鈴蘭の毒
-----カナちゃんの好きな鈴蘭を持ってきたわよ。
去年の春、小さな花瓶にすずらんを活けて、母は涙ぐんだ。公園のブランコの近くにそっと置いて、立ち上がる。
その日は妹の誕生日だった。
生きていたら、8歳になっていた。
父は、お皿に盛ったショートケーキを、そっと供えた。
-----ハッピバースディ、カナ、寂しかっただろう。うちに帰ろう。
僕は犯人は、すぐに捕まると思っていた。その日公園には、何人か高校生がたむろしていて、妹が公園にいるところを見ていた人もいたのだ。
丁度夕刊を配る時間帯で、新聞配達のお兄さんも、道中妹らしき女の子が、一人で歩いているのとすれ違っていた。
でも、誰も妹を殺した犯人を見ていなかった。凶器も見つからず、手がかりは全く無かった。
今年の春は、妹の写真の隣に、すずらんの花を活けた。
白くて小さくて、可憐な花。きれいな香りもする。庭に咲いていた物を、僕が摘んだ。
「気を付けてね、鈴蘭には毒があるから。」
母が言った。
「ちゃんと手を洗ってね。」
まるで小さな子どもに言うみたいに、母は話す。
「分かった。」
でも僕は何も言わない。
抵抗したら、母が消えてしまいそうな気がした。
小さい頃、僕に何かがあって、母は少し過敏になっていた。
-----ごめんね、ごめんね、ショウちゃん。
あの日僕を抱き締めて、母は言った。
母の腕は、震えていた。
※
真夏の暑さの中で僕は、何かを思い出そうとしている。
忘れなければいけなかった何かを。
アブラゼミのジージーという音。
消毒液のにおい、死んでいく細胞のにおい、アロマのにおい、人の、血のにおい、人の、死んでいくにおい、人の、死んでいくうめき声、せんせえの、笑った顔、腫れていく、風船みたいな、
オ兄チャン
コワイヨ
パンっと風船が割れる音がした。
「大丈夫?一人で帰れる?」
ホームレスのおじさんの声。
-----犯人グループは未だ捕まっておらず、
-----今日未明、死亡が確認されました。
ニュースキャスターの原稿を読み上げる声。
コワイヨ
「おはよう。」
白衣のせんせえの、笑った顔。
夏の暑さが、かげろうを作る。
殺される、と僕は思った。
僕は、この夏に殺される。
-----お兄ちゃん
妹が僕を呼ぶ。
風もないのにブランコが揺れる。
頭の中を激しく光が駆け巡る。
「あアあアアあアああアアあああ」
僕は絶叫した。
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