お弁当
お昼ごはんにお弁当を注文した。
朝刊に入っていたチラシによれば、実店舗を持たない電話注文限定のお弁当屋さんだという。
取り扱いは、完全受注生産を謳う『特製幕之内』のみ。お値段もなかなかなものだ。
たまには贅沢をするのも悪くないだろう――そう考えて出前を頼んだのだ。
ところが、お昼を過ぎてもお弁当は届かず、三時をすぎても何の音沙汰もない。
あきらめて適当に昼食を済ませた後に注文のキャンセルと苦情の電話をいれようとしたが、混み合っているということで交換手がつないではくれなかった。
お金を先払いしたわけでもない、このまま忘れてしまおう。もし来たらどうにかすればいい。
その程度に考え、放置することに決めた。
一週間後、そのお弁当屋さんから電話がかかってきた。
「いま、『お弁当の箱』をつくる業者の選定が終わりました。これからデザインやコストなどの話し合いをしてきます」
あっけにとられているうちに電話が切れてしまった。
すぐに折り返して電話をするが、つながることはなかった。
その後、毎月初めに電話がかかってくるようになる。
「揚げ物に使うパン粉のための小麦の品種改良を始めました」
「おコメを研ぐための水のろ過がもうすぐ四分の一です」
「包丁の製作を伝統のある工房に依頼しました」
その場で何度か断ろうとしたが、『もう少しですから、もう少しですから!』と押し切られてしまい、断りきれなくなってしまった。
一応まともに報告を受けてはいたがいつまで経っても完成することはなく、いい加減面倒になり居留守を使うこともあった。
そうしてみると今度は反対にお弁当の進捗が気になり始め、なにも手に付かないような状態だった。
いつしか、完成しないとわかっていても毎月の電話を無視することが出来なくなっていた。
そうして、そのお弁当が届くのを祖父の代から待ち続けている。
祖父が最後に受けた電話では、『お弁当箱のサンプルがあがったが色合いが気に入らなかったため突っ返した』という報告だったと言う。
電話を受ける人間が祖父から父へと代替わりをする。
父は、そういうことを楽しめない人間だった。
電話がかかってくることを祖父から知らされていて、数ヶ月はきちんと報告を聞いていたが、やはり完成しないことにウンザリして、
「キャンセルできないというなら、せめて報告の回数を減らしてくれ」
と言ったらしい。
いまは季節の変わり目に重要な連絡をまとめて報告するようになっている。
それでも父は自分に対して連絡があるということすら嫌がり、聞き役をボクへと押し付けたのだ。
無駄を嫌う父の影響もあって、ボクはこういう無駄が大好きだった。
最近の報告は、質のよいバランを作る方法の研究が最終段階を迎えたという話だ。
完成度で言えば、いまだに十パーセントにも満たないと思う。
それでもボクは完成したお弁当が配達されることに淡い期待を抱いている。




