001 希望的観測
過去を変えられたらどんなにいいか。俺はその事を夢みて眠れない日々を過ごしていた。当然、眠れないと人間は集中できないのでテストの内容も酷い有り様だ。そこで、何故俺がここまで過去について言及しているのか、勿論理由は存在する。それも明白な理由が。
1週間前、俺の近くに住んでいる幼馴染が交通事故で亡くなった。その子は可愛らしい笑顔をふりまく誰にでも優しい少女だった。特に恋愛感情は抱いていなかったが、それでも友達として大切な存在だった事には変わりない。
小さい頃から一緒に遊んで、互いに友情を育んできた。人前では泣かないと決めていた俺だったが、ついに涙をこらえきれなくなり、泣いてしまった。葬式で泣くのは恥ずべき事では無く、むしろ当たり前の事だと言うのは自分自身でも分かっていた。けど、泣いた所で彼女は帰ってこない。そんなの分かりきっているのに。
「ああ……俺は無力なんだな」
カーテンを開けて、空に向かって大きく伸びをし、朝日を浴びた。今日も学校に行かないといけない。こんなに憂鬱な気持ちで学校に行っても成績は良くならない。それでも学校には行く必要がある。俺は高校生なので義務教育ではないが、眠たい目を擦りながら、制服を着て登校するのだ。
少なくとも、死んでしまった彼女は学校に行くことは出来ない。と言っても、あの世が実際に存在して、そこに学校があるのなら話は別だが。
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今日も憂鬱だった。学校に友達なんていないので、昼は弁当を一人で食べて、行動するのだっていつも一人。虚しさを飛び越えて、悲しいというクッションを握り締めているようだ。小学校、中学校で仲良しだった彼女とも自分から距離をとってしまった。今思えば、思春期故の恥ずかしさからだと分かる。それが心残りでしかたない。
「シカとしてごめん」この一言をずっと胸に秘めたまま生きて行かなければならない。それも一生。そんな人生耐えきれるものではない。罪悪感を背負って生きる辛さは、現在進行形で感じている。これがずっと続くと思うだけで、吐き気がする。
自分の弱さが憎らしい。過去を修正したいという希望的観測にしがみついて、寝不足の毎日を送っているのだから。そんな事、有り得ないと分かっているのに。
俺は学校から帰る途中、とある家に寄っていた。そこは自称科学者が住んでいるビックリハウスなのだが、そこの住人があまりにも変わり者のため近所では話題になっていた。俺が生まれる何年も前から、この町にいるらしい。しかも正確な年齢は分からない。そんな人が俺の唯一の友達だった。
「おっす」
家に入って、ゆっくりと右手を挙げた。が、博士はどこにもいないので見回してみると、ソファーの上でイビキをかいて寝ていた。髭もそっておらず、髪の毛も伸ばしたままだ。見た目はホームレスの中年そのものである。
「と! 丁度いいタイミングだな」
すると、博士が目を覚ましたと思うと、俺に向かって前進してきた。片手に奇妙な眼鏡とノートを持って。だが、それ以上に、
「ちょっと、臭いぞ」
臭いが強烈だった。まるで炎天下で運動し続けた人の汗のように、服には臭いが染み込んでいた。当たり前のように悪臭を放っているのは勘弁してもらいたい。
「すまないな。研究に忙しくて風呂に入る暇も無かった」
「どうせまた、ゴキブリを退治する道具を一週間かけて作ったとかいう落ちだろ。失敗作が目に見えてるぜ」
知っている。この博士が開発したものはこれまでロクな物が無かったことを。ほとんどがスクラップ寸前の失敗作ばかりだった。期待する方がどうかしている。それでも、博士は今みたいに満面の笑みを浮かべて、俺に発明品を見せてくる。そんな裏表のない博士を、俺は何故か憎めず、毎回失敗作を渡されては苦笑いを浮かべていた。
「ところがどっこい。こいつはスゲー代物だぞ」
博士はノートと眼鏡を渡してきた。どっからどうみても普通の物じゃないか。そう思いながらも、俺は一応受け取った。
「へえ。それで、どこが凄いんだ?」
半信半疑で、聞いてみた
「まずこの眼鏡だが、原因を見る眼鏡だ」
「原因だって?」
「そうだ。原因の意味は分かるよな?」
「物事が起こった理由だろ。それぐらい分かるさ」
俺だって、立派な現役高校生だ。成績は落ち込んでいるが。
「そう、原因とはすなわち過去だ。こいつで過去を見ることが出来る」
博士は自信満々に言っているのだが、どうにも信じられない。これまでこの人の発明品でドエライ目にあっているからだ。
「そりゃすごい。こいつで大統領暗殺の犯人もまる分かりだな」
実際に眼鏡をかけてみた。だが、つけてみた感じでは、普通のドが入っていない伊達眼鏡である。こんなもので本当に過去を見れるのか、甚だ疑問でしかない。
「さて、それでは実験をしてみよう」
博士はそう言うと、台所に向かってコップをとってきた。
「それも発明品か?」
「いいや、こいつは普通のコップだよ。ガラス製だから落とすと割れるぞ」
ガチャン。と、博士はコップを落として床にガラスの破片をバラまかせた。しかも得意顔で。
「おいおい、何やってんだよ!」
「さあ、その眼鏡でコップを見てみろ。正しくはコップの残骸だが」
「どっちでもいいって」
博士の言われた通り、しぶしぶ眼鏡で割れたコップを見た。
すると。
映像が乱れた思うと、博士が台所の行くシーンが脳内に直接流れ込んできた。そして、博士は先程と同じようにコップを放して、ガラスの破片を床にバラ撒く。これは今さっき見た光景である。
「どうだ?」
博士が声をかけてきたので、俺は視線を博士に向けた。ここで映像は途切れて、元の視界に戻っていた。今度は眼鏡を外してコップを見てみると、床に落ちているのはまぎれもなく一つのコップだ。
……博士がコップを二つ落とした訳じゃない。
「こいつは凄い。本当に過去が見えた」
それは、始めて博士を尊敬した瞬間だった。
「どうだ。俺の発明品は世界一だろう!」
博士は小躍りをして舞い上がっていた。
「それで、このノートは何だ?」
だが、俺はそんな博士を後目にして次の発明品にフォーカスしていた。こっちも普通のノートである。
「ああ、ノート自身は普通だぞ。発明品はノートの中に入っている」
「そうだったのか」
開けてみると、そこにはデッキがあった。カードが何十枚も重ねられていて、輪ゴムで縛られているのだ。
「こいつはな。原因の番人を倒す発明品さ」
博士はそうだと言うのだった。