僕の名前
公園には、誰もいない。
元々ブランコと滑り台と砂場しかない小さな公園だったし、殺人事件があった場所ということで、利用する子供はほとんどいなかった。
公園の入り口にも、『変質者に注意!あやしい人を見かけたらすぐに110番!!』と大きな縦長の看板がかけられている。その隣の電柱に、少年の妹の事件が小さく張られていた。
『目撃情報にご協力ください!』手書きの文字の下に、色褪せた女の子の写真。にっこり笑ってこちらを見つめている。
少年は、毎日公園に通う。
妹が寂しくないように。
妹を殺した犯人の手がかりを、見つけるために。
少年はブランコへ向かう。
風でギィギィ鎖が揺れている。
妹のサンダルは、そのままになっていた。
「ごめんな。」
妹に謝って、サンダルを回収した。
「この靴じゃないよな、あの日履いていたのは。」
ブランコがギィギィ揺れる。
「今度必ず持ってくるから。」
少年は妹に約束した。
「そしたら一緒に家に帰ろうな。」
妹が頷いたような気がした。
返シテ
少年は、何か大切なことを忘れていた。
でもそれが何か思い出せずにいた。
※
―――――この子はあれ以来、赤い物を怖がるんです。
母の声がする。
―――――他に症状はありませんか。
落ち着いた男の人の声がする。
ここからは、顔を見ることが出来ない。
僕は母に抱き抱えられて、部屋のドアを見つめていた。男の声は僕の背中の方から聞こえる。
―――――夜もよく眠れていないようです。食欲もあまり。
どうして母に抱っこされているんだろう、と僕は不思議に思う。
母の首に回した自分の手を眺める。
小さな手のひらが2つ。
そうか、これは小さいときの記憶だ。
ここは、病院だろうか。
消毒液のにおい、病気の治るにおい、死んでいく人の細胞のにおい。
僕は息が出来なくなって、母の首から腕を放した。
―――――ショウちゃん!
母が僕の名前を呼んだ。
「ショウちゃん。」
部屋の外から母の遠慮がちな声がする。
「夕飯出来たけど、食べる?」
僕はベッドに寝そべって目を見開いていた。呼吸が荒く、汗だくだった。
「今行く。」
呼吸を整えて、僕は応えた。
階段を降りる母親の足音を確認してから僕は身体を起こした。
今の夢は何だったんだろう。
僕はぼんやり考えながら、立ち上がって、部屋のドアを開けた。
オ兄チャン
ドアを閉めるとき微かに女の子の声がした。
※