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王の友  作者: ARIKA
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初陣の終わり

呼吸を荒げながらも無事に茂みにたどり着くと、すぐに馬から転げ落ちるようにしてうつ伏せに倒れ込む。

アーサーが無事降りた事に馬は安心したのか、目を閉じると意識を失いその場に倒れた。

あれほど美しく白いキャンパスの様な毛並みには、血と切り傷で赤いまだら模様が書き込まれ見る影もない。

アーサーは茂み隠れるためにうつ伏せになっていると、味方も次々に茂みに倒れるように隠れていく。

荒い息を整える事もせずに、自然と隣に倒れ込んだ護衛に話しかけていた。

「何人生き残った。」

「150いるかどうか。」

周りを確認しているためなのか、少しの間の後に口を開いた。

返事をした彼も鎧のあちこち凹んでおり、特に左腹部がハンマーでなぐられた様に深く陥没し、数えれないほどの斬り傷と返り血で全身を赤く染め上げていた。

アーサーは護衛が1人しかいないことに顔をしかめ、不快な表情を受べ。

「いつもの軽口が聞こえてこないな、あいつは何所に。」

アーサーの言葉を遮るように。

「彼は敵陣突破中に槍に刺されて、落馬するのを見ました。もう生きてはいないでしょう。」

「そうか。」

アーサーは静かに一言だけ言った、死人は出るとは分かっていたはずだ。

しかし、顔見知りの部下が死ぬのは正直堪えた。

それでも自分が先ほどやってきた事を考えると、何もいう事は出来ず誰も恨むことができない。

アーサーは頭を切り替えるために目を瞑り、今日何度目かわからないため息をつくと。

大きな深呼吸をして息を整え、なるべく音を立てない様に茂みの中から顔を出し辺りの様子を窺うと、さまざまな事に気が付く。

先ほど指揮官を討った集団はその場に立ち止まり、怒号や叫び声を上げながら味方同士でなぐり合うほどの混乱に陥っている。

しかし他の部族に知らせていないため、その集団以外にはあまり動揺がなく、そのまま掃討戦を続けていた。

これは指揮系統を一本化できない事と、各々の部族長が好き勝手に行動しているためであった。

彼はこうなるの見越して、部族長を打ち取っても名乗りも上げずにそのまま走り去ったのである。

もしあの場にとどまれば、連合の主導権を狙う者が、手柄を上げるために殺到しかねなかった。

アーサーは静かに手を左胸にあてると、味方を見渡す。

手のひらから伝わってくる鼓動は少しずつおとなしくなり、いつものリズムを刻みだしす。

戦いの中では破裂するほど早かったが、今は落ち着いて冷静さを取り戻す。

「先ほどの事は感謝する。おかげで我が部隊は敵の中枢部に打撃を与える事に成功した。」

それを聞いていた兵たちは、皆笑顔を浮かべ照れ隠しをする者もいた。

「しかし。」

強く重い声で話を区切った。

「今のままでは生き残った部族が、近隣の町や村を襲う可能性がある。」

その言葉で皆の顔つきが変わった、笑みも消え真剣なまなざしを向けてきた。

「我が部隊はこのまま、茂みを通って敵左翼に近づく、その理由は。」

アーサーが理由を説明するために、立ち上がると。

「大将を信じますよ。」

「もうどこまでもお供しますよ。」

「理由なんていらない、あんたはそんだけの事をした。」

口々にアーサーをほめる言葉を口にした。

その言葉を聞いていると、何故だか感動して涙が出そうになる。

今日は色々なことがありすぎた、楽に勝てる戦いだと味方は気を抜いていた。

しかし、自分たちが追い詰められていると知った時は酷いものだった。

自分が生き残るため平気で味方を見捨てて、剰え自らの手でその命を奪っていた。

戦場に身を投じていると、肉体だけではなく心までも疲弊していく、それでも部下たちの声を聴いていると救われた気分になる。

彼は涙を隠すため空を見た、雲は風に乗って少しずつ動く。

アーサーはやっと決心がつき、このまま左翼の部族に攻撃を仕掛けて長を討つと。

この作戦自体は、丘の上から全体を見た時に考えていた。

相手は連合体だった、ならばいくつかの部隊を潰せば、生き残った兵が他の部隊に合流する。

そうすれば、合流先の部隊にも混乱が伝播して、それ抑えるために統率しなければならない。

そうなると、部隊の動きはおそくなり士気も低下する。

仲間とはいえ、他の部隊は他の部族であって他人でしかない。

相手にとっても部隊に合流できたとしても、知らない相手の指示など聞くはずもなく身勝手な行動をするからである。

そうなると、それを再編成するのが連合の長だがもう討たれていない。

そうやって、わざと敵を見逃し全体を撤退に向かわせる。

それが彼が考えていた策であり、先ほどの戦いで長を討ち取ったのが大きかった。

頭の中を整理した後、アーサー達は身を屈め這いつくようにして移動した。

地面には石などが落ちていて、手足を動かすたびに当たり痛みが走り。

鎧や顔には泥が付き、口の中は土と血の味が混ざり酷い味だった。

ギリギリまで近づき、茂みの中から顔をだし相手を確認した。

相手は300人ほどの集団だった、茂みから最も近い距離でも数百メートルは離れており、気づかれないで攻撃するのは不可能に近い。

彼は再び仲間たちの顔を見渡す、皆死線を越え顔つきが変わっていた。

「これが今日最後の戦いだ、皆よくここまで付いてきてくれた。今日の戦いで多くの者が死んだ、もしかしたら友や家族もいたかもしれない。」

アーサーの言葉は心に響き、兵士の中には泣いているものや、天を仰いでいる者さえいた。

皆今日の戦いを思い出し、失った仲間を思い出しているのかもしれない。

「この攻撃で命を落とす者も出るだろう、しかし成功すれば敵全体を撤退もしくは後退はさせることが出来る。そうすればこの先にある町や村を守ることにつながる、これが最後だ皆ともに行こう。そして誓う、ここまで戦い抜いたものの恩には必ず報いると。」

アーサーはそう言うと立ち上がり、茂みを飛び出していった、その背中を追うように兵たちも走り出す。

その背中は汚れ傷つき綺麗なものでないが、なぜだか人を引き付ける力があった。

アーサーは傷ついた体を引きずりながら走った、もう体力は限界を超えていた。

喉は乾き口の中は血と泥が混ざり合っている、それを吐き捨てると。

そのまま、相手部隊の背中から襲いかかった、奇襲するにはなるべく気配を悟られないのは基本なのに。

アーサーを含めた全員が声を上げて、自らを鼓舞し相手を威嚇するように。

「うぉぉぉぉ。」

「いくぞぉ。」

そのまま、武器を振り上げながら敵の集団に切り込んで行く。

突然の敵襲に敵は混乱し、背後を振り向くと口を半開きにしたまま立ち尽くす。

アーサーは足に力を込め距離を一気に縮め、正面の敵に対して右手に持った剣を振り降ろし、一撃を与えると悲鳴を上げる相手を蹴り飛ばす。

アーサーに続くように他の兵達も速度を上げ、目の前の敵に襲い掛かる。

その光景は切り込むのではなくまさにぶつかっていく、すでに体力は底を尽き、気力で体を誤魔化している兵達には考えながら戦うことは出来ない。

皆本能に従って、獣のように雄たけびを上げながら体当たりや、武器を投げ付け相手を地面に押さえつ、首に噛み付き、抵抗をつづける者には落ちていた石で殴りかかる。

その本能剥き出しの鬼気迫る姿に、敵兵は恐れや畏怖を感じた。

アーサーは目の前の相手だけを見ていた、後ろの事を気にする余裕もなく、ただただ息を切らせながら剣を振り回した、剣の重さに体が振り回されている。

剣を振るごとに腕が重くなっていく、この剣を離したい、いや足を止めたい。

そうずっと考えていた、しかし一度止まったらもう二度と動けない気がした。

多分それは他の兵も同じだった、皆目の前の相手のみを見ていた。

相手は異様な光景に混乱していたが、時間が経つと次第に冷静さを取り戻し反撃に移ってきた。

アーサーの仲間が次々と討たれていく、ある者は後ろから切られ、ある者は横から槍に突かれ息絶える。それでも誰も足を止めずに仲間の屍を乗り越えて先に進む、自分達にはこの道しかないと知っているかのように。

数人と斬り合い、敵集団の中央に差し掛かったところで、アーサーに背中を向けて逃げ出そうとしている者がいた。

アーサーは剣の刃を下に向けるように柄を握りなおすと、その相手の背中に向かって剣を振り上げて突き刺した。

敵はうつ伏せになる様に倒れ、アーサーは背中を踏むと力いっぱい剣を引き抜き、相手を確認しないまま走り出し。

「次。」

アーサーは新しい獲物を探す様に動きを止めることはなく、手にしている真新しかった剣の刃は丸みを帯びており、刃物としての機能は失われていた。

それでも硬い刀身は十分な殺傷能力を持っており、アーサーは剣を鈍器のように殴りつけてることで戦い続けていた。

何人目かの敵を殴り倒すと急に目の前が開け、敵部隊を突破したことに気が付く。

アーサーは口にたまった血を地面に向けて吐くと、再び突入するために後ろを振り向いた。

するとなぜか相手の集団は散りじりに逃げていた、アーサーは次第に冷静さを取り戻し思考が廻った、相手の長を倒した可能性が高い、そう考えると戦場を見渡した。

戦場自体は全体的に鎮静に向かっていた、敵部族は視認できる範囲には見当たらなかった。

この時アーサーの思惑道理に四散した兵は他の部族と合流していく。最初は兵力が増える事に歓迎したが、すぐに自分の部族の方が大きいからと指揮権を寄越せ、食い物を寄越せと小さな摩擦が大きくなり統率がきかなくなっていく。

中には受け入れを拒否され、強引に合流しようとし相手を殺した者もいた。

唯一秩序を持って退却した部族は、合流しようとした相手を武力で威嚇し追い出し続けた。

その時はまだ合流を歓迎していた部族もいたため、無理に合流しようとしなかった。

しかし時間がたつにつれ他の部族も、他人を入れるリスクを知り拒絶を始める。

そこでまた争いが起こり、味方同士で殺し合いが起き追撃戦どころではなくなる。

アーサーは作戦道理に進んでいる事に安堵し肩の力を抜くと、味方を確認するために辺りを見渡しながら口を開く。

「何人生きのこっ。」

信じらない状況に言葉を詰まらせ、出かけていた言葉を飲み込む。

「主よ、全員で46人ほどです。」

静かな声が耳に響いた、幸いなことに護衛の彼は生き残っていた。

しかし、その姿は片足を引きずり、手にした折れた槍を杖代わりにしていた。

彼の腰には真ん中から割れた鞘だけが残り、その手には剣はなく、戦場で拾ったであろう槍を握っていた。

他の兵達も同じ様な姿で、傷だらけで生きているのが不思議なものさえもいた。

アーサー自身も疲労と傷で、左腕は動かず、刃がない剣を杖代わりにして支えにしないと歩けない状態だった。

アーサーが無言のまま歩き出すと、部下たちもその背中を追いかける。

誰一人口を開く者はいなかったが、なぜか、皆本陣のあった丘を目指しているとわかっていた。

何度も上ったはずの道は、今までで一番長く険しく感じた。

丘を登る間に仲間の兵が1人また1人と倒れ込むみ2度と動くことはなく、眠る様に地に伏し息絶えていた。

多数の犠牲者を出しながらも丘の上にたどり着き、やっと戦場全体を見渡すことが出来、少し前まで無秩序に撤退していた味方の姿はなく。

敵味方数多の屍をさらし、朝日に照らされていた美しかった光景は消え去っていた。

その中を縫うように、武器や鎧を拾いながら逃げる者のみが動いていた。

本陣のあった場所は、部族に荒らされていて旗は折れ燃やされ、置いてあった物資や食料など、本隊後退の際捨てていった武器や鎧も取られていた。

部下の一人が天幕の裏で樽を数個見つけ声を上げ、その中を確認すると水が入っていた。

今の彼らにとって水は金よりも貴重で、部下はすぐにアーサーの下に駆け込んだ。

報告を聞いたアーサーはすぐに全員に配るように命令を下すと、全員でその水を勢い良く流し込む。

「生き返る。」

兵達は口々に言葉を発していた、ここに来て初めて生き残ってる事を実感していた。

アーサーは空を見上げた、空は太陽が沈みかけていて全体を赤く染めていた。

戦場はおびただしい、死体の数で空には鳥か飛んでいた。

やっと1日が終わった、そうアーサー達の初めての戦いが終わったのだ。

「今日の戦いで、たくさんの者が死んだ、あいつももういないか。」

「主よ、もしあなたが指揮しなければもっと多くの者が死んでいた、町や村も襲われて虐殺が行われていたかもしれません。」

護衛の彼は静かにそう返していた、アーサーは見上げていた視線を下げて戦場を改めて見ていた。

ここで敵味方多くの者が亡くなった、彼が言ったようにアーサー指揮をしなければ味方の被害は拡大していたかもしれない。

しかし、そのかわりに相手側の死者は増え、相手にも家族や友人がいただろう。

アーサーの護衛の1人も死んでしまった、彼はいつも軽口ばかり言っていた。

それでも、家の事をよく考えていてくれて、アーサーに馬の乗り方などを教えてくれていた。

護衛の2人は自分が生まれる前からいた、そんな彼が死んだのだ。

一回落ち着いて初めて実感した、最初にこの戦場に来た50人ほどの兵達も今では5人に満たなかった。

もしかしたら、戦場から逃げ出したものがいたかもしれない、しかし多くの者は戦場で亡くなった。

そして初めて人を殺した、あの相手の顔は生涯忘れることはできないだろう。

彼はそんな事を思いながら、援軍が到着するまで待つことにした。

今は少しでも眠りたいと。


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