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エピローグ・b 《探しモノの旅》

 そして変化のない景色でも――

 時は進み、夜である。

 満点の星空。

 飽き飽きするほどに、星たちは自分を主張して輝く。

 そんな夜空の下で、火をたいて夜食を食す二つの影があった。

 汗だくな――疲労によって老け込んですら見える男と、眠たそうな――あるいは寝起きと思しき女である。

 二人とも美味しそうに食事をしている、ようには見えず。どこか事務的な、必要だから栄養を摂取しているという雰囲気である。

 長期保存の利く“缶詰の肉”と“硬い黒糖パン”を、黙々と口に運ぶ二人であったが、しかし男の方が不意に顔を上げ、キョロキョロと辺りを気にしだした。

 それに気づいた女が声をかける。

「どうした? ウンコか?」

 ずいぶんバッサリ言う。この女、可憐な顔してどうにもお下品な言葉づかいである。透明で涼やかな美の付く声が台無しだ。

 ――が、しかしどうも本人は気にしていないらしい。

「するなら風下へ行けよ。美味くない飯が不味くなる」

「ちがうよ。というか、食事中にそういうこと言わないでほしい」

 男は呆れた感じに注意するが、しかしどこか諦めている感がある。まあ、つまり、彼女がいちいち言葉を選んで喋らないということを知っていて、なおかつそれに慣れ始めているのだ。

「……? 違うならなんだ、小便か」

 女は怪訝そうに顔をしかめて言う。ちなみにふざけているわけではなく、この女はこれで真面目である。

「――っ」

 言おうとして、

「はぁ」

 しかし男は毎度のことでもはや面倒になってきているので言葉を切り、

「なんかさ、ほら、地面を叩くような音、聞こえない? 馬が走っているような」

 要点だけ言う。

「ん?」

 女は食べ物を口に運ぶのを中断して、耳に神経を集中させ――なかった。

 変わりにアゴをしゃくって、男の背後にある地平を示す。

「なに」

 男が振り返る。

 と、そこには疾走する一頭の馬の姿があった。

 一直線に、こちらへ向かってくる。

 そしてある程度の距離に近づくと、馬上にある人影が右手を頭上に掲げた。その手には身の細い銃のようなモノがあり、銃身と思われる部分を握って掲げて見せていることから、敵意は無いという意思表示のようだ。

 その体勢のまま接近してくる。

「余分にあったらでいいのだが。すまないが、水とパンを“これ”と交換してはくれまいか?」

 男の真横で緩やかに停止した馬の上から、腹に響くような低い声が降ってきた。

 見れば、馬上から精悍な面立ちをした長い白ヒゲの老人が布袋をひとつ差し出している。

 男は食事を中断し、その布袋を受け取って中身をあらためる。香辛料に香味料、お茶の葉が詰まった缶に葉巻がふたつ、それから拳銃の弾が十三発あった。

「いいですよ。水もパンも余分にありますし。あ、不味いやつでよければ肉の缶詰もつけますが?」

 男は交換に応じた。

 女は無言。

「ああ、すまない。恩に着る」

 白く長いヒゲの老人は馬から降りると礼を言い、馬の横っ腹に留めてあった“何か動物の胃袋で作られた水筒”を男に手渡した。

「なあ、ご老体」

 渡すための水とパンと肉の缶詰を取り分けている男に代わって、女が口を開いた。

 簡潔な自己紹介が交わされる。

 老人は旅人だという。

「なら、旅の道中――出会った変な人とか、遭遇した奇妙な出来事とか、なにか面白そうな話をしてくれないか?」

 そんな女の提案を、

「べつに構わんよ。おもしろい、という保証はできんがね」

 老人は快諾し、

「キミ達の話も、聴かせてもらえると嬉しいんだが」

 白くて長いヒゲを撫でながら提案した。

「わかった」

 女は快諾し、

「じゃあ、まずは言い出しっぺの私から」

 語り始める。

「私がコイツと出逢った時の――“運命/神様”ってヤツは、妙なユーモアのセンスを持ってやがる。それを知るはめになった、冗談みたいな“奇跡”の話だ」


 ときおり、思い出し苦笑いを浮かべながら語る女と。

 それを、興味深げに聴き入る老人と。

 そんな二人を、ただジッと静かに見つめる馬と。


 渡す品々の準備を終えた男は、そのまま会話に参加するかと思いきや、

「…………」

 粗末なスケッチブックと木炭を取り出して、無言のままに“語らう二人と一頭”の姿を描き始めた。

 まるで、描くことが自分の義務であるがごとく。

 目前の光景を世界から切り取るように。

 ――“記憶/記録”に焼き付けるように。


          *  *  *


 そして――

 有意義な満ち足りた時間というものは、往々にして早く過ぎ去るもので。

 旅の話を終えた老人は、男から食料品を受け取ると、

「ありがとう」

 深々と感謝を示してから、愛馬に跨る。

 鼻を鳴らす愛馬を御し、方向修正。

 そして、駆け出そうとした――

 その時。

 去りゆこうとする老人へ、女が「最後に――」と言葉を投げた。

「――どうして旅を?」

 いまにも駆け出さんと鼻を鳴らし意気込む愛馬を征しつつ、老人は答える。

「祖国を、探しているんだ」

 老人と愛馬は去りゆく。

 その言葉だけを置いて。

 ――帰る場所を求めて。


          *  *  *


 戦争があった。

 少し前の話だ。

 超大国と超大国の主義主張の為に起こった大戦は、周辺諸国から全世界を巻き込み戦渦を拡大させ――

 対話もなく。

 協調もなく。

 拮抗し過ぎた力は互いの体力を削り、しかし果ての見えない争いは国家を疲弊させ、やがて国力は衰退してゆき――

 超大国の“財政/経済”は破綻した。

 周りの国々もその荒波にのまれ、もはや国家としての体裁をなせず――

 そして各地で紛争が起こった。

 そこにはもはや主義も主張もなく。

 暴力の応酬によってイデオロギーは失われ――

 以来、世界は疲弊し混沌し衰退している。

 この世界は間違いなく、

 ――終焉へ、その大きな一歩を踏み出してしまった。

 やがて総てが終わるだろう。

 この一瞬後か、

 明日か、

 明後日か、

 一ヵ月後か、

 一年後か……、

 いつになるかは、誰にもわからない。

 しかし確かなのは、もはや後戻りできないという事実だ。

 後悔したところで、意味はない。

 こんな世界でも、ヒトは“生き/生かされ/生きている”のだから。

 生きているかぎり、

 生かされているかぎり、

 生きてゆく道は、そこにある。

 荒んだ道でも、

 ぬかるんだ道でも、

 ――道は、先へと続いている。

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