逆ハーに生き、逆ハーに死す
「ようこそ、花嫁様」
先代が途中で死んだので、間を置かずに次の少女を召喚した。疲労はあるが、小規模な災害が各地で起こっている。唯一無事なのが、樹を植えたかつての生贄を落とす土地のみというのが、洒落になっていない。すぐにも呼び出す必要があった。あまりこうるさい事を言わずにすぐ納得してくれる人間であればいいのだが。
今回召喚された少女は、健康的でそこそこ身奇麗だった。その事に安堵を覚える。そんな私を彼女はじっと見て、それから言った。
「乙女ゲーでいうところの隠しキャラですが? 真ヒーロー的な何かですか?」
「は?」
「私の乙女ゲーム脳が言っています、貴方からは地雷臭がすると! 攻略できるにしてもパスします。大体何か大層な運命背負ってそうな人って実際見てみると、つまんなくね!? って言いたくなるの多すぎなんですよ。面倒くさい。あと年上すぎるのはちょっとねー」
「あの」
「ん? もしかして乙女ゲームに転生とかじゃない? リアル? 異世界トリップ系な? もう早く言ってくださいよ! 私、絶っ対! 期待に応えます!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「前回が前回だったから心配していたが、今回は元気そうな少女で何よりだ。ん? どうした魔術師」
少女を部屋に案内したあと、妖精ルセと魔術師は二人きりになった。いつもは今後について軽く話すのだが、魔術師の疲れ具合が尋常でないようにルセの目には見えた。やはり短いスパンでの召喚は堪えたのだろうか……。
「おい、無事か? なんなら、しばらくは教育の名目で婿探しは先伸ばすから、一刻も早く休んだほうが」
「いや、大丈夫だ。……あいつが恵まれないのは頭か……。だがかなり打たれ強そうな女でよかった。ああ、私は休む。あとはお前の采配に任せるからよろしくな」
そういって魔術師は自分の館へ帰っていった。……頭が何だって?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「歴史と礼儀作法は一通りやったが問題ないな」
「ありがとうルセくん!」
召喚された少女――――柏木希美は努力家だった。翌日から精力的にこの土地のあらゆる情報を自分から集めて覚えていた。何事にもはいはい言って逆らわないし、元の世界と違う文化に触れても「早く覚えます」 とメモを取る。同じ失敗は二度しない。ここの風土に染まる気満々のようで、管理する側から見れば百点を与えたいタイプである。ただ。
「後は花婿の件ですね! どんな人達なんです? たくさーん紹介してくださいね!」
「言っておくが、最終的に婿にするのは一人で頼むぞ?」
希美にはどうしようもない欠点が一つあった。
「それだけはお断りします。私、元の世界では平凡すぎて語るようなこともなかった人間だけど、でももし、こんな私でも逆ハーのチャンスがあったら……絶対モノにしようと思ってたんだから! 女に生まれたからには逆ハーしたいんだから!」
これだ、二言目には逆ハー逆ハー。十代にしてよほどモテない人生だったのかと憐れみつつ、世話役兼管理者として言わなければならないことがある。
「多分お前の世界とはこの辺が特に違うんだろうな……。この世界はな、近親婚は一代でもアウトなのだ。もともと天災で人が減りつつあったところに、人体を構成する物質の一つである魔力が枯渇寸前。反動がもろに出る結果となった。ああ、今朝ごろ城下町で猫の死体が捨てられていたな。見てみるか? 何がいけないのか一目で分かるぞ」
元神でもどうしようもない事実だ。召喚が受け入れられているのは、こういう背景もあってのことであるし、二代目と子供の父親の件で揉めたのは、こういう事情もあってのことだったのだが、当時は異世界も同じようなものだと考えて伝え損ねた。
「ああそういう事情……。ふーん……」
希美はしばらく机に肘をつき考えていたようだが、すぐに逆ハーと言っている時のハイテンションに戻った。
「でも現時点では選択肢が一つってことは無いんでしょう?」
「そりゃあ、まあ。結局は花嫁が気に入るかどうかだからな。候補は大勢いるが、直接会うか? それとも向こうからは分からないように会いたいか?」
「直接会います! それとルセくん」
「ん?」
「相手のデータ……全部教えてね?」
のちに希美の逆ハーに関する執念を甘く見ていたことを俺は……いややっぱ後悔していない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「素晴らしい。三代目の方に劣らぬ知的な人だ。異世界から来ているというのに、もう現地人に勝るとも劣らぬ歴史の博識ぶり。ぜひとも彼女と結婚して、昼も夜も学術づけになりたいものだ」
そう言うのは、地方出身で研究員をやっている変人といわれる男だ。『婚姻には興味ないが、異世界人がどういう存在なのか、ものの見方、異郷の風俗などには興味あるな』 と話していたので、それをそのまま希美に伝えたのだが……あいつ、何をやったんだ?
「彼女はもう相手を決めているのですか? ルセ様」
「いやまだだ。最終発表は花嫁自身が決めるものだし」
「そうですか。ではルセ様、希美様に私と結婚したら必ず貴方のご希望通りになりますとお伝え下さい」
「あ、ああ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「素晴らしい。世間の女のようにキャーキャー言わないもの静かさ、それに料理や裁縫が上手くて家庭的なところ。でしゃばらない性格もいいな。おい、ルセ、希美の相手はもう決まったのか?」
そんなことを言っているのは、次期王にもっとも近いと言われる王子だ。容姿端麗、文武両道。女に困った事はないというが、本人はモテモテゆえに女の審美眼が厳しいとの評判だったが……。
「……まだだ」
「そうか。あいつは内気だから俺から言ってやるべきなんだろうな。おいルセ、ちゃんと希美に俺に決めろと言っておけよ」
「……一応、伝えてはおくが」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「選ばれた存在でありながら、なんと無垢で可愛らしい方なのでしょう。花や動物が好きな人に悪い人はいないって本当です……」
地方領主のお坊っちゃんだ。甘やかされて育ったせいでややロマンチストと聞いている。
「無垢……そうか無垢……」
「はい。実はわたくしは押し花という、何とも女々しい趣味を持っているのですが、それを希美様は『素敵です』 と仰ってくれて……。その日は、丸一日、共に植物の採集を。服が泥だらけになりながらも一生懸命探している姿も眩しいのに、それはわたくしに合う花を探すためだったと聞いた時は……。『これ、貴方の目の色と同じでしょ?』 と。ああ、あの日以来、夢の中まであの方のことばかり……」
「そうか……」
ルセの顔に疲労が浮かぶ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「見かけによらず好戦的だよな!」
そう希美を評するのは、最近結成された治安部隊に所属する傭兵だ。どんな趣味の少女が来てもいいように、色んな種類の男を揃えているからこういうのもいる。
「俺の趣味が狩りだろ? そう言ったら着いて行くとか言い出してさ、見るからにほっそい腕で無理かなーって思ってたけどさ、『血が滾る!』 『闘争本能が疼きます!』 ってノリノリで大物しとめやがった。言っちゃあなんだけど、最近の女って貴族文化に憧れて、こういうの野蛮とか思ってるの多いじゃん? それをまさか花嫁様が覆すとはな!」
「そうか……」
「ん? もしかして危険な行動させたの怒ってる?」
「いや……」
「とにかく、希美に言っといてくれよ、次は東の猪狩りだって」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「希美様は汚れを知らぬ方で……」
「あああああああああちくしょおおおおおおおおやってらんねええええええええええええ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いい加減にしろよ! どこの娼婦だお前!!」
「失礼ね、今の私にその台詞、全乙女ゲーマーを敵にまわしたわよ!」
今になって魔術師がなぜあんなに疲れていたのか理解できた。こいつろくでもねえ。
「男どもを弄んで楽しいか!? なあ楽しいのか!?」
「弄んでなんかないってば。私は真剣よ、真剣に逆ハー目指してるのよ」
「まだ言ってんのか!」
「当たり前でしょ! 私は逆ハー達成するまで生きる!!」
正直ここまで来ると執念を感じる。しかしそれだと避けられない問題が……。
「お前の世界のDNA鑑定とやらは凄いらしいな。けれど、ここはそこまで科学が発展していないし、発展したとしても少ない人数で増やしたこの世界でどれだけ当てになるか……。結婚相手は一人にしてくれ。両親が誰かというのは、この世界では命綱なんだ」
いとこ婚ですら遺伝的疾患がしっかり発動するこの世界。希美は我が子は五体満足で生まれて欲しいという考えに喧嘩を売ってるとしか思えん。
「それに、そのうちボロが出るだろ。お前人によってキャラ違いすぎるもんな」
逆ハーレムがしたいらしいが、こんなことが続くとも思えん。今のうちに矯正しないと、希美が悪女として総スカンされかねん。それくらいやってることが酷すぎる。俺と魔術師としては、堅実に子を産んでほしい。由乃やら実花やら愛奈やらの子孫はきちんと結婚相手を『管理』 されている。誰の子か分からん子をぽんぽん産まれたら面倒なんだよ。
「そんなに、みんなに好かれたい、みんなが好きっておかしいの?」
希美はそう呟いたが、俺は「ああ、おかしいね」 と返しておいた。納得していない様子の希美を見て思う。一人と添い遂げた歴代の貞操観念、当たり前だけど素晴らしかった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とはいえ、稀代の尻軽女相手には、手を打つのが遅かった。ある日、希美がぼろぼろの状態で帰ってきたのだ。乱暴されたのは誰の目にも明らかだった。
「大丈夫、大丈夫よ。相手の顔は見たから。私、結婚の約束してきた。それが一番ヤンデレを悪化させない方法だもの、乙女ゲームでは大体そう」
「もういい、喋るな……」
錯乱してるんだ。そうに違いない。これで正気だったら逆に怖すぎる。子供が出来ていた場合を考えると、確かにそいつと結婚させるのは理にかなっているのだが。実花の時は……。
「それでいいのか、希美は」
「良い訳ないじゃない……これで逆ハールートは消滅したんだもの……。あんなに頑張ったのに……」
「……無理に結婚せんでもいいからな?」
「だからって喪女になるくらいなら死ぬから。結婚するから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結婚式を終え、無事希美は出産。直後に旦那が遠方へ用事があり家を離れた。希美の様子が心配で家を訪ねた俺の見たものは……。
「ごめんねルセ。だって逆ハールート折れてないっぽいんだもん!」
「………………不倫の言い訳になると思ってるのかあああああああ!!!!!???」
寝室で戯れる男女。俺は希美の淫蕩ぶりをいっそ尊敬したくなった。旦那にたいして恥ずかしく……ないな。旦那も旦那だし。しかし妻となったからには拒めよ。それとも俺が固い考えなのか??? 俺が自分を呪うか世界を呪うか考えあぐねている間も、希美は不倫継続していた。……どうしてこうなった。
重要な用事のため、旦那は希美が身ごもるまで帰ってはこれなかった。俺は事実を旦那に言うべきか? いや、だがしかし、怒りの矛先が希美にいくのは……先代が失敗してるし……。
「ルセったら心配性ね。もっと気楽に考えなよ」
「どの面下げてその台詞を……。つーか、今回はたまたま父親が誰かはっきりしてるからいいようなものを……」
「え? わざとだもん」
「は?」
「私の世界の先人は言ったわ。船が満員になるまでは、絶対次の乗客を乗せないって。逆ハーは続けるけど、ちゃんとこっちの世界のルールも守るよ」
ああなるほど。身ごもったのが判明してから次の男と……ってからくりは分かったが、これはこれで有効な方法だとは思うが、人間としてどうなのだ希美よ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……で?」
時を経て、魔術師の館ではルセの報告が行われていた。
「希美は合計十人産んだよ。でも十年も経ってないんだよな。常に誰か腹にいる状態でさ……それでも『私今なら元の世界でも少子化対策に貢献したって褒められそう!』 とか超前向きだったわ……」
「単純にすげえな」
「最後は愛人の一人に刺されて死亡したがな」
からかうような口調だった魔術師もさすがに顔を強張らせる。
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「……ぷはーっ、産んだ、産んだった。最初は針の穴からスイカ産むくらいの難行だったけど、十人目ともなるとスポンと産まれるわ。あ、ルセ、いつものように子供を乳母によろしくねー!」
病室で出産を終えた希美はあっけらかんとそう言った。母であることよりも女であることを選んだ希美らしいとルセは思った。そして立ち会った医師に赤ん坊の処置を頼み、次の『相手』 のところへ向かう。……余談だが、子供の十人全員が種違いというおぞましい事実は、希美というか、召喚少女を聖女化することでなあなあとした。
最初こそあったこれでいいのだろうか、いやでも世界が魔力を持った子孫を望んでいるのだし……との戸惑いはとっくに麻痺した。希美の不屈の精神の前には無意味だ。男達も男達で最初は共有に引いていたが、そこはこの世界のトップの人間に仕える光栄な役目という建前で納得させた。
ただ、十人目だけが別だった。
「このまま私の側にいてください、希美様!」
病院を出たところで十人目の父親がすがり付いてきた。よくこんな女にそこまで入れ込めるなあ。まあ、そうさせるように仕向けている俺が言う事じゃないんだろうが。希美はこれが花嫁の役目だなんだ言って説得しているが、それでも男が納得できないと言うなら、大人しく解雇だな。希美は離れようとする男には無関心だ。罰を与えるということもないし……とのんびり考えを巡らせていたら、男が急に喚いて刃物を取り出したのが見えた。
「……分かってくださらないなら、これで相手を殺すまで」
警備を呼ぶか? いやまずい希美が近くにいる。興奮させないようにしなくては。くそ、これも次からは改善点だ。とにかく男には俺から言って聞かせて……なんて俺の考えをやつは木っ端微塵にしてくれた。
「そんなのダメよ! 私のために争わないで!」
お前が言うなてめーが原因だてめーが! しかも何ドヤ顔で言ってんだ! その「言ってやった……!」 って言わんばかりの顔は何だ!?
「そう、ですか。分かりました」
男は静かな声でそう言った。あの説得とも思えない説得がまさか利いたのか? と一瞬思った。
次の瞬間には、希美は刺されていた。
「希美!!! お前何を!!」
男には言いたいことはあるが、今は希美の救出が優先だ。ナイフを抜いて棒立ちする男を横目に大声で人を呼び、希美の意識を確認する。
「希美、無事か! 今医者が来るからそれまでの辛抱だ」
「る、ルセく……」
苦しそうな息遣いの下で、必死に口を動かそうとする希美。もしかして伝えたいことがあるのか? 故郷か、家族か、子供か……。耳を近付けた俺に希美は言った。
「我が人生に……一片の悔いなし……。取り合いの末とか名誉……」
その時の俺は大変見苦しい顔をしていたらしい。
「やっと……そんな顔してくれたね。ルセくんの顔芸……きっと私くらい……現時点で地雷っぽいから攻略はしなかったけど、イベントアルバムくらいは回収したいもの……」
すげえ、何か分からんがこいつすげえ。召喚少女にもこんな全力でアホなやつがいるんだな。
「私は私の思うまま生きた……! ありが、と……」
感動に似た感情に戸惑っている間に、希美は絶命した。希美が喋ろうとしなければ医者が間に合った可能性はあったが、希美にはあれでよかったように思う……。ただ。
「何か言う事は?」
後ろで血の滴り落ちるナイフを持ったまま立ち尽くしているこの男は別だ。世界の重要人物を殺したのは重罪に値する。
「私はただ、希美様にこれ以上無茶をしてほしくなかった。家畜のように産まされ続けて、次こそは死んでしまうのではと何度眠れぬ夜を過ごし、私の順番になっても、子供が産まれれば消える関係なんて惨すぎると何度胸を掻き毟ったか」
「ハァ……仕方ないだろ、それが役目なんだから。召喚少女は特別な存在なんだ。いちいち嫉妬なんかするな」
元神のルセの言葉に、男は薄く笑った。そして呪詛めいた言葉を吐いた。
「……ルセ様も、いつか報われぬ恋をなさればいい……」
その男は警備の者に連れられてその場を去った。
それが希美の最後と、殺害犯の終わりだった。
後に希美の遺体を見た医師はこう呟いた。
「本当に、お亡くなりになられたのでしょうか。まるでその、生きてるみたいですね」
すげえいい笑顔だろ。死んでるんだぜ、これで……。
とにかく大人の事情で棺の蓋は閉めたままで葬儀は行われた。希美の死に顔を見たのは、第一子の長女だけだった。夫? 死因が愛人の一人による他殺だし。女子供の長女が代表して別れを告げることになった。しかし希美の子と思えんほど冷め切った娘の言葉がそこに出た。
「……満足そうね。それならこっちも言う事ないわ。長生きしないだろうなとは思ってた。死因はちじょうのもつれなんだろうなとも」
他人事にもほどがあるが、実際生まれて一度も会ってないから他人同然なんだよなあ……。しかし子供にも一応権利として希美の話は伝えてある。まあ、いっそ伝えなくていいと思うような内容だが。ダメな親を持つと苦労する例ってやつか。長女は形式通りの挨拶をして希美に別れを告げた。その後、長女は俺に近づいてきてこう言った。
「ルセさんは気に病まないでね。満足してるみたいだから。でも気をつけたほうがいいかも」
九歳児に慰められるとは何気に初めての経験だ。親に似ないでよかったな。だが気をつけろとは?
「夫の気持ちも子供の評判も気にしないで自分一人が満足するために生きた母だもの。このすぐ後の召喚少女、苦労すると思うの」
はぁ……。だけど、俺がついてるしなあ。会うことも俺が許可しないと無理だから、そこは心配いらないと思うが。たかが九歳児に注意されるようなことなんてない。
希美にまつわる話はそれくらいだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
事の次第を聞き終えた魔術師は、希美をカウントしてよしと判断。そして次の召喚の準備に入るため、ルセを王宮にいったん帰らせた。誰もいない館で、魔術師はぽつりと呟く。
「彼女とは、随分違うな。幸福も過ぎれば見苦しい……。同じ出身でも違うのだな」