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不憫萌え少女

 その光景にはポカンとするしかありませんでした。


 全然好きじゃない高校からの帰り道、急に目の前が暗くなったと思ったら、私は奇妙なところにいたのです。石造り? っぽい建物の中、煙やら光やらがありえない動きをしていて、一瞬遊園地にでも来たかなって思ったけど。煙の向こうにローブを纏った男の人? が立っていて、私にこう問いかけました。


「初めまして。お名前は?」

加山由乃(かやまゆの)


 確かに自分の口がそう言いました。でも私はそれを言う気はなかったのです。誘拐犯かもしれない人の前で実名を言うなんてそんな。


「失礼しました由乃様。普通に聞いても答えてはくれないだろうと思いまして。魔法を使った非礼をお許し下さい。……しかし、こちらも事情があってのことなのです」

「事情って」

「異世界から王家に嫁ぐべき花嫁を探していて……やっと貴方を見つけたのです」


 三秒くらい考えて意味を理解した時、私は耳まで真っ赤でした。花嫁って!


「わ、わたし平凡です! 王家って、王家って!」

「見た目は問題ではありません。魂の資質が重要なのです。貴方はここに来られた時点で条件を満たしております」

「そ、そんな小説みたいな……。大体何で異世界から花嫁なんて」

「そういう伝統としきたりなのです。私も聞かれるまで考えた事もありませんでした」

「は、はぁ……。でもその、もし私が帰りたいと言ったら……」

「どうしてもと仰るのならお帰しします。今代の王子は一生独身ということになりますが、仕方ありません。異世界に喧嘩を売るような事もしたくはないですからね」

「……」


 こちらの状況と要望は大体分かった。分かったけど、どうしよう。こんな、甘い小説みたいなことが実際に起きるなんて、それも私の身に。




 叶うのなら、このままこの世界にいたい。私は、元の世界の環境が嫌で嫌で仕方なかった。


『まあ、ゆうちゃんまた百点?』


 私には出来のいい一つ下の妹、優実(ゆうみ)がいた。私より美人で、素直で、勉強も運動も出来て、甘え上手で。普通の親はどうするのか知らないけど、私の親は自分の子供は妹しか居ないみたいに振る舞った。両親共に良い大学出身だから、ぱっとしない私が余計に苛立つらしい。だからおやつを出されるのはいつも妹だけ。お小遣いをあげるのは妹にだけ。ただいまを言っても返事するのは妹にだけ……。私にはいつだって必要最低限の物しかなかった。


 ゆうちゃん――もとは私のあだ名だったけど、今は誰も呼ばない。友達ですら、絵に描いたような美少女の優実を「二次元みたい、あんなコ本当ににいるんだねえ」 とちやほやした。いつのまにか友達も妹をゆうちゃんと呼び、私は由乃ちゃんになった。


 学校では芳しくない成績だと先生が「妹はもっと出来るんだぞ」 と人前で怒鳴った。男子は妹を紹介しない腹いせに「センセー! 加山は妹の前座だから仕方ないと思いまーす! 引き立て役が目立ったらまずいんですー」 と囃し立てた。女子は「ちょっとやめなよー」 と言いつつ笑っていた。


 消えてしまいたいな。そう思っていたら、ここに居たのだ。神様っているんだなって思ってもいいの?



「こちらが貴方様のお部屋となります」


 ふわふわした足取りで魔術師さんについていったら、まるでお姫様が住むみたいな部屋に案内された。一瞬興奮して、すぐ冷める。


「……汚したら悪いです」


 妹の部屋を思い出した。妹に物を借りて少しでも汚すとよく両親に怒られたものだ。妹もそれが分かっていちいち言いつけるのだから。全てに愛された妹……。ここにきて本当は妹が花嫁なんじゃないのか? という疑念が湧きあがる。だってよくあるじゃない。異世界来てもやっぱり現実世界でも活躍していた人が勇者だった神子だったっていうの。少しもとりえのない私が花嫁なんてやっぱり……。


「しかし、今からでは別の部屋を用意することもできません。花嫁様には質素な部屋になりますが……」

「質素なんてそんな。ただえっと」

「申し訳ございません。こちらの基準で勝手に見繕いましたので、お気に障るものでもございましたでしょうか」

「全然そんなんじゃないんです! 本当です! 豪華なのに気後れしてるだけです!」

「そのような……由乃様は選ばれた方。いくらでも好きに振る舞ってよろしいのですよ? 遠慮などさせようものなら、私が王に怒られてしまいます」

「は、はぁ。分かりました。迷惑かけてごめんなさい」


 選ばれた方って、優実みたいな? 私は……例え自分が本物でも、ああは振る舞いたくないな。思うところはあっても、魔術師さんをこれ以上困らせるのも気が引けて今日はここで休むことにする。部屋に入ろうとすると、魔術師さんが引きとめた。


「ああ、失念しておりました。……ルセ!」


 魔術師さんがそう言うと、突然目の前が光って、羽根の生えた小さい人……凄く可愛い妖精が現れた。


「紹介いたします。妖精のルセです。貴方を世話する役目の者。どうぞ遠慮なくこきつかってやってください」

「へ? えっと……が、頑張ります?」


 妖精なんて初めて見た上、この世界では部下とか世話係的な存在だということに頭がパンクしそう。こんな小さい子こきつかえと言われましても。


「話は聞いたのだ。由乃、喉は渇いていないか?」

「え? そういえば少し……」

「今何か持ってくるのだ。部屋に入って休んでいてくれ」

「はい……」


 ルセくんは元気にそう言って飛び去った。本人? も気にしてない様子だけど……うーん。でもやっぱ自分のことはなるだけ自分でしよう。偽者だってなった時が怖いもの。


「さて、私もこれで失礼します。では由乃様。また明日。よい夢を……」

「あ、はい。お世話様でした」


 異世界、魔術師、妖精、花嫁……。色んな情報が一気に入りすぎた。熱が出る前に休もう。全てが夢かもしれないし。





「いやあ恐れ入った。嘘八百並び立てて小娘を説き伏せるとは」


 そのころ廊下では、ルセと魔術師が並んで話し合っていた。


「人聞きが悪いなルセ。何も嘘は言ってないだろう」

「花嫁は実質産む機械。王家は最近出来たばっかの仮設置状態。作ったのお前だっけ。体裁を整えるためとか言ってな。いやあ夢の裏側は恐ろしいね」

「お前が黙っていれば済む話だ。……話したらどうなるか分かっているだろうな」


 魔術師がそう言って睨んだ瞬間、ルセの身体に激痛が走る。蘇った時にそういう魔法、いや呪いをかけられたのだ。聖人ぶってんじゃねえぞ。犠牲をへとも思ってないお前が俺以上なんてあるか。心の中で罵倒しながらもおべっかをつかって魔術師の機嫌をうかがう。


「しない、しないよ。俺だって世界にはまた蘇ってほしいんだから」

「そうだな。世界中が魔力で満たされていた時に戻るには……もしかしたら十五人以上かかるかもしれないが。お前には頑張ってもらうぞ」

「でもさ、俺にすることあんの? 召喚もお前、環境作りもお前。別に俺いらないような」

「召喚魔法の後は疲れる……少女が幸せになるのを見届けてくれ。私は家で休んでいる。正直言うと動くのも億劫でな」


 良いこと聞いた。それなら今逃げられるんじゃね? と思ったら、また激痛が走った。


「よからぬ事を考えても発動する……無駄な足掻きはやめるのだな」

「……」

「そうそう、少女達に万一の事があったり、不幸な状況だと私が判断したらカウントはしないからな。心しておけ」

「はい……」


 そう言って自宅へ帰る魔術師。ああむかつくぜ。大体何者なんだあいつは。気にはなるが、まあ俺も世界が滅んだりしたらさすがに困るからな。魔力のメドが立つまで少女達に甘い夢を見せるとするか。






「由乃、彼らが王と王妃。それと王子ですのだ!」


 キラキラと輝く宮殿。魔術師が魔法と庶民の協力を煽って建設されたもの。世界が滅ぶかどうかの時だったから、皆必死になって作った。それから王家は「異世界人と結婚してもいい」 という条件の家族を適当に祭り上げただけ。これをポーっとなって見てる由乃には笑いがとまらん。ああ心の中でだけどな!


「あ、あ、初めまして。私……」


 緊張するような相手じゃねーぞ。とはいえ、異世界人という得体の知れない存在と結婚してもいいという条件に納得する者は極少数だったから、それなり自己犠牲心が強いイイ人だから緊張も有りか? さて、ならば王子のほうの反応はっと。


「随分庶民すぎる花嫁だな。こんなのでやっていけるのか? 俺は後でゴタゴタになるのはゴメンなんだがな」


 …………ちょっと待てええええ!! そりゃあ多少は高圧的でもいいとは言ったが、その余りにも拒否的な反応はなんだ! 誰に向かって言ってんだ! 花嫁がどうにかなったら俺がツケ払うんだよ!


「す、すみません。ごめんなさい」

「何に向かって謝ってんだ? これで選ばれた存在とか笑えるな。案外もっとふさわしい奴がいるんじゃないのか?」


 由乃と俺より、脇の王と王妃が蒼白になった。異世界人を妻にもらうという条件で良い生活を保障されてるんだもんな。ほれ、とっととフォローしろ。


「ゴホン! ふむ。王子はどうやら緊張しているようだ。由乃様。愚息が申し訳ない」

「ほほほ。私も母として非礼をお詫びいたしますわ」

「いえ……ふさわしくないのは本当のことですから……」



 ……お見合いもかねた第一日目の顔合わせはこれで終わった。お互い印象最悪だったようだ。俺の胃が痛い。

 しかし王子は何を考えているんだ。王と王妃はまだまともなのが救い……ん? 王妃はむしろ何か嬉しそうだし、王は沈痛な面持ちで溜息をしている。

 ……?





 二日目は交友関係を強化するため、世界の現状を有る程度(嘘も含まれるが)知ってもらうため、図書館へ通うことになっているのだが……。


「勝手に行けばいいだろう。俺は他のことがしたい」


 王子がそう言って帰ったため、由乃が一人でぽつんと本を読んでいる。何だよこの現状。とにかく花嫁の機嫌を損ねる訳にはいかないので必死にご機嫌取りだ。


「えっと、由乃、申し訳ないのだ。王子はちょっと我侭かもしれなくて……」

「あれで? そうは見えなかったけど……それより、私が本当は偽物で、本物でないと王子さんが見抜いたからってことはない?」

「そんなことは万に一つもありえないのだ。魔術師が無事にここに呼べた者だけが花嫁なのだ」

「そう……」


 そう言って考え込んでしまった由乃。恵まれない少女が来ると魔術師はいったな。由乃は精神的に恵まれていなかったということか。ついでに居なくなっても騒がれにくい人間とも言っていたから、こうまで自分を卑下する由乃の育った環境は、まあお察しだな。でもまあそのお陰で王子に何も思ってないようで何よりだ。

 いやよくない。王子と婚姻して子供産んでもらわなきゃ困る。世界が困る。さてどうしたものか……。



「隣、いい?」


 策略を巡らせていたら、由乃の隣に誰かが座るのも気づかなかった。誰だ? あの少年は。ここに入ってこれるってことは……。


「あ、はいどうぞ」


 どうぞじゃねーよ由乃! 婚約者がいるようなもんなんだから遠慮しろ! ……とも言えない。当の王子があれだからな。


「へえ」


 堂々と隣に座ったその男は、ジロジロと由乃を観察するように見た。不快に思われたらどうすんだよ、どいつもこいつも……。


「身分から連想するような印象は全然無いね。どんなお高くとまった勘違い娘かと思ったら、素朴で可憐な女性だ。まるで野に咲く花のように」


 こ、こいつ、未来の王の花嫁を口説いてやがる! 誰だ!? 誰なんだよ!


「そんなこと、初めて言われました」


 少し照れたような由乃。お、おい……。


「お付きの者がいるとはいえ、広い図書館に二人だけは寂しいでしょう。どうです? これから僕と外に出ませんか?」

「そうですね……。文書で見るのも大切だけど、自分の目で見るのも大事ですから。あ、でもその前にお名前聞いてもいいですか?」

「これは失礼。僕はフェイン。先日は、兄が失礼しました。自分の花嫁に暴言を浴びせるなど……」


 兄って……そういえば、昨日の王と王妃の反応! こうしちゃいられん!


「行ってくるといいのだ、由乃」

「ルセもそう言うのなら」


 そう言って由乃を見送り、城に住む王に問いただしに飛ぶ。




「王、どういうことだ! 弟って、お前な、第二子がいたならちゃんと報告しろ! 世界の命運がかかってるって分かってるのか!」

「ルセ様、すまない、すまない……。だが、フェインは私の実子ではない」

「……はあああああああ!?」


 次々生まれる新情報に混乱しつつも、王から詳しい話を聞き出す。いわく。


「王妃……妻とは、魔術師様の条件を聞いた時、以前から惚れこんでいた彼女に即刻結婚を申し込んだのだ。『自分と婚姻すれば世界の王妃になれる』 と。そして婚姻して王子が産まれて、初めて妻はあの条件を知った」

「産まれたのが男子なら、異世界人と強制的に婚姻ってやつな」

「騙された……と妻は言った。海の者とも山の者とも知れぬ人間もどきと息子が婚姻などと絶望したと」


 舌打ちして頭をかきむしる。だあああちくしょう。魔術師ももっとしっかりしろよ! 時間がなかったとはいえ、突貫王家だからこんなザマだ! 一概に王妃を悪いとも言えん。しかし例のないことな上、他に申し出る人間もいなかったから王も責められん。


「そして妻は言った。もう私への愛は失せたと。当然、私の血を受けた息子へも……」

「お、おい。じゃあフェインは」

「浮気……になるか知らないが、よその男の子供だ」


 全容が由乃にばれたら終わりじゃねこれ。


「魔術師は言ったな。『異世界人を花嫁にするための王家だ』 と。逆に言えば、花嫁に迎えた者こそ王になれる。それで妻は……本当に愛した男の息子を王にしようとしている」

「ええとな、言いたいことは色々あるが、まずお前はそれでいいの? つーか王妃も異世界人が嫁なんて嫌だったんじゃないの?」

「悪辣な手段で結婚した私は何も言えない。言う資格が無い。妻も、今は私の思い通りになるのが一番嫌だと言っていた。私の息子が花嫁の夫になれば私の地位は安泰だが、フェインが夫になれば……だが私はもうそれでいいと思っている。妻は息子を授けてくれた。それだけでもう……」

「んなわけあるかあああああ!!!!」


 『王と異世界人が結婚する』 決まりは決まりだ。何かあったら魔術師に色々言われるの俺なんだよ! とるものとらず俺は魔術師の住む家に行く。こんな予期せぬ事態になったんだが、どうすればいい? と相談する俺にあっけらかんと奴は言った。


「別に。子供さえ生まれれば何でも。由乃がフェインと一緒になりたいならそうすればいい。というか、現状を見るとそのほうが良さそうだな。フェインのほうが人当たりもいいし……子供は沢山生まれてほしいから、想い合った結婚ならなおいい」


 そんなもんか。心配は杞憂だったのかよ。城に帰ると、フェインが由乃を部屋まで送っていた。


「明日はもう少し遠出をしましょう」

「はい、ありがとうございます」


 仲良くやっているようで。


「あ、ルセ。お帰りなさい。用事はすんだの?」

「……うん。滞りなく。なあ由乃、もしかして由乃はフェインが好みなのだ?」


 我ながら気持ちの悪いぶりっこ口調と声で由乃に聞く。


「まだ分からない。ほら、同情してくれたのかもしれないし。それにもし王子の花嫁になったら義理の弟になるでしょ? なら今のうちから仲良くするべきかなって。……本当になるかは別にして、ね」


 案外ガードの固い女だ。とりあえず由乃はいいとして、王妃は何を考えているんだ。フェインは王位狙いで由乃に言い寄ってるのか? 王子はまさかこれに勘付いたから初日にあんな態度を?




 夜中に王妃の寝室で問いただしたら、あっさり王妃は認めた。


「私は騙されました。だから見返してやるのよ。何がいけないの?」


 平民上がりの女はこれだから……王家になるんだから公共性とか考えろよ! 王はバカだが、それでも王妃が不倫はまずいだろうが! 悪口をぶつけそうになるのを抑えて、第一条件――――由乃がこの世界の男と婚姻するを乱さないかを確認する。


「それはもちろん。ねえ、フェインが結婚してもいいんでしょう?」

「由乃がいいと言うならな」

「絶対大丈夫よ。はっきり言って、フェインのがあらゆる出来がいいんだもの。誰だってフェインがいいって言うわ。それに……あのコ本気なのよ」


 息子に優劣つける様に引きつつ、次はフェインの確認。翌朝、フェインは遠乗りに由乃を連れ出した。その様子をじっと見つめる。


「馬に乗るのは初めて?」

「はい。足を引っ張っちゃうかも」

「君に引っ張られるならいくらでも……冗談は置いといて、行きましょう。大丈夫、僕がついてます」


 王妃の言っていたことは事実のようだった。フェインの由乃を見る目は熱っぽい。……こうくるとどうしたものか。フェインとくっついたほうが由乃のためか?

 馬で駆ける二人に飛んでついて行く。目指すは見晴らしのいい丘だ。問題なく着いた二人は、馬から降りて語り合う。


「色々すみませんフェインさん。こんなに良くして頂いてるのに、私はまだ期待に応えられてなくて……」

「期待って? あの兄と結婚するつもりなの?」

「はい。それが私の役目だと聞いたので」

「知ってる? 兄でなくてもいいんだよ。そう、僕でも……」


 音も立てずに由乃を抱き寄せるフェイン。言っとくが、俺いるんだぞ、不埒なマネを始めたら止めるからな? まだ結論は出ていないんだ。


「フェインさん?」

「正直、母から聞いた時は気が乗らなかった。王の花嫁となるべき者なんて、ちやほやされるために生まれてきたような人間なんてって。でも貴方を見て考えが変わった。こんな愛らしい少女と結婚できるなら…………兄も羨ましい人だ」


 フェインは抱きしめただけでそれ以上はしなかった。当然だが。どうしようかと由乃はちらちら俺を見るが、いや俺もお前の反応が知りたいから助けられん。戸惑う由乃に別なところから助けが来た。


「フェイン!」

「フェインさん!」


 フェインの友人達のようだ。ここはフェインと友人しか知らない場所らしいから不思議はないが……ん? フェインのやつ、既成事実から作るつもりか? 読みはあたったらしく、やつはニコニコ顔で友人達に由乃を紹介している。


「由乃様、フェインはいいやつなんですよ。生まれながらの王家で偉そうな王子と違って!」

「……はぁ」

「俺達、フェインが王位を継げばっていつも思ってるんです! 優秀なほうが継ぐべきでしょう?」

「……」

「物語でも第一子は偉そうで失敗ばかり。フェインは本当、御伽噺から抜け出たみたいです! 天から降りてきた由乃様とぴったりですね!」

「お前達やめろよ、由乃様は困ってる」


 わざとらしく言ってフェインは友人達を追い払う。その間、由乃はずっと考え込んでいた。


「由乃様、疲れましたか?」

「少し」

「気がつかないでご無礼を。帰りましょう」


 乗ってきた馬に再び乗り、城に戻る。フェインの考えは良く分かった。最後は王子だな。





「知ってる」


 にべもなく王子はそう返した。


「母が俺を嫌っているのなんか、物心つく前から分かっていた。種違いの弟をこっそりここに連れ込んでいるのも」


 王子の自室で話を聞いているが……ここ、王子の自室か本当に。殺風景だ。召喚の準備で王家に目が行き届いてなかったことが悔やまれる。


「母はフェインが跡継ぎになるのがいいんだろうな。俺もそれでいいと思う。あいつも初恋が叶って何よりだ」

「いや……最初にお前を夫だと紹介してる訳だしさ。民への示しとか……」

「恋愛結婚と言えばいくらでも何とかなるんじゃないか。恋愛に関することは大抵のことが許される」


 ドライすぎんだろ。これは相当早くから色々諦めてるやつの言い草だぜ。今さら説得も無理か……?


「うーんまあ、結局は由乃がいいって言う相手だからなあ。俺には何とも言えん。それにお前が由乃嫌いならそりゃ他あたるしかなくなるし……」

「別に、嫌いじゃない」


 ん?


「初めて会った時、想像以上に綺麗だと思った。だからこそ、こんな嫌われ者で未来が無い俺のもとへ嫁ぐのが可哀相だった。辛く当たったのは、半分は嫌われるためにわざとで、半分はこれを覚悟してくれという意味だった。棚ぼた王位で庶民上がりだからよそから色々言われる事もあるし、俺でさえ比べられて色々言われる世界だからな……」




 そうだったんだ。壁の向こうで由乃は思った。


 フェインさんはよくしてくれるけど、でも王子が気になる私はこっそり王子のもとへ向かった。花嫁様だから色々とフリーパスで簡単でした。

 そこでルセと王子が話しているのを聞いてしまった。それで思ったこと。


 王子、私に似てる……。


『父親が警察の偉い人で母親が教授で、妹が美少女でしょ?』

『勝ち組だよね』

『そりゃあ手を抜いても許されるよね』


 フェインさんには罪なんてない。でも、私は彼を好きになれそうにない。


『妹紹介してよ。嫌? なんで』

『頭固くてつまんない女。調子のんなブス』

『ゆうちゃん! あ、ごめん加山さんじゃないよ』


 それでも弟の幸せを願う王子のほうが私は……眩しい。そんな王子の心のうちを聞いて部屋に帰ろうと歩くと、迷子になった。お城広いよ……。その時、後ろから数人の人の声がした。黙ってここまで来たことに引け目を感じていた私は、咄嗟に隠れてしまう。


「……フェイン様のほうが優良ですな」

「今日も異世界人と遠出されたとか」

「それはそれは。では、明日はフェイン様のご機嫌伺いに参りましょうか」

「王子も悪くないんですが、パッとしないお方ですからねえ」

「なんの、王族になっておいてパッとしないなど罪ですよ」

「これはこれは上手いことを……」


 私の心を決めるには充分だった。


「由乃、ここに居たのだ?」


 うろうろしていたら、ルセがやってきて声をかけてくれた。


「ルセ。ごめんなさい。ぼーっと歩いていたら迷子になってしまって」

「いやいや。俺も主人から目を離すなんて召使失格なのだ。さて、部屋に戻ったら夕食にするか?」

「うん」


 ルセにもフェインと王子のことできっと迷惑をかけたに違いない。ここではっきりさせよう。


「ねえルセ、結婚式っていつ?」

「え? いや、由乃がいいと言う日ならいつでも……」

「そう。じゃあ明日決めちゃおう」


 由乃は突然どうした? フェインの押しの一手が功を奏したのか? 何にしろ、結婚して子供作ってくれるなら何でもいいがな。そう、相手が誰でもな。





「王子、私と結婚してください」


 由乃からのプロポーズに、フェイン側について色々やっていた奴らの阿鼻叫喚が辺りを包んだ。王はあっけにとられてるし、王妃は口の端をギリギリしているのを扇子で隠している。……フェインは見るのも可哀相なほど。王子は……。


「バカだろ」

「はい」

「俺と結婚して何が得られるんだ? 弟のがいいもの持ってる」

「私、好きな人と結婚したいだけです」

「バカだろ」

「はい」

「……その言葉に喜んでる俺が、一番のバカだろうがな……」

「まあ、じゃあお似合いですね」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「という訳で、番狂わせもあるかと思われたが、当初の予定通り王子の身分の者が、異世界人の少女と婚姻したぞ」

「ふむ……。少し意外だったな。わざわざスペック低い男のもとへ行くなど」


 魔術師の家にて、ルセは異世界の花嫁の顛末を語って聞かせていた。十五人。それだけの少女が幸せになれば自分はこの役目から解放される。スペックが低かろうが何だろうが由乃は幸せそうだった。


「一人目、だな?」

「そうだな。王子――今は王か。花嫁が埋葬された際は泣き叫ぶほど愛していたらしいし、よろしい、カウントしよう」

「……っし! あ、そういえば、子供達はどうなのだ? 魔力の量は」

「そこは見事に父親譲りだな。五人全員一緒だったし、誰が夫でも同じ事だろう」

「魔術師、子供達だけで大地の怒りを抑えられそうか?」

「無理だな。近いうちに呼ぶ」

「おう。……ん? そういえばお前、全然老けないな……っっう」


 悪意無く聞いたつもりだったが、魔術師の地雷だったのか、ルセの身体が激痛に苛まれる。


「余計なことは聞くものじゃない。さあ、次の少女だ」

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