熱中症
赤い靴履いてた女の子
異人さんに連れられて行っちゃった
妹は、異人さんに連れて行かれたんだ、あの歌の通りに。
少年は公園のブランコに揺られながらそんなことを思った。
だから言ったんだ、そんな靴似合わないって。
クリスマスの、サンタからのプレゼント。おませな妹は、靴を欲しがった。
「わたし、赤い靴が欲しいな。ピアノの発表会に履いていくみたいな、ツヤツヤしてる真っ赤な靴。」
妹は、ピアノを習ってる訳でも、発表会がある訳でもなかったのに。
「冬は雪が降るでしょ、そしたら赤が映えると思うの。」
―――――雪が降ったら長靴かスニーカー を履いた方が良いんだよ。滑って転んだら危ないでしょ。赤い長靴にしたら?
母親が諭しても、聞かなかった。
赤い靴履いてた女の子
異人さんに連れられて行っちゃった
行ッチャッタ
連レテカレチャッタヨ
オ兄チャン
また、幻聴が聞こえる。
少年はブランコを降りた。
待ッテヨ オ兄チャン
ワタシ靴ガ 無イノ
裸足ジャ 帰レナイヨ
形のない声。
少年はその声に慣れてしまっていた。
「靴なら持ってきたけど 」
そっと隣のブランコの下に置く。
それは、妹が夏に履いていた黒いサンダルだった。
赤い靴は駄目だ。また連れていかれてしまうから。
祈るように耳を澄ます。
しかし、反応は無かった。
少年はため息をついて靴を取ろうと身をかがめた。
その時、何かが少年の右手首を掴んだ。
「!」
驚きのあまり、声が出ない。
それは、人間の手だった。
小さな子どもの腕が、ブランコの下から突き出ていて、ものすごい力で少年の手首を引っ張った。
「っやめろ」
少年は力に抗うことができず、引きずられるまま片腕を土の中に沈めていた。
「コノ靴ジャナイ」
耳元で怒ったような声がした。
今までのどの幻聴よりはっきりと、まるで生きている者の声のように聞こえた。
少年は気を失った。
※
―――――熱中症ですね。
公園の木陰で意識を取り戻した時、おじさんがにこにこしながら言った。
確か、近所でたまに見かけるホームレスの人だ。
ゴミをあさりに公園を通りかかったおじさんが、ブランコの下に倒れていた僕を見つけてくれたらしい。
「ありがとうございました。」
「一人で帰れる?」
「大丈夫です。」
「気を付けてね。」
僕は家路に着いた。
何かを忘れているような気がしたけれど、考えるのがだるかった。
玄関を開けて、気がついた。
「あサンダル。」
また、置いてきてしまった。
僕は公園に引き返した。
ホームレスのおじさんはもういなくなっていた。
※