敵中突破
丘を上っていく間も、敵の数は増える一方だった。
高い位置から見ると、平原で見た時より遠くを見ることができ、相手の数がより多いと分かる。
不思議な事に丘を駆け上がる最中に一人の兵士とすもれ違うことがなかった、本隊がいるはずなのに警備の兵すら見当たらない。
アーサーの脳裏には最悪の状態が浮かんでいた、彼は馬の尻を叩きさらにスピードを上げる。
馬は坂道を全力で走っているため、全身から汗が噴き出て呼吸が荒くなり、何度も足がもつれそうになっり、その度に転びそうになる。
それでも馬は乗り手の意思をくみ取る様に、どんなになっても足を止めることはない。
アーサーも息が荒く全身から汗が噴き出していた、その汗が風を浴び、冷やされ全身の体温を徐々に奪っていくようだった。
丘の上につくと、やはり兵の1人もいなく閑散としていた、辺りを見渡すと兵が捨てて行った槍や剣、弓や旗が無造作に捨てられている。
彼は再び馬の腹を蹴って奥に進んでいくが、気ばかり焦って足もとを確認する余裕もなく、王子の旗を踏みつけながら進んだ。
司令官の天幕にたどり着いたが、やはり入口にはあの態度の悪い2人の護衛はいない。
アーサーが思考を巡らす暇もなく、急に視界が下がり地面が迫ってきた、それは馬が前足を折る様に倒れたためだる。
アーサーはそのまま転げ落ちる様に馬から降り、立ち上がると感謝の気持ちを込めて馬の頭を一度撫でると、荒い息を整えずに入口の前に立つ。
「アーサーです。緊急の用件のため失礼します。」
アーサーは中からの返事を待つこともせずに天幕に踏み込んだ。
あれほど繁忙していたはずが、今は顎鬚が特徴的な将軍が1人只々立ち尽くすのみだった。
将軍はアーサーが入ってくると、彼のほうを少し見て息をつき視線を外した。
アーサーは将軍に詰め寄る様に早足で近づきながら。
「将軍至急司令官に取り次ぎを。」
彼がすべてをいう前に彼を制止するように、手を肩の位置ほどまで上げ掌を見せてきた。
そのとき彼は将軍が会議の時より、10才は老けたように見えた。
あれほどの威圧感と雰囲気を持っていたのに、今ではその行動のすべてが弱々しい。
「貴殿はアーサー卿だったな、王子は後退された。一度態勢を整えてから援軍を率いて戻ってくる。」
あまりの事に彼は一瞬息をするのを忘れるほどだった、アーサーが息を切らせながら再び将軍の方に詰め寄っていくと。
「貴殿は自軍の陣に戻り、1陣が時間を稼いでる間に2陣の混乱を収拾し敵部隊にあたれ。貴殿らがもちこたえてくれる間に、我々が援軍とともに救援に行くのでそれまで持ち場を死守せよ。」
それは味方を見殺しにして、王子が退却するために盾になれと言ってる事だった。
彼は掴み掛る勢いで距離を詰め、将軍の1歩手前で踏みとどまり唇を噛む。
確かにこのままだと敗退は必然で、将軍たちの最優先事項は王子の安全だった。
頭では理解しようと考えていたが、沸々と怒りしかわいてこなかった、彼は怒りを抑え低く重い声で。
「了解しました。」
と一言だけ返事をした、将軍は少しだけ安堵したのか弱々しい笑みを浮かべるだけだった。
将軍は本隊と合流するために、彼の横を通って外に出ようと彼とすれ違った時彼は強く大きい声で。
「お願いがあります、この戦いで亡くなったものに対しての相応の報酬を約束していただきたい。」
その言葉を聞いて、思わず足を止め彼の方に振り返り、将軍は驚いたような顔をしていた、アーサーは将軍の返事を聞く前に。
「それと2陣の全指揮を頂きたい。」
それは力強く、覚悟を決めたような声だった。
アーサー将軍彼が静かに首を縦に振るのを見て、そのまま急ぎ足で彼の横を通り過ぎる。
外に出ると先ほどまで倒れていた馬は立ち上がり、こちらの方に視線を向けていた。
アーサーは2人の護衛を見ると、そのまま馬に飛び乗り走り出す。
その後ろをすぐに護衛の2人が追っていった、彼は今上ってきた道を引き返していった。
その最中戦場全体を見ながら、状況を分析していく。
丘の上から見た相手の兵力は4000近くいた、内心舌打ちをしながら2人に対して、先ほどのやり取りを説明した。
「最悪だ人柱かよ。」
いつも軽口をたたく彼が、珍しく吐き捨てるように言った。
「主よこのままでは。」
アーサーは彼の言葉を塞ぐように。
「分っている、だがやらなければ今以上に悪くなる。」
3人は只々馬を走らせるだけだった。
下に着くと戦場はさらに酷かった、周りを見ると泣き叫ぶもの、腰を抜かして動けないもの、逃げ回るもの。
これが敗軍なのか、初めて戦場に立った彼には分らないはずなのに、なぜか分るような気がした。
彼が2陣に戻ると、一回深呼吸をしてもう一度大きく息を吸い。
「我が名はアーサー、私は先ほど指令の命を受けこの2陣の指揮を委譲された。」
その声は大きい声だった、いや大きいだけでなく澄んでいて透き通るようで戦場に響く。
しかし混、乱をきたしている戦場では、聞いている者はほとんどいなく。
只々怒号などが飛び交うのみで、戦場は混乱が伝播して統制を取るのはほぼ不可能にみえ、護衛の2人も正直無理だと思っている。
それだけならいいが、もしかしたらこちらに襲い掛かってくるのではないかと不安になり、自然と中腰になり腰にある剣の柄を握っていた。
アーサーは両手を広げ、全体を見渡すしぐさをしながら。
「皆分っていると思うが、現状は最悪でこのままでは死ぬのを待つだけだ。」
そういったん区切ると、周りで聞いていた者たちが。
「なら、さっさと引くぞ。」
「馬を寄越せ。」
など自分勝手な事や悲観的な事を言ってきた、聞き取れない程たくさんの言葉を投げかけられた。
アーサーは目をつぶり、もう一度大きく息を吸うと目を開き、手を空高くに掲げた。
「しかし、考えてみてくれ。このまま負ければ我々に、敗軍の責任が押し付けられるのは明白だ。国にしたら王子が負けたという事実を少しでも隠したい。ならば我々のせいで負けたとすれば、表向き王子は負けていない、もしかしたら初陣もしていない事になるかもしれない。」
一度言葉を切って少し、周りに考える時間を与えてから。
「だがここで戦えばそれだけは防げる、私は先ほどこの戦で亡くなった者への報酬を約束させた。皆聞いてくれ、皆は何のために戦う国のためか、家族、友、金、名誉何でもいい。」
アーサーの言葉に、いつのまにか護衛の2人を含んだ周りの者たちは聞き入っていた。
「戦う理由があるからここにいるのだろう。ならば共に戦おう。」
アーサーは腰の剣を抜き空高くに掲げた、剣は丁度太陽に重なって、剣が黄金に輝いているようだった。
「もし死後の世界アヴァロンがあるのなら、そこで共に酒を飲み交わそうではないか。」
そう言うと彼は馬の腹に蹴りを入れ、敵部隊の方に走り出した。
その背中を追うように護衛の2人と彼の言葉に感化された、約500人ほどの兵が続く。
そう恐怖や恐れよりも、狂気と勇気が伝染したせいだった。
彼はそのまま2陣の中を突き進む、味方は前に進むほど状況は悲惨だった。
剣や槍が落ち、折れた旗が捨ててあり味方に踏まれて死んだ者や。
味方の兵に殺され、馬や装飾品を奪われた者、混沌とした状況だった。
彼はそのまま突き進み、体を低くし地面に突き刺さっている槍を左手で拾い、脇に抱え前方に突き出すように構えた。
彼が味方の中から飛び出し、一旦止まり前方を見渡し何かを確認すると。
彼はそのまま敵中央に進んでいった、他の者や敵にすればただの玉砕だが、彼には勝算はあった。
先ほど丘から降りる時に相手の全体が見えていた、そこでアーサーが見たのは、相手の部族は服装や装飾品などが数百単位で固まっていたことだ。
それは相手が部族の連合体で、それぞれ部族同士が固まっていて。
横の連携がとれていなく、皆が1つの目的に好き勝手に動いるだけだと、その証拠に茂みから出る時の無秩序さ。
陣自体が横に長く部隊自体の層が薄く、突破を容易に可能にしていた。
確かに伏兵などの策があるのかもしれない、しかし彼はこの道しかなかった。
将軍から死ねと命令された、それを覆すためにはそれ以上の戦果を残すしかなかったのである。
アーサーは一瞬振り返り味方を確認すると、一度大きな息を吐き右手で剣を握り直した、彼の手は緊張のせいか汗で少し濡れていた。
アーサーは恐怖を誤魔化すために叫びながら馬の腹を蹴り、敵中央部隊に突っ込んでいく。
次第に早まる馬が最高速度に達すると、彼は速度を落とさないまま、左手に持った槍ですれ違いざま一気に突き刺す。
刺された相手は驚いた顔をしていた、状況が飲み込めていない様子で、その顔を一生忘れることはできないだろう。
アーサーの槍は相手の胴を貫きそのまま持ち上げる形になり、その重みで槍はしなり、馬は急に重量が増えたためスピードが落ちバランスを崩し倒れそうになった。
アーサーはとっさの判断で槍の柄を滑らせながら手を離すと、左手で馬の首を抱き重心を移動させ馬のバランスを取り直し、転倒を免れた。
気が付くと周りには敵が群がってきており、武器を構える暇もなく次々と敵が襲い掛かってくる。
アーサーは周りを確認せず無我夢中に左右に剣を振り回す、剣が動く度に何かにぶつかる音がして腕に衝撃が走る。
それは剣術には程遠く、パニックに陥った者が刃物を適当に振り回している様にしか見えなかった。
それでもアーサーがこじ開けた穴は確実に存在しており、その場所をめざして味方が次々雪崩れ込む様に入ってくる。
一体どれほどの時間が経ったのか、時間にして1分足らずだったはずだが、体感時間では何十倍にも感じていた。
アーサーは全身を襲う疲労感と息苦しさに、すぐに鎧を脱ぎ捨て体をかきむしりたい衝動に襲われたが、体はいう事を聞かず、馬の首に寄りかかる事で何とか落ちずにいると、急に視界が開けてくる。
それはアーサーが前線を突破し、敵の後方にたどり着いたためである。
アーサーは歯を食いしばりながら背筋を伸ばすと、頭を動かす様に走りながら辺りを確認した。
すると前方の方に敵の集団あった、その中でただ1人宝石などを身にまとい、一際目立つ人物がいた。
白かった馬は返り血や切り傷で所々赤くなっていて、速さも体力も落ちている。
それでも、最後の力を一滴まで絞り出すように、雄叫びを上げながら何度も何度も馬の腹に蹴りを入れた。
敵も急いで馬に乗ろうとしていたが、慌てているのか、なかなか乗れないようだった。
敵にも護衛が居るはずなのに、こちらの方を見るとまるで化け物でも見るように、驚きそのまま背中を見せながら司令官を見捨てて逃げ出していた。
アーサーは相手との距離を100m、50、30、10mと縮めていった。
指揮官らしい男はやっと馬に乗ることが出来たが、その時にはすでに遅くアーサーは剣を振り上げていた。
その男は視界にうつる物すべてがスローモーションになり、振り降ろされる剣を見ながら、今までの人生が走馬灯のように流れた。
なぜだ、俺達は勝っていた。
殺される瞬間この男の頭には色々なことが浮かんでいた。
そう、まるで死ぬ前に見る走馬灯の様に。
昔はただの部族の民だった、自分が生まれた部族は300ほどの集団でおもに森で狩りなどをして暮らしていた。
俺が16になった時に周辺の町との間に争いが起きた、理由は小さな事で覚えている者はいなかった。
しかし、一度摩擦が起きると日に日に拡大して最後には国が軍隊を派遣してきた。
数は500ほどだったろうか、戦えるものは全員召集され。
俺も震える手で武器を握っていた、戦いは一方的で虐殺行っても過言ではない。
俺たちは森から出たところを弓矢で射られた、運よく矢を掻い潜って敵に近づき白兵戦にもつれ込んでも、そのころには傷と疲労で戦うことが出来ず槍で刺されるのみだった。
3分の1ほど死んだ時、皆が逃げ出していた。
俺も死にもの狂いで森に逃げ込んだ、それでも兵は追ってきた。
森の中で敵に追われている仲間がいた、自分は近くにあったこぶし大の石を拾い、息を殺しゆっくりと敵の後ろから近づく。
敵は狩りでも楽しむように薄ら笑みを浮かべていたのを覚えている、慢心していたのだろう、真後ろに立っても俺に気が付くととはなかった。
俺は力いっぱい石を振りおろし敵の頭を殴りつけた、鈍い音と何かがへこむ感覚が石越しに伝わってくる。
俺は無我夢中で何度も何度も石を振りおろし、最後は馬乗りになって殴り続けていた。
冷静になり辺りを見渡すと、先ほどの仲間が気絶して倒れていた。
その時俺の中で何かが囁いた、こいつは俺が助けたのだから好きにしてもいいはずだ。
悪魔は何度も囁いてきた、どうすればいいのかと。
足元には死んだ敵が倒れており、その近くには仲間が倒れている。
俺は殺した敵の身ぐるみを剥ぐと、その鎧を着て腰に差していた剣を抜いた。
その剣は安物でまともに光を反射せず、くすんだ光を放っていた。
俺はゆっくりと確実に倒れている仲間に近づくと、躊躇なく剣を振り下ろした。
辺りに血が飛び散り、顔にかかった血を拭きとろうとすると、自分の頬が上がっている事に気がつき、俺は笑みを浮かべていた。
俺はその足で、味方の首を持ったまま敵の陣地に向かい、この首は相手の族長の者と言いもぐりこんだ。
そして、一番立派な鎧を着た隊長をの後ろから襲いかかった。
功績をあげて俺は長の元に走った、長は感激して自分を側近に加えくれた。
しかし、故郷の森はすでに兵士たちに占領されていて町の者に好き勝手されていた。
この時自分は色んなことを学んだ、相手が強大でも不意打ちや策を使えば勝つことができる。
数は力だ、どんな綺麗事を言っても負ければ意味はない。
すべてを奪われるだけだ、だからこの時心に誓った。
必ずこの国を奪ってやると、それからの自分は策略を繰り返した。
長にそのまま取り入り、敵対する者は暗殺や追放、冤罪を積み上げた。
自分の地盤が固まると、長に毒を少しずつ盛り弱らせて殺した。
そして長の地位を奪った、その後他の少数部族を脅し滅ぼし征服した。
彼が長になってから10年で600は超えた、そしてこの国に王子が生まれたのを知った。
それから彼の計画は動き出した、その時から彼は主でたった動きをせず。
力を蓄え秘密裏に他の部族との連絡を取り始めた。
そして16年の年月がたった、そして数日前王子が初陣を飾るために。
ある部族の討伐に出ると聞いた、それこそが彼が待っていた事だった。
俺はすぐにほかの部族に連絡を取り、連携して軍隊にあたるように仕向けた。
今まで金をばら撒き、恩を売って得た力だ。
蓄えていた富を投げ売って、この戦いに最大の戦力を集めた。
彼はこの戦いに勝利して、そのまま首都に迫り占領して。
王からこの国を奪うつもりはずだった、なのになぜだ。
敵は戦う前に戦意を失い、崩壊寸前だった。
自軍は全体的に突出していた、しかし誤差の範囲だった。
だから、指令部である自分の部隊も前進させた、確かに前に出すぎていた。
しかし、我々は数の上でも勝っていた、なのに少数の敵が味方の部隊を突破してきた。
最初は何が起きたか理解できなかった、しかしすぐそばに敵が迫っていた。
近づいてくると先頭にいた奴は、馬と鎧に返り血を浴び所々赤かった。
そして剣を振りかざしていた、自分はすぐに馬に乗ろうとしたが。
なぜか乗れなかった、いつもは簡単に乗れるのに足が上がらず、手に力が入らなかった。
そして何より、部下たちが鬼気迫る敵を目の前に、逃げ出していた。
何度も落ちそうになりながらもやっと馬に乗ったのに、もう間に合わなかった。
最後に振り向いたときには、もうすぐそばに来ていた。
そして騎馬兵の振り上げた剣が丁度太陽に重なって、まるで剣が黄金に輝くようだった。
彼の人生は謀略に明け暮れた毎日だった、内心そんな人生に疲れていた。
これでやっと、休むことができるそう思うと彼の顔には笑みが浮かんでいた。
自分にとっての王道はここまでか、いや彼にとっては覇道だったのかもしれない。
「貴殿の名はなん。」
男は最後に自分を殺す相手の名が知りたく聞こうとしたが、すべてを言う前に男の時間は本来の時の刻みを取戻し停止した。
騎馬兵に聞こえるはずが無いのに、アーサーは自分の名を問われた気がし、彼はすれ違いざまに。
「アーサー。」
と自分の名を告げ走り抜けた、彼の後ろから同じく傷だらけの部隊が走り抜け。
アーサーはそのまま奥の茂みまで走り続けた。