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プロローグ・a 《撃たれた男》

 恐らく太陽は、愚かしい行為に及んだ人類を等しく焼き殺すつもりなのだろう。

 そう思わずにはいられないほど、雲一つない空は清々しさを通り越してウンザリするほど晴れ渡っていた。

 転じて大地に視線をやってみても、老人のハゲ頭みたいな平原が続くだけで、これといった変化はない。

 と思われたところに、無謀にも動く影が一つ。

 一歩、また一歩、と全身から大粒の汗を噴出させて命を削りながら、独りの男がリアカーを引いている。

 三百六十度見回してみても、地平の果てまで既視的な風景しかないなか、果たしてこの男は何を目指しているのだろうか?

 疑問はしかし、その必死すぎる眼差しが明確に解答していた。

 彼は“ある一点”を凝視し続け、そこへ向けて死に物狂いで脚を動かしているのだ。

「あと少し、あと少し……」

 男は呪詛がごとく呟き、自身を励ます。

 だが距離は遅々として縮まらず、余命ばかりが熱光に蒸発させられてゆく。

「あと少し、あと少し……」


          *  *  *


 鈍足であろうが前進の一歩は一歩であり、ついに男は見つめ続けた“ある一点”へ辿り着いた。

 ハゲ頭に一本だけ生ゆる奇跡的な髪の毛がごとく、死んだような平原に一本だけ生ける樹木――それを男は見上げ、

「まさに希望だ」

 素晴らしい笑顔を顔面いっぱいに浮かべた。

 殺人的直射日光から身体を庇護してくれる木陰は、絶望的な暗闇を照らす一筋の希望に満ちた光と同様に救いなのだ。

 目的地に到達できたという事実に、必死になっていた男の筋肉と精神は弛緩し、

「……ん?」

 辺りを見る余裕が生まれ、初めてそこに先客が居たのだと気づく。

 木陰の庇護の下にあって、腰掛けるのにちょうどいい形をした岩に座るその人物は、砂埃やなんやらで自由奔放に乱れた髪の毛の影に、果たしてどれほど飲まず喰わずでいたのか悲愴なまでに頬の痩けた容貌をひそめ、一心に自らの手元を――

 右手にある一丁のリヴォルバーと、

 左手にある一発の銃弾を、

 ――ただ静かに見つめていた。

 男は思わず息をのんだ。

 そして見惚れた。

 その“眼/瞳”に。

 血走った双眸は、極限の状況に陥ったがゆえか、ある意味でとても純粋な輝きを放っていたのだ。

 心の底から湧き起こる衝動に、男は駆られた。

 超然たるモノに憑かれたがごとく、彼は作業を開始する。

 粗末な紙質のスケッチブックに、たき火の燃え残りたる木炭で、目に映る情景のデッサンを――


 狂ったようにデッサンする男の耳元を、

「夜のオカズにでもするつもりか?」

 不意に、透明で涼やかな音が通り抜けた。

 その音声の主は、砂埃にまみれた髪の毛のあいだから、よりいっそう輝きを増した貪欲な眼差しで男を見つめている。威圧するでもなく、警戒するでもなく、ただ静かに――しかしどこか、ほくそ笑むように。

「ヒトを食べる趣味はないよ」

 男は手を止めることなく答え、

「そういう意味ではないのだがな」

 デッサンのモデルは苦笑まじりに返した。男を捉える“眼/瞳”の色は変えることなく、ただ静かに――しかしどこか、ほくそ笑むように。


          *  *  *


 そして男のデッサンが終わるころ、

「ゲームをしよう」

 透明で涼やかな声が提案してきた。

「……え?」

 と男の意識がデッサンから“そちら”に向いたときには――

「簡単なゲームさ。昔から運を試すときにおこなわれている」

 ――すでに、その銃口は男の額に喰らいつこうと狙いを定めていた。

 デッサンのモデルは、先ほど見つめていた一丁のリヴォルバーを男に向けたまま、

「これの装弾数は六発、そこから一発抜いてある」

 左手にある一発の銃弾を示し、

「引き金を引くのは一回、“アタリ”の確率は“六分の一”」

 その“眼/瞳”に燦々と貪欲な色を輝かせながら、左腕を擦りつけるようにしてリヴォルバーの“シリンダー/輪胴弾倉”を回転させ、“アタリ”と“ハズレ”をシャッフルし、

「どうだ? 簡単なゲームだろう?」

 と肩をすくませ、ジョークを言うような気楽さで同意を求めてくる。

 つまり、“死ね”――と宣告された男はしかし、

「試すほどの“運”は持ってないんだけど……。拒否権は?」

 とくだん慌てるでもなく訊ね、

「ない」

 乾いた発砲音が、遮る物のない平原の果てを目指して轟き――

 返答は、引き金を引くことでなされた。

 残響と硝煙の臭いがその場に残留し、“運試し”の結果を物語る。


 その男は、とても運がよかった。


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