人形
「お母さん。」
夕飯のチキンカレーを食べながら、僕は言った。
「カナの部屋片付けた?」
カナは妹の名前だ。
母は不思議そうに僕を見た。
「そのままにしてあるわよ。お兄ちゃんに怒られるから。」
「そう。」
僕はテレビに視線を移した。
それにしても、人形はどこに行ってしまったんだろう。
テレビでは、最近起きた事件を取り上げていた。ニュースキャスターが原稿を読み上げる。
「3日前に発生した、ホームレスを狙った暴行事件ですが、意識不明の重体だった男性が今日未明死亡しました。なお、犯人グループは未だ捕まっておらず、警察は目撃情報の提供を呼びかけています。
続いて、あしたの天気です。」
パッと画面が一瞬真っ黒になった。
僕は口に入れたカレーを咀嚼しながら、テレビを見つめた。
女の子が、雪の降り積もった公園を駆け回っている。何かのCMだろうか。
それにしても、夏に冬のCMなんて季節感が全くない。
よく見ると、女の子は裸足だった。
裸足で雪の上を跳ねているのだ。
人工の雪だから冷たくないのだろうか。でも、彼女の小さな可愛らしい足は、しもやけで赤く腫れ上がっている。
まるで、
「どうしたの、そんなに真剣に天気予報見て」
母が言った。
その時玄関のチャイムが鳴った。
「お父さん帰ってきた。はーい。」
母は父を迎えに玄関へ向かった。
僕は小さく息を吐いた。
どうかしている。
テレビでは気象予報士が、明日は猛暑日になるので熱中症に注意してください、と呼び掛けていた。
※
夕飯を食べ終えると、僕は2階の妹の部屋に入った。
明日公園に行くときに、妹の靴を持っていかなくてはならない。
でも、妹があの日着ていた服や、履いていた靴は、証拠品として警察が保管している。
何か代わりになるものはないだろうか。
僕は妹が喜びそうな物を探した。
お気に入りのハンカチ、好きだったお菓子の空き箱、集めていたおまけのアクセサリー、甘い匂いのする消しゴム・・・
ふと、ベッドの下に目が行った。
小さな腕がはみ出している。
「ここにいたんだ。」
僕は人形を抱き上げた。
埃っぽいところにいたせいで、少し服や髪が汚れていた。
優しく叩いてやりながら、ふと僕は、人形の靴に泥が付いていることに気がついた。
「あれ、なんで土なんか付いたんだろう。」
指先で撫でるとキレイに取れた。
ふと違和感を覚えた。
「あれ」
こんな靴履いていただろうか。
そもそも、靴なんて履いていたっけ。
「ショウちゃん、次お風呂入れるけど。」
部屋の外で母の遠慮がちな声がした。
「今行く。」
僕は思考を中断して人形をベッドの上に座らせた。
「後できちんと拭いてやるから、もういなくなるなよ。」
人形はグレーの瞳で、僕を見つめていた。
※