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あいつ、アンタが好きらしいよ→自分も気になっていく法則

 はぁ、と重い溜息をついた。手塚愛奈(てづかあいな)はもうすぐ高校を卒業する。その後の進路について、このところ毎日考え込んでいる。学校の帰り道、ふらふらと歩きながら、時々石蹴りしてもやもやを吹き飛ばそうとするも、そんなんで晴れるはずもない。


 生まれてすぐ親に捨てられて孤児院行き。小中は国の援助で。高校からは奨学金で。大学は……。


「大学……行ってみたいけど、これ以上院長先生に負担かけるのも心苦しいし。あの人ももう結構なお年だしな。風邪も長引いてるし。きっと働いたほうがいいんだろうけど。でも私って何が向いてるの?」


 そこそこ勉強は出来た。運動もできた。下手に何でもできるから一つの道を選べないままずるずると11月まで来た。早い人は推薦でとっくに進路を決めているのに。先生からは「大学ならここは?」 「就職ならここはどうだ?」 「何でもいいから早く決めたほうがいいぞ。酷なようだが、所詮こういうのは早い者勝ちだし、終わりまで迷ってると問題有りかと思われるからな」 とせっつかされる。


『私、どうしてもこの道に進みたいの!』


 好きな事があって、親もいてお金もあって。そんな級友を嫉妬交じりで見つめた今日の午前中。未来の見えない今を思って、また溜息をついた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ようこそ、花嫁様」


 とりあえず、こういうのって、取り得のない主人公が低レベルな世界でチートするのが一般的だよね。私は問題があっても現実から逃げたいわけじゃなかったんだけど。


「ねえ本当に私?」

「異世界の女性の方々は本当に謙虚ですね。そうでなくばここに来られませんよ」

「ああ、そうですか」

「では世話役を紹介しましょう。これは妖精のルセといいまして……」


 魔法に妖精。本当にファンタジーの世界だ……。元の世界の未練は、院長先生に育ててもらった恩を返せなかったことくらいか。


 でも。元の世界でも中途半端だった私が、異世界に来たから無双するなんてあるんだろうか。なさそう。と、初日までは思っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「識字率が10%以下? 何それ?」


 翌日からルセについてもらって、この世界の勉強を始めた。文字が読めるのは魔法もののお約束、主人公の特権として。その他の人達については……。


「この世界は魔力で成り立っていたのだ。けど使いすぎて枯渇。大地が怒りの天災をもたらす中、偉大な魔術師が突如現れた。彼が異世界から魔力の源のような少女を召喚することによって、何とか平穏を保っているのだ。召喚は愛奈、お前で三人目。つまり三代前は目も当てられない世界だったのだ。これでもマシになったほうなのだが」

「大変だったのね。でも、私で三代目なのにこの惨状なの?」

「……いや、そう言われても。まずは召喚第一だったのだし……」

「私にかけるお金を減らせば、もっと一般の人の暮らしもよくなるんじゃないの?」

「あはは……。運よくこれまで召喚少女達はここに留まってくれたが、生活が不満で帰りたいとか言われてはこちらも困るし……。お前達にかけるお金は必要な経費だから、お前が気に病む必要はないのだ」


 そのルセの言葉に、立ち上がって愛奈は不満をぶちまけた。


「ぜんっぜんダメ! 間違ってる! 大体ね、着る物は綺麗だけどすぐ破けるわ穴あくわ、住んでるとこも三ヶ月置きに補修工事で移動って何なの! 食べるものだってレパートリー少なすぎよ! 根本から改善して! これに文句を言わなかったらしい歴代のほうが信じられない! トイレだってまだおまるって……おまるって!」


 そう言って泣き崩れた愛奈。それを見てプライド高い女だな……と心の中でルセは愚痴った。それにしても、初代二代は考え方は大分違ったが、こちらの提供に文句を言わない出来た女だった、と今さらながら思った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「農地改革、下水道整備、道路拡張、学校設立……何だこれは?」

「お前が召喚した女の意見書だよ」


 魔術師の館でルセはうんざりした様子で喋り倒す。


「あの女うぜー。『これが間違ってる!』 『それじゃますます疫病が流行る!』 『発展させたいなら識字率だけでもあげなきゃ!』 って政治の場に権限行使してしゃしゃり出てきやがる。案を通すのも権力でとは本当図太い女だよ。……それが地味に成果出てるしよぉ」

「ほー。内政が多少出来るのか。良いことじゃないのか?」

「良くねーよ。召喚目的は結婚だろ? バリバリ仕事出来る隙のない女すぎて、あいつ王宮内で敬遠されて孤立しまくってんぞ」

「……警備はしてるか?」

「それはもちろん」

「難しいな。女っ気のない女とは」

「なあ、もし独身であいつが死んだら……」

「カウントはしない」

「……あああああ何なんだよ女は黙って恋愛してろ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 本日も書類との格闘だ。しかしたかが紙と侮ってはならない。この紙一枚で運命が変わる人もいるのかもしれないのだから。愛奈専用の執務室で何百にものぼる書類に目を通して手作りの判子を押す。そういやこれも最近偽物が出回ってるとか……そっちの刑罰も決めなくちゃなあ。


「愛奈ー、イースト地方の資料追加なのだー」


 目の前の束が片付いたと思ったらルセが新たな資料を持ってやってくる。大変っちゃ大変だし、ストレスも溜まるし、失敗したらそれなりに文句言われるし……。でも生きているって実感する。私、少しは院長先生に近付けたのかな? 十年前に進路でくよくよしていたけど、今思うと、私は院長先生みたいに人に尽くせる人になりたかったんだと思う。だから今の状況を後悔しない。


「はーい、そこに置いといて!」

「ここだな。ああ、そろそろ休憩の時間だぞ」

「そう。じゃあちょっとお茶飲もうかな」


 ルセの淹れてくれる、薬草を煎じたこのハーブティーはサウス地方の特産だ。私の代では無理だろうけど、いつか日本のお茶も再現できたらいいなあ……。


「肥料がいいからかこれも毎年味が良くなるな、愛奈」

「うふふ。頑張った甲斐があったってものだわ」

「最初の数年はあちこちから中傷もあったが、十年間だもんな。その間に数多くの実績を作った。もうお前を妬む者はいても、嫌う者はいないだろうな。ところで愛奈」

「……」

「そろそろけっ」

「ねえねえルセ、ノース地方のこの資料のここなんだけど」

「いやけっこ」

「結構? そうよね休憩中にする会話じゃないわよね」

「結婚しろいい加減!!! お前もう28だろ!!」

「黙ってよ! そんなの自分が一番分かってるのよ!! 親戚の鬱陶しいおじちゃんみたいに言うな!!」


 最近のルセと愛奈は顔を合わせれば結婚についてばかり話している。といっても、ルセが脈絡なく口を酸っぱくして言い続け、それに愛奈が嫌がるという一方通行なものだが。


「よし分かった。愛奈、お前は偉いんだ。召喚されてきた選ばれた存在だ。結婚に囚われる必要はない。水商売は男だけの話でもないし、別に種だけでも……」

「何考えてるの!? そんな汚らわしいやり方なんて嫌だからね!」

「真面目な話、女には時間制限あるんだよ」

「うぐ……」

「王宮の者やその縁者は御免なんだろう? だったら流れの者でも見繕うしかない」

「だからそういうの嫌だって……それに嫌ってるのは向こうじゃないの」


 十年。その間、愛奈にはまったく男縁がなかった。初代と二代目はそれはモテたらしいが。彼女らは負の遺産も残した。初代は地元嫌いで、二代目が地元好き。その違いが混乱を招いて、二代目は壮絶な死に方をしたらしい。まだ明るい時間に飛び降り自殺を敢行。それはもう世間で黒い噂になったとか。

 そのせいだろう、初めて王子とやらに会った時に言われた言葉。『今度はどっちだ? どっちにしても、また面倒なタイプか?』 第一印象が悪すぎた。しかも政治に私が口出ししたら、『母も初代もそんなことしなかったのに。本当に同じ世界の者なのか?』 政策実行中も『成功するもんか、失敗する』 とグチグチ。成果を出すと『こっちの立場も考えろ』


 うるせえ……。何もしないくせに文句だけは言うんだな。


 今ではあっちも私もお互いをいないものとして扱っている。今さら恋愛とかないわ。


「男は無意識に母を求めるっていうからなー。儚げな二代目に似てほしいんじゃないのか?」

「そんなの私じゃない。この話は終わりにしましょう。……第一の役目を放棄するのは心苦しいけれど、それ以外のことを身を粉にして頑張るから、それで勘弁してちょうだいね」


 最近出来た水が流れるトイレに行くためにドアを開ける。


「わっ!」


 ルセと言い争いをしていて気づかなかった。十代半ばくらい? の青年がそこにいた。


「……どなた? 私の部屋と知ってここにいらしたの?」


 王子は嫌味を言うだけでなく嫌がらせも地味にしてきた過去があるから、この人もそうなのかとちょっと牽制。


「あ、はいもちろん。愛奈様、ですよね」


 ルセをちらりと見ると『危険は感じない』 と目配せしてきた。じゃあ、何の用で来たのかしら。確かに怪しい感じはないようだけど?


「想像以上だ……! 高貴で上品で、なのに少女めいて可愛いなんて」

「は!?」


 28になるまで喪女してた身にはものすごい一撃だ。耳まで熱くなるのを感じて慌てて頭を振る。おおおお落ち着け、孔明の罠かもしれない!


「あ、ごめんなさい。僕という男は名乗りもしないで……。ぼ、いえ私はウェスト地方の村から来ましたエルルといいます」

「ウェスト……ああ、最近道路が出来たあの……」

「お陰でこの間、祖母の具合が急変した時に『病院』 へ素早く行けたんですよ。愛奈様、貴方が祖母を救ってくれた。僕、ずっとお礼を言いたくて」

「お役に立ててよかったわ。そう、そういう事なの……」


 こういう形で自分の努力が実ったのを聞くのは悪くない。実ったからには、恩恵を受けてこう思う人もいるだろう、うん。恩人というフィルターで実際よりもよく見えてるんだろうな……と思い当たってしまう。


「何だ、やっぱり男を連れ込んでいるんじゃないか」


 突然嫌な声が響いた。この声を聞くと反射的に拒絶反応が出る。私にとってそんな相手はこの世界でただ一人。


「王子……」


 部下を数人引き連れて、そいつは悠然と歩いてくる。


「『執務室は神聖な場所』 とか言っていたな。実際はこの有様か。お前の言う異世界の知恵とやらも話にならんな」

「依然変わりなく神聖な場所よ。だから出て行って頂戴。何の用でここに来たんだか分かったものじゃない。貴方はそれくらいのことをしてる」

「俺は追い出すのにその少年はいいのか? いつまでも独身など無理だろうとは思ったが、さすがに少年を手篭めにするとは思いつかなかった」


 ピーンとくる。さてはこいつの策略か! エルルは青くなっているし、ルセは王子派と召喚者派の対立を煽るまいと傍観決め込んでいる。頼れるのは自分だけだわ。


「お、王子様、僕は確かに貴方の許可を得てここまで……」


 エルルが意を決して王子に意見する。その結果は考えなくても分かる。


「知らんな。人違いか、お前の思い込みではないのか」

「そんな!」

「口裏合わせて俺を陥れようとしてもそうはいかん。こんな無様な事実が発覚した以上は……」


 このままでは確実にエルルが巻き込まれる。祖母が治ったばかりらしいし、余計な負担をかけるのは……。院長先生も、最後、風邪気味だった……。


「無様な事実とは何? 私は現地の情報を知りたくて土地の人と語らっていただけよ。執務室にまで呼んだのがいけないなら、それは私の落ち度だわ」

「愛奈様……」


 その庇うような言葉に感動した様子なエルルの姿を、ルセが考え込むように見ていた。


「情報収集のため? そんなはずは」

「ないと何故言い切れるの? 貴方この人を知らないと言ったわよね」


 一本とった愛奈の台詞に、ルセも重い腰を上げた。


「はいそこまでなのだ! 王子、愛奈、なんにしろ民の前で言い争いなどみっともないのだ。速やかに各自の仕事に戻るように」


 王子が合図をして部下ともども引き下がる。姿が完全に見えなくなると、エルルが突然跪いた。


「愛奈様! 申し訳ございません! 恩返ししようとして、かえって足を引っ張るなんて! この無礼、どうか僕の命で……!」

「ちょ、ちょっとやめなさい! そんなのダメよ!」


 その辺りのペンを掴んで喉を刺そうとするエルルを必死になってとめる愛奈。そんな混乱を見ながら、ルセはにい、と笑って言った。


「いや、エルルは愛奈に償うべきだ。一生をかけてな!」

「何言ってるのよルセまで! いいから止めるの手伝って!」

「一生? 命ではなく?」


 きょとんとするエルルに、ルセはしれっと言った。


「ああ一生だ。お前は愛奈と結婚して、彼女に一生奉仕するんだ!」


 意味を理解するまでに三秒かかった愛奈だった。何言ってるの、と怒りそうになったが、それよりもエルルの一言が早かった。


「それではご褒美でないですか!」

「え」

「え?」


 しばらく奇妙な沈黙が流れる。


「エルルくん、私おばさんよ?」

「僕、年上の女性のほうが好みです。もっと言うと、愛奈様が理想です」

「そ、そう……」


 どうしよう、どうしよう。好意なんて向けられるの初めてだから、どうしていいか分からない! お、大人としてとめるべきかしら? そんな私に悪魔が囁いた。


「このまま帰らせても王子がまた何かするかもしれないのだ。仮でもいいから何かしらの特権を与えないとまずいと思うのだー」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ということで、エルルに地方領主の地位と貴族の称号を与えて事無きを得てな。一男二女に恵まれて最後まで幸せそうだったぜ!」


 魔術師の館で嬉々として語るルセ。愛奈のお陰で、辺境にある魔術師の家でも良い茶葉が手に入るようになって機嫌がいい。


「お前も中々機転が利くようになったな」

「三代目ともなればな。それにしても王子は気の毒だったなー。まあ、ツンデレ通り越してツンツンだからそりゃ自分が悪いよなあ。『権力争いに巻き込まれた母のようにしたくなかった』 って一言言えば済む話だったっつのに」

「そんなことも言えんようじゃ元から相性は悪い」

「おおきっつい」


 と言いながら笑っている。実花の悲劇がまだ生々しい二人は、むしろホッとしているのかもしれない。それに特定の一族だけが婚姻するのも、チラホラ不満が出始めてたからどうしたものかと思っていたところだったのだ。突貫王家の地位はまだ磐石でない。


「そういやさ、エルルが一旦故郷に戻って、その後すぐに結婚って流れだったんだけど。途中で橋が壊れててさ。いまだ諦めきれない王子の妨害もあって、あわや結婚お流れかと思ったけど、花嫁も花婿も相手に会いたい一心で回り道して、出会った場所で結婚式しやがった! 今じゃそこ、若いカップルの名所になってるぜ」

「面白い話だな、どこだ?」

「どこだと思う? ……大昔、俺が生贄を地核に送った場所だよ。今じゃ埋め立てられてすっかり様変わりしたもんだ」


 ルセも魔術師も複雑な顔をした。


「時代は、変わるものだな。そうか。あそこが……」


 もしこの先、召喚が行えないなんてことになったら、またそこは復活するのだろう。子孫はいまだかつてのような魔力を持たない。ルセと魔術師の呪縛も終わっていない。あと、十三人――――。

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