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醜かったアヒルの子

 恒例の召喚直前、魔術師はふと思いついて横を飛ぶルセに話した。


「前回は少女の容姿で随分もめたな。そこで、今回から容姿が劣る少女には自動で補正されるように魔法をかけておこうと思うのだが」


 魔力回復中に怒った悲喜劇。魔術師には考えるところがあったらしい。しかしその意見にルセは嫌な顔をして見せた。


「礼子の件で王族から庶民まで耐性はついたし、俺もそれなりに教育をした。そんなごまかすような方法、今さらだと思うが……」


 魔術師は珍しく、乗り気でないルセに反発する。


「身分や容姿はきっと少女達自身ではどうにもなるまい。それがどうにかなるなら、私も何とかしてあげたい。利用するためだけにここに召喚()んでいるのではないのだから」

「……俺はお前の下僕だぞ? お前がそうしたいなら、勝手にやればいいだろ」


 いまだに、逆らうと心身に激痛が走る呪いは解けていない。陽菜の時にわずかばかり前の力を返してもらったが、それも雀の涙だ。結局俺がこいつに使われる身なのは変わりない。こいつがやる気をみせてるのに反対なんて馬鹿な真似はしない。大人しく持ち場へ移動する。


 ……魔術師のやつ、何であんなにムキになったんだろうな? そういえば男か女か分かりにくい容姿だし、同情する部分があったということか。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ようこそ、花嫁様」


 漫画や小説でよくある台詞を言われて、乾いた笑いが浮かぶ。私、そんな容姿じゃないから。


 だんご鼻にでこぼこ肌。つり目に、怒って見えるような口元。のっぺりした黒髪に出っ歯。痩せてがりがりな姿は遠目から見て幽霊か魔女のよう。両親は喧嘩の時によく私を引き合いに出した。


『大体、あれだってお前が浮気して出来た子供じゃないのか!』

『あんな子、あんたの種以外の何だって言うのよ!』


 父も母も美人の家系だった。だからこそ、私は異端だった。登下校中、私は格好の的だった。


『貰われっ子! いつまでも居候してないで、本当の親のところへ帰れよ!』


 帰れるなら、行きたい。私を認めてくれる何処かへ――。こんな顔でも認められれば、だけど。




「こんなに綺麗なのに、自分がブスなんて嫌味なのだ」


 世話役らしい妖精が鏡を持ってやってくる。……もしかして、この世界は美人の価値観が違うのではとか思う。自室の鏡だってろくに覗き込んだことないのに、と不平を心の中で垂れつつ、鏡をちらりと見る。


 そこには、どんなアイドルもモデルも及ばないような美少女の姿があった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


広谷(ひろたに)様、広谷歩(ひろたにあゆむ)様。どうか次は私と踊っていただけませんか?」

「てめえ、順番守れよ!」

「歩様、今日でなくてもいいので、どうかいつかは私と!」


 この世界に来て私の環境は一変した。豪華な夜の会場で、多くのイケメン達に囲まれ、絵に描いたような逆ハーライフを送っている。


「まあ、困りますわ。私は一人しかいないのに」


 嘘。困ってなんかいるものか。嬉しくて仕方ないわ。ほらほら、皆もっと私を崇めなさいよ。私を褒めなさいよ。私はずっとこうされたかった!


『自分の顔じゃない? あー……それは……きっと元の世界で呪いでもかけられてたんじゃないのか? 魔法が存在しない? なら……元の世界が身体に合っていなかったかな。歩は元々こちらの人間だからな!』


 あの妖精はそう言った。そう……そうだったの。私が両親に似なかったのはそういうことだったの。あの異世界で馴染まなかったのも、苛められていたのも。全部私が元々綺麗だったからなのね。


 取り返さなくちゃ。これが本来の私なんだもの。今まで不幸だった分、チヤホヤされなきゃ気がすまない。好きで不幸だったんじゃないんだもの。


「歩様、果物はお好きですか? うちの領地で取れたものです」

「歩様、絵はお好きですか? うちは芸術家を保護していて……」

「歩様」

「歩様」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……俺が知っているだけで、歩は六人と股がけしてたな。そんで、結局一番条件がいいのと結婚とはたいしたタマだよ。先日子も出来たけど、父に似たのか結構な可愛さだったぜ。元の容姿どこいったんだよって突っ込みたくなったな」


 魔術師の館で、ルセは定期報告をしていた。この報告は召喚少女の節目や重大な事件があった時に行われる。何事もなければ、恋人が出来た時。結婚した時。子供が出来た時。死んだ時。の四つ行われる。今回のルセは花嫁に子供が出来たから来ていた。


「そうか。なら、私の判断は正しかったということだな……ゴホッ」


 召喚少女の充実ぶりに満足顔だった魔術師は、不意に咳き込んだ。控えていた召使である女が素早く水を差し出す。


「風邪か? ……そういえば、前回の最初辺りからちょっと咳してたけど。……何十年も立つのにまだ治ってないのか? それって……」

「私の寿命を忘れたか? この召使も代替わりしているというのに。それに、死にたくてもそうは死ねん……。しかし、確かに先代が早世したこともあって、魔力回復優先で身体を労わるのを忘れていたな」

「心配させるなよ。休め」


 ルセのその言葉に、魔術師は目を見開いて驚いた。


「お前が人の心配などをするとは……」

「ん? 意外か? ……そうかもな。人間の世界で生きてきて、色々感化されたのかもな。前まではただの栄養分としか思ってたけど、あいつら時々予想もしないことするし」


 そう語るルセの姿を、まるで父のように感慨深く見つめる魔術師。

 成長した。初期など、召喚少女を道具くらいにしか思っていなかったであろうルセが、成長した。


「今なら、休めそうだな。……歩を頼んだぞ」

「ん? ああ」




 しかしこの時、魔術師はルセの成長を喜ぶあまり、召喚少女のことが疎かになった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「呪われた! 誰かに呪われた!」


 歩が半狂乱になって叫んでいる。顔を手で覆い、俯いて震えるその姿は尋常ではなく、確かに何かに憑かれたようにも見えた。

 ルセが呼ばれて行ったが、閉められた部屋で歩はまだ顔を隠していた。


「歩、どうした? 顔が痛いのか?」

「……」


 歩は、ゆっくりと手を顔から外した。そこに現れたものに愕然とする。


 顔が醜い。まさか。


 魔術師が休息に入っている。それで変化の魔法の力が弱まった? 最初にブスであると言った時にはもう美少女の顔だから気にも留めなかったが、なるほど、年頃の少女なら悲観して自殺しかねない容姿だ。魔術師が補正したのも納得した。……そして、だからこそ召喚条件に適合したのだろうとも。


「……心当たり、あるの?」


 ルセのただ驚いただけでない様子に、歩が何かあると感じつぶやく。


「あ、ああ。ちょっとな。待ってろ、今掛け合ってくるから」


 涙で顔中ぐしゃぐしゃな歩はルセに懇願する。その内容が、魔術師を怒らせるとは思いもよらず。


「早くね? なるべく早く……。こんなの酷いよ、誰が私を呪ったの? 元の綺麗な私に早く戻りたい……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 すぐ変化の魔法をかけなおすだろうと思っていたルセだが、その予想は外れた。魔術師は激怒したのだ。


「『元の綺麗な私』 そいつはそう言ったんだな?」

「あ、ああ」


 いつにない剣幕に、ルセも不安を覚える。一体この怒りの理由は何だ? 容姿補正は魔術師から言い出したことだったはず。ならば途中で切れればこうなることくらい予想出来たのでは?


「私はこんな身体だが、それを後悔したことは一度もない」

「はぁ……」


 気の抜けた返事になったのは仕方ない。ルセは魔術師を普通に健康な男だと思っていた。


「感謝して生きるならまだしも、綺麗な身体に戻してもらって当然? ふざけるな。そんな理屈が通用するのなら、あの子は……」


 あの子? 誰だ? 役目を充分に果たせず無くなった少女は……実花? いつき? 翠? 志保? もしかすると召喚少女じゃないのか?

 そんな疑問を口にするまいか迷ったが、気迫に押されて結局言い出せない。


「歩の容姿は戻さん。いいや、戻すなどと変な言い方だな。元の容姿でいればいい」


 その結論にさすがのルセも異を唱える。


「待てよ! 最初に言い出したのはお前じゃないか。気に入らない事したら中断ってそんな」

「何だ? 少女がカウントされないか不安か? 大丈夫だ。子を成し女王様体験もした。数にはいれる。これで七人だな」

「そんなんじゃないだろ! 勝手にやっといて、勝手にやめるってあんまりだろ!」

「元の容姿を卑下して、他人の能力を当てにして、どれだけ傲慢なんだ? 生きやすいようにしただけで、自分勝手にさせるつもりでの変化ではない。……お前の説明に問題があったのかもな」


 ルセは、ぐっと堪える。口で魔術師に勝てる気はしない。だが。


「歩は、喜んでいた……あれで幸せになったんだ」

「他人の褌でな。そこで謙虚になれないからこうなるんだ」


 どうしてこいつは、人間を道具みたいに扱えるんだ? そう考えて、ふっと、かつての自分がよぎった。異国の少女を次々生贄として殺していた時の頃。あの頃は彼女らの自我なんて考えもしなかった。その事実が、今になって恐ろしい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 歴代で一番冷えた夫婦。そう陰口を叩かれている歩とその夫。それでもルセは世話役として、歩につきっきりで面倒を見る。


「明日は地方の展覧会なんかどうだ? それとも気晴らしにクルーズなんてするか? それとも服を新調して……」

「いいよ、ルセくん」


 常にストールをつけて、少しでも顔の面積を減らそうとしている歩。

 痛ましい。調子に乗るってそんな悪いことか? 好き勝手やったら、一生苦しまないといけないのか?


 ルセは、美人の顔だった頃の歩に、傲慢な時代の自分を重ねていた。選ばれた存在だと信じ、悪行ばかりしていた頃……。


「バカだったね。私。最初の魔法使い様のしたことなんでしょう? 私が綺麗だったの」

「……」


 沈黙を肯定を受け取り、歩は喋り続ける。ルセに話しているのか、独り言なのか、視線は常に窓の外を向いて分からない。


「ふふ。男の人達の態度が百八十度変わったのは今思い出したら笑えるかも。綺麗じゃなくなったら用なしなんだねー。迫害されても文句言えないのに、こうして形だけとはいえ王妃やれてるんだからむしろ感謝するべきなのかも」

「目的のために、使役されてるだけだろ。怒っていい」

「あれ? 過激だね。身に覚えでもあるの?」

「いや……」


 振り返った途端に目を逸らしたルセに、歩は察するものがあったが、その場では沈黙を守る。そして、ぽつりと呟く。


「でもまあ、容姿を変えるなんて、私を最後にしてほしいね……」


 他人の偽善に振り回された少女の、少しだけ嫌味も入った願いだった。



「では、本当に再婚してもいいのですね?」


 その頃の魔術師の館では、歩の元夫だった王が魔術師に再婚の許可を願い出ていた。そしてそれは、あっさり叶った。


「くどい。好きにすればいいだろう。子供がいるなら充分だ」


 魔術師は抑揚のない声でそう言ったきり、そっぽを向いた。怒っているのかと一瞬恐怖した王だが、遠くをぼんやり見るその視線に、ただ単に興味が無いだけだと察して安心する。緊張が解けると人はどうでもいいことまで話し出すものだ。


「分かりました。何度も失礼を。……それにしても、魔術師様は召喚少女にこだわりのない方なのですね。ルセのやつなんて、会えば必ず睨んでくるし、聞いてもないのに歩の近況とか喋ってくるんですよ。あとたかりですね。生活費を出してやれって。いい迷惑です。あんな男を騙した女に渡す金なんてないでしょう。大体、かつては歩のような少女を殺してきたくせに偽善者が。あの女との子供だって、穢れた血が混じってると思うと愛せませんね。差別じゃないですよ。人情です。ルセは人間じゃないからこういう機微に無縁なんでしょうね」


 黙って聞いていた魔術師だが、あまりの見下しっぷりに思うところがあったのか、ぼやくように言った。


「あいつの顔を変えたのは私だが」

「は?」

「そのほうが都合がいいかと思ってな。何かいけなかったか?」


 言われた王は挙動不審になった。いけないかって、いけないだろう。やられたこっちにすれば普通に詐欺だ。しかし相手は世界をその手に握る異形の存在。滅多なことは言えない。


「は、はは。いや、魔術師様はさすがですね。きっと人間の及ばない境地におられるのでしょう。それが分からないというのなら、この私が未熟者なのでしょうね。ではこれ以上長居するのも失礼なので……」


 そそくさと王は退散していった。一人になった私室で、魔術師は呟く。


「顔なんかに……何の意味があるのだろうな。あの子の異世界で震えるだけの魂は、目が離せなくて惹きつけられたのに。ぼろぼろの容姿でも、着飾った婦人に劣っているとは思わなかったのに」


 それから目を閉じて思う。今でもその少女の姿が焼きついている。


 最後にルセに殺された少女だ。魔術師はぎゅっと拳を握る。


「幸せじゃなかったというなら、幸せにしてやる。環境だけでも。そのための世界なのだから。お前より可哀相な少女などいないのだから」

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