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恋愛運が皆無

「ようこそ。異世界からの客人」


 ローブを纏っているから判断つきかねるけど、男の人? が私――高倉実花(たかくらみか)にそう言った。


 というか、ここどこ。私電車に乗っていた筈なんだけど。


「貴方様は選ばれたのです。尊い魂の持ち主として、王の花嫁として」


 壮大なドッキリを疑いつつ一週間くらい過ごす。……夢にしては長いし、五感もはっきりしてるし……。やがて私はこれが本物だと納得した。せざるを得なかった。


「実花! 気に入った男性は見つかったのだ?」

「ルセくん。ううん。まだ……」


 ドッキリを疑った結果、私は人との接触を避け続けていた。だって無様な事したら笑われるに違いない! って思ってたんだもん。それに私、恋愛とかそういうのより……。


「うちに帰りたい。私一人っ子だもん。今頃お父さんお母さんきっと心配してる。帰りたいよ……」


 ルセくんに頼み込んで、召喚で休息中の魔術師のもとへ行く。花婿が独身? 次の人呼べばいいと思う。あと、そういうしきたりならその覚悟もあってしかるべきっていう。


「帰ったら、貴方は間違いなく死にますよ。私の目には長方形の長い乗り物? が大破して乗客全員が死亡しているのが見えます。私はその直前で貴方を呼びましたのでね。戻すとしてもその直前。その後どうなろうかは知りません」


 魔術師から返ってきた言葉に絶句した。戻ったら死ぬって。死ぬって……そう言われて戻れるわけない。


 しばらく、異世界の夕日に黄昏つつ、死体が見つからないなら希望が持てるかもしれない、ここで生きてお父さんお母さんの血を伝えていくのが、私に出来るせめてもの事かも……と考えを切り替えるのに時間をかけていた。


「……魔術師様はこう、マイペースで我関せずなお方なのだ。今の実花の心には辛いかもしれないが……」

「大丈夫よルセくん。私、頑張るから。それで、結婚の話なんだけど、その」


 小さな妖精にまで気を遣わせてるなんて情けない。役目があって呼ばれたというのなら、それを果たそう。にしても、魔王退治と王子と結婚。異世界トリップものによくある話だけど、実際あったらどっちが精神的に楽なんだろう。そんなことを考える余裕くらいなら出てきた。


「実は第一候補の王子は、実花と同じ異世界人の息子なのだ! 案外気持ちを分かってくれるかもしれないな!」

「そうなの!? 私と同じ異世界人ってことは……」


 両親に会えなくて悲しんだこともあっただろうな。立場の近い人なら、少しでもこの胸の重い苦しみを分かち合えるかな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「母が元の世界を恋しがっていたのは見たことありません。というか、口にするのも嫌なようでした」


 人間、絶対分かり合えない人というのはいる。私はそれが先代王妃だと確信した。故郷が嫌って……。生まれ育ったところをよくそんな風に扱えるものだ。王子に悪いから口には出さないけど。


「この世界はお嫌ですか?」

「……いいえ、そんなことはありません。とても良くしてもらってますし」


 強制的に連れて来られたようなものなのに、好きも何も。でも食べ物から着る物、住むところまで女の子の憧れを体現したような生活――――お金どれだけかかってるの?―――― をさせてもらって文句もいいにくい。衣食住に不満はないけど、人が……。


「ここも良いところですよ。戻ったら死ぬような世界なんて忘れてしまえばいいと思うのですけどね」


 母から故郷=嫌なものを刷り込まれたこの王子様は、とにかく空気が読めない。いや、他は読めるんだけど、故郷関連の話になると、私の傷口に塩を塗りだすからはっきり言ってつらすぎる。

 わざと殺されるわけじゃないだから! 事故なんだから! 私は故郷が好きだ愛してる! それをボロクソ言って何様なのよ! 顔はかっこいいし、レディーファースト的な仕草も見事。でもこの一点がどうしても許せない!

 そんな隠し切れない不快感が滲み出たのが、いつも一緒にいる妖精ルセが話題を逸らしてくれた。


「あー良い天気なのだ。こんな日はきっと農耕にも精が出るだろうなー。そうだ、気晴らしに農家に行こうなのだ!」


 ここで語り合っているよりはるかに有意義と思われるので、私に異論はない。歩いて数分で耕している人に出会った。この世界がいかにいい場所か演説してる王子を置き逃げして、農家の人と思われる男性に話しかける。


「こんにちは! 畑、綺麗ですね!」

「え? ……!」


 その人は思ったより若かった。いや、私が勝手に農家の人=おじさんおばさんって思ってただけかも。偏見恥ずかしい。でも何を驚いているんだろう。私が異世界人だからかな。


「お前……そうか、今日からここの配属だったな」

「お、王子。……はいそうです」


 追いついた王子が農家の人を睨む。??? 何、どういうこと? 私が何か失敗したとか? 


「行け。この方が穢れる」


 一連のやりとりの意味が分からない。王子が権力であの人を立ち去らせたように見えるんだけど。けどここで意見してものを知らない女みたいに思われても……。仕方なく第三者のルセくんに聞く。


「さっきの男はシフェリ。父が亡くなった王妃を婚約者時代に誘惑したために、一族で落ちぶれてここで働いている」

「え? でもこども、関係ないよね」

「ああ、実花の世界はそうなのだな。でもここはこうだから……」


 そう言って言葉を濁すルセくん。うん。制度を変えるって、容易じゃないよね。それにしても、先代に逆らった人の息子、か。

 私、先代好きじゃないからかえって好感高いな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「逃げないんですか? こんな、虐待みたいな扱い受けて……」


 あれからちょくちょくシフェリさんのところへ来ている。最初は好奇心だったけど、今は違う。


「どんな扱いでも、ここが僕の故郷ですから」

「シフェリさん……」


 何て癒されるんだろう。そうなの、これが聞きたかったの。故郷の良さを、どれだけ心を寄せているかを語れる相手がほしかったの!


「そうだ実花様。知っていますか? かつて大地の怒りで荒れ果てた世界が、今少しずつ復興しています。ここも数年前までは不毛の地と呼ばれていましたが、今は御覧の通り」


 そういって彼は、畑の一面に並んだ小さな芽を指差した。


「微力でも、故郷を支えたい。それが僕の願いです」

「シフェリさん、超かっこいい! 王家の援助なんか、雀の涙で大変でしょうに」

「そんな、当たり前のことです。僕よりも、遠いところから来てここに強制的に尽くさなければならない実花様のほうが、とても、大変だろうと思います。故郷にすらいられないなんて」

「うん……。でもこんな風に分かってくれる人がいるだけで救われたから」

「そのような言い方……勘違いしてしまいそうです」

「むしろしてほしいな。だって私」


 シフェリさんが好きですから。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「魔術師的にはこの状況はどーよ」


 魔力を枯渇寸前まで使い切って動けないでいる魔術師に、ルセは実花の現状を伝えたあと愚痴るように問いかける。その質問に、魔術師は寝ながら答える。


「そうだな……。異世界人の息子、王子達は他の人間よりも魔力は高い。叶うなら王子と婚姻してほしいのだが」

「計算外?」

「いいや。こんなこともあるだろう。花嫁の意思が何より重要だ。自殺でもされたらかなわん。好きにすればいい。子さえ成すならな」

「そうか。でも……」

「何だ、どうしたルセ」

「王子が怖い、最近。ほら、現王のこともあって、自分が間違いなくくっつくと思ってるやつだったから……」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ルセの懸念は当たった。


 魔術師のとこから戻ると、実花が自分の部屋から出てこないという。仕方なく鍵を借りて入ると……。



「みないで……」



 真夜中なのに明かりもつけられていない荒れた部屋で、実花はすすり泣いていた。何が起こったのかは大体察しがついた。とりあえず王子叱りに行こう。


「王子……何やっちゃってるの?」

「文句を仰るなら、花嫁次第で没落する脆さを何とかしてほしいものですね」


 魔術師もルセも仮設王家に義理も遠慮もない。が、当人には確かに死活問題だろう。次回からはこの辺りなんとかするべきかと考えつつ、王子に文句を言うのをやめられない。


「だからって、なあ。確かにわざわざ因縁の相手を選ぼうとする実花には腹も立っただろうが。嫌いだからってそこまでしなくても」

「嫌いではないからしたのでしょう。馬鹿ですか?」


 魔術師は色々謎も多いし達観している。ルセも元神で今妖精な以上、人間の機微に疎いのは否めない。だからこの悲劇が起こったのか?


「大丈夫。傷物にした責任はとりますよ」


 いけしゃあしゃあと言ってのける王子にさすがのルセも死んだ目になる。何もかも投げ出したい衝動に駆られるが、呪いがそれを許さない。絶望的状況でもとりあえず、最もいいと思われる選択をする、それしかない。


「子供が出来てたら父親の問題もあるしな……そうしてくれ。実花のフォローしてくる」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 実花は、思いのほか落ち着いていた。


「結婚して、産めばいいのね?」

「あ、ああ」

「元々それが役目だものね。分かった」

「だ、大丈夫か?」

「何が?」


 上手く言えないが、怖いとルセは思った。この世界に来た当初はあんなに嘆いていたのに。それとも一線を越えると、人間の少女というのはこうなるものなのか?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 式は滞りなく行われ、実花は長男を出産した。逆算するとあの時の……。いや、そんな不吉なものみたいに考えるのはやめよう。実花だって普通に結婚して、許してくれたんだし。


「許すわけないでしょ」


 子供を産んだばかりの実花は、バルコニーの柵に両足をかけて立っていた。少しでもバランスを崩せば、背中から地面に落ちてしまう。


「お、おい実花、何をしている?」

「素が出てるよルセ。貴方達が何を考えてるのか知らないけど……王家にもルセにも魔術師にも、いつか天罰がくだるといいねえ」


 そう言って、ゆっくりと体の力を抜いて後ろに倒れこんだ。


「お父さんお母さん……ふしだらでごめんね。でも、何か二人を肯定するものを残したかったの……」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「何故目を離した」

「無茶言うな」


 魔術師の館で軽い口論となる。


「実花は全てにおいて後悔していたということか」

「だったら言ってくれてもいいと思わね?」

「暴行相手と結婚を勧める世話役がいたら言う気も無くすだろう。せめて私に一言あれば……」

「あーあー分かったよ俺が悪かった! 俺が王家なみに無神経なのが全部悪いんだよな!」

「……全て、とは言わない。私も召喚条件が甘かった。しかし、実花はカウント出来ない」

「だよな……」

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