌てて何処かに行っちゃって」
「……そう。ありがとう」
ヒロトの返答を聞き、老婦人は頭を下げるが――次の瞬間、表情と雰囲気を激変させる。
「逃がしゃしないよっ! あのろくでなし!」
叫ぶや否や、先程のロマンスグレーに勝る突風を巻き起こし、老婦人は姿を消した。
「……なぁにぃ、あれ……?」
リ、リアルジェットババア? ――そんな言葉がヒロトの心中に浮かぶ。
……どうやらこの世界では、老人ですらヒロトよりも圧倒的に強いらしい。
そんなことを理解し、とぼとぼと資料館へと足を向ける。
――ドゴッ!
ヒロトのすぐそばで轟音が響く。
見れば少年たちが遊んでいたボールが、こちらに向かって来ていたようだ。
もしも直撃すればヒロトの頭蓋など一撃で粉砕するだろう。
しかし、そうはならない。
なぜなら薄い光の膜でもって境界を隔てられているからだ。
《結界》・《障壁》、そんなファンタジーお約束の単語が頭に浮かぶ。
……どうやらこの世界では、そんなお約束のシロモノがフェンス代わりに使われているらしい。
――一刻も早く情報を手に入れなければ。
決意も新たにヒロトは資料館へと足を早めるのだった。
一言「レベルがあれば、じーさんばーさんが強くても不思議ではない」