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赤い風船  作者: 黒猫
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2回目の夏

セミは、狂ったように鳴き続ける。

夏の日の青い空。化け物みたいな入道雲。目眩のする暑さ。

少年は、公園のブランコに揺られながら、真夏の温度にみとれていた。

どのくらい、そうしていただろうか。

風が吹いて、身体から流れる汗を冷やしていく。

夏に似合わない自分の白い肌を、少年は忌々しく思う。

ふと、足元に一匹の蟻。

衝動的に踏みつける。何度も何度も。執拗に靴の裏を地面にこすり付けた。

夏に消えた命。足元に転がる屍。

少年はこめかみを親指で押さえた。

耳鳴りと、かすかに聞こえる幻聴。

「判ってる。」

少年は声にこたえる。

蟻の屍は、吹いた風に弄ばれて、砂の上を転がる。

少年はブランコを降りた。


少年は帰り道を足早に歩く。

形のない声が、ついてくる。


オニイチャン 赤イ靴 ハ ドコ?

ワタシノ 靴 返シテ


少年は耳を塞いで歩いた。後ろは振り返らなかった。


オニイチャン 待ッテヨ

ワタシ靴ガ無イノ

コレジャ家ニ帰レナイヨ


追いかけてくる、形のない存在。

少年はついに駆け出した。

吐く息には、血の味が混じっていた。

ほら、僕はもう半分死んでいるんだ。少年は全速で家に帰る。


コワイヨ



喪服の母は、いつもより物悲しげで、きれいだった。

額に飾られた妹の写真は、葬儀の間中、ずっと僕を見つめていた。

妹は、火葬場で焼かれてしまい、スカスカの白いカルシウムの固まりになってしまった。

親戚の人たちがボソボソと囁く声が聞こえる。


―――――かわいそうにねぇ。

―――――犯人、捕まってないんでしょう?

―――――怖いわよね。


妹は、おととしの冬に亡くなった。

7歳だった。

公園のブランコの下で、うずくまって死んでいた。殺されたのだ。

年が明けて、春になっても、犯人に繋がる情報は無かった。

父も母も、疲れきっていた。

妹がいない、二回目の夏。



「おかえりなさい」

家に入ると、母が台所から声をかけた。

「ただいま」

二階の自分の部屋へ向かう。ギシギシと階段が軋む。

階段を上りきって、左側にあるのが僕の部屋。そして右側が、妹の部屋だった。

僕は、妹の部屋を開けた。

新しい勉強机の上に、赤いランドセルが乗っている。中に入ると、ひんやりした空気の中に、かすかに妹の匂いがした。

時間割表に妹の書いたチューリップの絵。お菓子の空き箱には、お気に入りの髪留めがしまってある。

ベットの上にはあの日まで着ていたパジャマがたたんで置いてある。

僕は枕元にちょこんと座っている女の子の人形を抱き上げた。その子は黒いワンピースに、白い靴下を履いている。

僕をじっと見つめていた。

深いグレーの、ガラス玉の瞳で。



少年は、今日も公園のブランコに揺られながら夏の暑さにみとれていた。


―――――お兄ちゃん


懐かしい声がする。

少年はうっとりと瞳を閉じる。


―――――お兄ちゃん、返してよぉ


ブランコを漕ぎながら妹が笑っている。

二人でどこまで靴をとばせるか競って遊んでいた時の、記憶。

けんけんをして自分の靴を取りに行った少年が、妹がとばした靴を取り上げて笑っている。

妹はブランコから降りることが出来ずにいた。


―――――お兄ちゃん、返してよぉ


カエシテ


また、幻聴が聞こえる。

少年はこめかみを親指で押さえた。


幽霊なんていないんだよ

あるのは残された人が見る

グロテスクな幻覚


少年は閉じていた瞳をゆっくりと開けた。



あの日は、雪が降っていた。

妹の体にも白く積もっていた。

うつ伏せたまま、動かない身体。

僕は何回も思い出す。

あの日に戻れたら、妹を一人で公園に行かせたりなんてしなかった。

そしたら、妹は今も生きていた。

何回も何回も何回も、僕はありもしないことを、もうどうしようもないことを、考えずにはいられない。

家に帰ると、また妹の部屋に入った。


―――――勝手に入らないでよぅ


妹の声が聞こえる。

ふと、部屋に違和感を覚えた。

何かが、違う。

母が掃除でもしたんだろうか。

僕は部屋を見回した。

分かった、あの人形がいなくなっている。























最後まで読んでくださって、ありがとうございました。続きも投稿したいと思いますので、また読んで頂けると嬉しいです。

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