一途系ヒロイン
「というわけで、好きな男を選ぶといいのだ!」
「は、はい。頑張ります……」
先代が亡くなってから行う召喚もこれで六回目。今度の少女は……まあ大人しいタイプの子だ。あと内気で消極的。好きな男と結婚できるよと言われて「私、男の人と話したこともろくにないのに」 とカミングアウト。瀬名翠はよくも悪くも純情らしい。
だからといって男嫌いというわけでもないらしいので、とにかく着飾って夜会だの舞踏会だの行わせてその気にさせる。結果、余計コミュ症こじらせてインドアに走りやがった。……魔術師もせっかくなら同じタイプのコだけ召喚してくれないかねえ。
「ルセさん、お聞きしたいのですが、その、この世界の男の方々はとても積極的に見えるのですが……」
主に先代のせいです。
と言いたくなるのを抑えて、お前が魅力的だからだよとぼかす。希美のせいでお前も誰とでも寝る女と思われてるよ、とはさすがに言えん。
「魅力的、ですか。素直に嬉しいです。こんな私に優しくしてくれるなんて」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
聞いた話じゃ、翠は私生児らしい。父が誰かも分からないというのは幼少期から噂になり、近所の親や男達に散々からかわれたとか。翠の容姿を見るに、好きな子ほど苛めたいってやつじゃないかと思われるが……。元の世界に帰りたいとか思われても困るから言わないがね。
そう、翠は美少女だった。いつきは影のある美少女だったが、こっちは儚げ系美少女かな。日陰にそっと咲く花と、片隅にこっそり咲く花というか。……俺、もしかして死亡フラグ立ててる?
「ルセさん?」
そんな思いを知らず、翠はきょとんとした顔を俺に向ける。いかん、仕事に集中せねば。
「どうした翠」
「あの、男の人達からたくさんの贈り物を頂いたでしょう? お返しはどうしましょうか」
「好きで贈ってるんだからほっといていいと思うのだ。それより、何か気に入った贈り物はあったか? こういうので趣味が一致する男とかいいかもしれんぞ」
とは言ったものの……。ノース地方の貴族からはスキー用具。サウスの領主からは海に関するレジャー用品。ウェストの商人からは夜会用のドレス。
見るからに「外に出ようぜ! あわよくば俺といちゃつこうぜ!」 との下心が酷い。ひきこもりに渡すものとしては最悪だ。翠も意図を察して若干引きつってる。
「……私が役目を果たそうとしないのがいけないんですよね。が、頑張らなきゃ……うぅ、胃が……」
何人か見ている世話役視点でも、翠は気が弱すぎてこういうの向かないなと思う。それなのに義務感で果たそうとするから、ストレスで度々体調を崩して寝込むという悪循環。ううむ……。
「無理するな。昨日も微熱があったし、今日は寝ていろ」
「ごめんなさい……ニートでごめんなさい……」
謝る翠をベッドに押し込め、薬を飲ませる。
「成分は分からないけど、これかえって頭が冴えますね」
「熱で興奮してるだけだろ、いいから寝ろ。眠れないなら何か本でも読むぞ」
そこで贈り物に目をやる。イーストの学生からは、大量の本が贈られていた。これはいい暇つぶしになるな。しかし、これ全部に目を通していたら外に出る暇もなくなりそうだが、これはこれで何故贈ったか気になるな。
「風土記みたいな本ですね。素敵。ルセさん、これを贈ってくれた方はどなたですか?」
意外にも、翠の心を射止めたのは下心を排した贈り物だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
間もなくひっそりとした結婚式が挙げられた。
ひっそりだ。
イーストの学生と翠の本人達は幸せそうだからいいが、その周りは……悲しい事に納得してるやつがいねえ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「先代の時は貴族ブームだったのに! 今回は一人だけなんですか!」
ああそうだな。先代こと希美と関係をもった人間は、全員にそれなりの地位が与えられてたな。だが本人が死んだあとはそれなりに間引かれてもいるんだがな。金は無限じゃねえし。そこらへんの事実は見ないのかよ。
「召喚少女はみな好色と聞きました! 楽しみにしてたのに!」
違え。誰だよんなこと言ってるの。先々代はすぐ死んだし、最近の若い者……というか若い貴族の次男以下は希美くらいしか知らんから召喚少女=希美の方程式が出来てやがる。あれを基準にすんな。
「異世界の少女と遊べるって聞いてたのに……」
完全に自己責任じゃねえか。皮算用で勝手に怒ってりゃ世話無いぜ。それと、由緒正しい召喚少女を娼婦みたいに思っているようだから、ここから出るにはちょっと教育受けてからにしようか。
とまあ、連日俺のところには、自分も利益にあやかれると思った面の皮の厚い奴らからのクレームがわんさか届いていた。
希美を責める気にはなれんがね。もう死んでしまっているし、それに、ああまで突き抜けた生き方されると悟りの境地になれる。
となると、必然的に翠に苦手意識を覚える。こっちが苦労してるのも知らないで毎日幸せそうだなあ。まあ俺もそれが仕事なんだけどさ。でも子供産むのが仕事なのに「交換日記から」 とか暢気なもんだ。悠長なこと言ってないでとっとと産めよ。子供さえ生まれれば少しはやつらの抑えになるだろうに。それまで非難受けるの俺なんだからな。
召喚少女の扱いは、この時の俺には完全に流れ作業だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「せめて一目だけでも」
翠に長男が産まれて、だいぶ恨みがましい事を言うやつも減った。ただ一人を除いて。
地方貴族のストレイ。何でも、最初の頃の夜会で翠を見て一目惚れだったとか。殊勝なことだが、遅すぎたな。
「俺としてはお前でも問題は無かったと思うんだけど、翠も今は夫も子供もいるからな。あれらがいる以上はなー。今度も仲良く一家で巡察と聞くし」
「……巡察?」
「ああ、お前の土地だっけ。ちゃんと案内してやれよ」
「! はい、もちろん。……これで、言質……」
ぶつぶつ言いながらふらふらと覚束ない足取りで帰るその姿に哀愁を覚えんでもない。翠は色事にうといから父親が誰かはっきりしてから次へ……なんてこと出来そうにないから、こういうのは一応断っているが。
逆に言えば、出来るなら紹介してるかもな。子供は多いほうがいいし。
ストレイは貴族社会でいう婚期を大幅に逃した男として一部の人間には笑い者だ。それが翠のためとなるとな。
同情もあるし、結婚した今でも翠――召喚少女への態度を変えない男としても、俺はストレイを他の人間より信頼していた。
人妻に言い寄ろうとする男に信頼? 不思議だと思ったか。それだけ他が酷すぎたんだ。自分に利益がないと確定した瞬間、「そもそも召喚の儀式は我が世界に必要あるのか? 国庫を食い荒らす召喚少女など」 とかドヤ顔で言い出したやつもいる。魔術師に頼んで大気中の魔力の量を調整してもらい、そいつの地方は沈めてやったがな。召喚が世界の死活問題だという事実も、平和が続いて薄れがちだったからな。ちょうどよかった。
制度に疑問ももたず、全身全霊で召喚少女を崇める。ストレイは可愛がるべき優等生だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルセ様、訃報です……」
だったのに、どうしてこうなったんだろうな。
「翠様とその夫が、領内を巡察中に、ストレイをはじめとする集団に囲まれ……」
夫の領内に設けられた高台に登る。何でもこの地方は海に面しており、さらに地形の複雑さから、定期的に津波に襲われるらしい。この高台は危険を知らせる見張りやぐらみたいなものだとか。これは、世界に魔力が足りないために起こっていることでもある。まだ私程度じゃ足りないんだ……。
夫の腕で安らかに眠る長男を見て思う。私も出来る限り頑張るからね。
「! 翠、下を見ろ!」
「どうしたのあなた……。!!!」
いつの間にか武装した集団が高台を取り囲んでいた。何で? 夫が声を張り上げて要求を聞く。返ってきたのは、私だけが驚いた言葉。
「かつての花嫁のように、私もまた貴女の寵を受けたいだけですよ。かつてはあんなにも博愛精神溢れる方が花嫁だったのに、今回はその恩寵を一人だけに捧げるなんて。随分薄情で、えこ贔屓な方だ」
先代は相当もてる人だったようだ。そして期待には応えようとする人だったのだろう。何人もの恋人がいた。そして、同じ立場である私にもそうする義務があると、あの人達は言う。
「翠、話を聞く必要は無い」
夫はそう言う。でもストレイと名乗る人は、要求を受けなければ高台に火をかけると言う。ここは、天災を最小限に抑えるための大切な場所だ。そんなことはさせられない。それに子供も夫も死なせたくない。じゃあ、言う事を聞いて、あの人と寝る? ――――もっと嫌。
「あなた、お世話になりました」
「翠?」
私の心は決まっていた。
「ここに火をつけられる訳にはいきません。でもあの人の元へ行くなんてこともしたくありません。私が元凶で起きた事態ならば、私が死んで解決すべきでしょう」
夫は半狂乱になって止めるけれど、でも私が今しなくちゃいけないのはこれしかないと思う。
「……まだ世界に魔力は満ちていないのでしょう? 世界はまだ召喚を必要としている。少女が呼ばれる度にこんな事が起きるようでは仕方ない。私は自分の死でもって、召喚された少女にも意思が、愛する人がいるのだと示さなければならない」
愛する人以外と契るくらいなら死んだほうがいい。そんな人間もいるんだと。後に続く少女達のためにも、今しなくてはならない。
「あなた、ありがとう。私には幸せすぎるほどでした……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全てが終わった後、魔術師の館でこっぴどく俺は叱られた。
「確かに非人道的なやり方でここに来させているし、目的達成に利用している。だが、せめてそれ以外は普通以上の人生をと私は思っていたのだがな。お前にとって少女達は何だ? ルセ」
「オキャクサマはお金(魔力)を落とすカミサマでーす的な」
言った瞬間、全身が激痛に見舞われる。久々の衝撃は強烈だった。
「……! ちくしょう! てめえだって俺を利用していやがるくせに!」
「ああそうだ。お前も私からすれば駒だ。このままショック死させてやろうか?」
思わず目に涙が浮かび、これまでのことが走馬灯のように蘇る。俺の人(?)生って一体。死を覚悟して意識が朦朧とした頃、ふと、翠も理不尽だと思ったのだろうか……と考える。いきなり、ぴたっと痛みが止まった。
「少しは翠の気持ちが分かったか」
「……」
「報告書の翠の最後の言葉から、今回はカウントしてやる。だが、何の罰も受けずにという訳にはいかない。聞きようによっては、ストレイを焚きつけたともとれるお前の言動が一番の問題だった」
「……」
魔術師は俺を責めている。けど、俺にだって……俺の考えというものがある。
召喚少女の気持ちなんか考え出したら、かつて生贄として地核に捧げてきた少女達なんかは……。
まだ体に残る痛みのために、俺は泣いた。そうだ、痛みのためだ。