僕の半分
残酷な描写があります。
苦手な方はスルーして下さい。
-----いいかい、君は、赤い風船を見るたびに、思い出すんだ。
その人は僕に、言った。
その人は、首を吊って、死んだ。
その人は、僕を閉じ込めた。
その人は、僕に暗示した。
僕は、丸5日、その人と、一緒だった。
その人の、ゆらゆら揺れる屍と、ずっと一緒だった。
その人の、顔は腫れ上がって、身体は色んな物を排泄して、今まで嗅いだことの無い臭いがした。
人の、死んでいくにおい、排泄物のにおい、細胞が腐っていくにおい、酸化する、皮膚の、血管の、脳みその、脂肪の、白血球の、におい。
僕は、楽しいことを考えて、過ごした。
何か楽しいこと。
幼稚園で、帰りにみんなで歌う曲。
運動会で食べたお昼のお弁当。
お母さんが洗濯物を干した後に、ぎゅっと抱き締めた時の、洗剤の残り香のにおい。
お父さんが、お風呂から上がったときに、ごしごし髪を拭いてくれること。
日曜日に見る、正義の5レンジャーの番組。
だんだん、楽しいことを考えることができなくなった。
お腹も減っていた。
喉も渇いていた。
ひどいにおいだった。
涙も枯れて、そのうち空腹も喉の乾きも、何も感じなくなった。
ぼんやりと過ごしていたら、いつの間にか、閉じこめられていた倉庫のような場所の扉が開いていた。
日の光が、扉の開いた所から差して、僕の顔を照らした。
僕は、ゆっくり立ち上がって、転んだ。
何も食べていなかったから、うまく歩けない。でも、ここから出たかった。
何度も立ち上がって、転んで、やっと外へ出た。
知らない場所。
-----おかあさん。
僕は母を呼んだ。
どうしていいか分からなかった。
でも、誰かに助けて欲しかった。
※
-----ごめんね、ショウちゃん、ごめんね。
母が、僕を抱きしめた。
でも僕は、母の体温を感じることができなかった。
あの時、僕は、半分だけ死んでしまったんだと思う。
いつの間にか僕は警察に保護されていた。
記憶は、所々穴が開いたみたいに抜けている。
あの死体がどうなったのかは、知らない。警察の人からもその事については聞かれなかった。ただ、僕が突然いなくなって、一週間後に自宅から5キロ程離れた住宅地で見つかって保護された事だけ確かだった。
-----誰かに連れていかれたの?
-----どうやってあそこまで行ったの?
警察の人にも、両親にも何回も聞かれたけれど、僕は話すことができなかった。
首を横に振って、震えていた。
怖かった。
話してしまえば、何かに復讐される気がした。
※