賛美歌は歌わない
「……ねぇ、“神様”っていると思う?」
「は?」
夕日によって朱色に染まる教室で、友人であるところの美咲先輩はそういった。
「だから、君は“神様”っていると思う?」
いや、別に聞き取れなかったわけではないのだから、同じ台詞を繰り返さなくてもいい。
「……それは、どういう意味で言っていますか?」
「どんなってどういう意味さ?」
本気で言っているのか否かという意味だ。もし本気で言っているなら、お前はとんだ中二病だ。鼻で笑ってやる。高2にもなって恥ずかしいって言ってやる。
「別に、ただ何と無くだよ。深い意味はない」
なるほど。と、いうことは、まともに取り合わなくてもいいということか。
神様とやらが居ようが居まいが関係ない。自慢じゃないが、居ても罰を受けるほどの悪行もしてないし、祝福を受けるほど善良でもないし。『信じよ、されば救われん。』とかいわれても、誰かに救われたいとも思ってないし。
「興味な――」
「悪いけど、興味ないとかグレーゾーンな回答は禁止」
ちっ、さきを越された。
そもそも、深い意味がないなら別にグレーゾーンでもいいじゃないか。
「ま、聞くまでもないか。君、神様なんて信じてなさそうだしね」
「居ますよ、神様」
「…………、え?」
あ、しまった。
まただ。またやってしまった。
天邪鬼、というかなんというか。自分には昔からそういう癖がある。
大多数の意見には無条件で反抗したくなり、権力者の物言いには徹底的に論破したくなり、他人の決めつけや先入観とかを反射的に否定したくなるという、まるで社会不適合者のような悪癖だ。
こんな癖があることに気がついてからは、治そうと努力してはいるものの、『悪癖』と呼ばれるものはなかなか治らないからこそ悪癖なのであり、努力はいまだ実ってない。
まぁ、最近はある程度この衝動を押さえ込むことができるようになったが、条件反射の様にときせつポロっとやってしまう。
………、そう今のように。
「………君、そんなキャラだっけ?」
美咲先輩が唖然とした面持ちで見つめている。
それはそうだろう。先輩の言うとおり、こんなのキャラじゃない。断じてない。
さらに言えばこの発言。かなりまずい。最初の問いが、「居ると思うか?」だったのに、断言してしまったのだ。
神は、存在すると。
思う思わないじゃなくて“いる”という断言。
自分は、そんな信神深い性質じゃないのは自分自身で百も承知だ。
さらに言えば、神は居ると堂々公言できる輩は、総じて詐欺師か狂人か、あと神父だ。そして神父は変態だと相場が決まっている。
こんな発言ミス、すぐに撤回すればいいのだが残念ながらそれはできない。性格上。
自分で言うのもなんだがこの悪癖とともに、自分のミスを認めたがらないというこれまた社会不適合者のような性もある。
だから、いま美咲先輩に発言ミスを謝罪できない。
というか、したくない。
なら、なにか言い訳を考えなければ。…………いや、違う。そうじゃない。いいわけじゃなくて回答を考えるんだ。
「…………………」
「え、いや、ちょっと黙らないでよ?!」
……よし、ととのった。
「美咲先輩は、神ってなんだと思いますか?」
「はぃ?」
「神の定義ってのは何かしってます?」
「え?」
疑問系ばかり口にしてると馬鹿みたいですよ。
「“神様”は理由なんですよ」
「………いきなり何いってんの?」
うるさいな馬鹿。最後まで話聞けよ馬鹿。なんか“可哀想なヒト”を見るような眼でこっちを見るな馬鹿。いちいち返事してると話が進まないので無視するぞ馬鹿。
「昔、科学が発達してなかった頃にあった自然災害」
飢饉、台風、日照りに豪雨、地震、疫病その他もろもろ。
「そんな当時の人々にとって、理不尽かつ不条理で絶対的で逆らうことのできない自然災害はとても恐ろしかっただろう」
それこそ洒落にならないくらいに。
「だから、理解しようとした。」
自分たちで考えて、
「なんでこんなことが起こるのか。なぜ自分たちを苦しめるのか。」
考えて、考えて、考え抜いた果てに、
「誰が何のためにってね」
何者かの性にした。
解らないことに、理解するのを諦めて折り合いをつける為に、居もしない誰かとありもしない理由をつくった。
「様は、今風にいうと擬人化させたということ?」
「そう。」
これを、理解できないことを自分たちが理解できる範疇に格下たというべきか、それともそれを奉ることによって神格化たとみるべきかは解らないが。
「要約すると、未知=神ということになる」
それならば……、
「人類に、まだ解らないことがある限り、そこに理由は存在します」
宇宙の神秘だろうが、道端の石ころかどうしてそこにあるかだとか。大事なことからど~でもいいことまで、しらないことは山ほどある。それこそ、人間自身が全知全能にでもならない限りは。
……以上、回答終了。
「………なんか、理屈っぽい」
それはそれは、悪うございましたね。
「ところで、美咲先輩はなんでこんな話題を?」
「いや、だからなんとなくだっていったでしょ?」
「そうは見えなかったから聞いているんですが?」
「あ~、やっぱなんか変だったかな」
いや、先輩はどちらかというといつも変ですけど。今日は、別方向に変だったというか、なんか何かを諦めているような、それでいてその何かに縋り付きたがってるような、そんな切なそうな顔をして言ってたから割と簡単にわかった。
やっぱ、なにかある。
「……いや、最近“神様”とやらがいるなら一度あってみたいな~と思っててさ」
「合ってどうするんです?」
「一発ぶん殴ってやろうかなって」
なんとまぁ、ぶっそうな。
「腹パンした後に顔面に膝蹴り。仰け反ったら襟首掴んで一本背負いからのトドメ」
一発どころかラッシュ決め込もうとしてた。やばいな、今後このヒトには逆らわないでおこう。まぁ、今もあんまり逆らったりしてないが。
「なんでそんな神殺しレベルの罰当たりをしようとするんですか?」
「……なんか、つまんなくてさ」
先輩の口から、ふっとため息のようにその言葉が漏れる。
あまりにもふざけた台詞の割りに、何故かとても重く感じられた。
「すごく情けない話だけど、去年この高校に入学したときから何か変な違和感があった。それが“退屈”なんだってことはわりとすぐに気がついた。・・・・・・けどさ、なにやってもまぎれなくてさ」
まるで自傷するかのように先輩の独白は続く。
「この一年半、楽しいこともいっぱいあった。けどね、その度に心の深い部分では全然無感動な灰色な自分がいて、冷めた瞳で見下ろしてる……。そんな気がしてならないの。……まったくな話だね?」
先輩はそういうが、個人的にはそうは思わない。
だってそれは先輩だけが感じているわけじゃないのだから。
それを自分の言葉で説明するなら“渇き”や“飢え”と表現する。
何をしても、充実感や満足感が得られない、生殺しされているような息苦しさを感じている。
多分これは、五月病の亜種。
新しい環境に無意識的にナニカを期待していたが、現実はそんな予想どうりなんかじゃなかった・・・って場合に起こる弊害に近いものだと思う。で、そのズレが“渇き”や“飢え”を持ってくる。
「だからさ、もし神様がいるならこれは奴のせいだとおもうんですよ、ハイ。だったら一発ぐらい殴ってやんないと気がすまないなってね?」
んなこと考えてる時点で、このひと、相当末期だ。
「まぁ、そんなことはできないからこうやって地道に足掻いてるんだけどね」
「もしかして、これもその一環ですか?」
そういって、手元にあるビラを一枚抜き取り目の前でひらひらさせる。
・・・・・・そもそもな話、学年の違う先輩と何故同じ教室で放課後に顔を突き合わせているかというと、これが原因である。
美咲先輩は、今度の生徒会選挙に出馬する。しかも狙うは生徒会長という無謀な戦いに身を投じようとしていた。
で、その選挙活動用のビラ作りを、廊下でたまたますれ違ったがために半強制的に手伝わされてるって構図が今になっている。
今こうしてだべってる時だってお互い手は休めてない。
「うん、生徒会長になるってことをすればこんどこそは……って」
なるほど、なんかすっげ~似合わないことしてるなと思ったらそういう事情があったのか。
ま、そんなことしても多分無駄だろう。たとえ、万に一つで生徒会長になったとしても、その渇きは潤わない。
何故なら先輩は一年半もそうやって足掻いてきたのだろう。それでも満たされていないなら、それはもう正攻法では無理だ。生徒会選挙?
その程度で埋まるわけがない。そうでしょう?
先輩もわかっていますね。だからそんな顔してるんでしょう?
「まぁ、ダメもとかもしれませんが、とりあえず応援しますよ」
「そう? サンキュー」
多分、誰もがこの渇きを持ってるし、経験しているのだろう。そもそも、全てが思い道理に、理想まんま実現する奴なんてひとにぎりしかいないのだから。
だから、誰もがどこかでその渇きに折り合いをつけてうまく生きていくのだろう。それが満たされたなんて輩も極一部しかいないにきまっている。なんせこんなに苦労しているんだから。
故にそれに真っ向から立ち向かうなんて凡人には愚の骨頂だ。馬鹿げてるし、下らない。まだ神様とやらに祈ってたほうが楽だし、いくらかはマシかな。
それなのに美咲先輩は真っ向勝負か。実にあほらしい。
「あ、美咲先輩」
「ん、なに?」
「ひとつ忠告ですけど」
まぁ、ヒトの事はいえないけど。
「生徒会長になるの、やめたほうがいいですよ?」
「え、なんで?」
「今年度の生徒会長には死ぬほど迷惑かけるつもりなんで」
飢えてるし渇いてるんですよ。先輩なんかよりずっと前から。
たしかに、神様とやらに祈ってたほうが楽だし、いくらかはマシかもしれないが、それは全然建設的じゃない。それにこんだけ苦しんだ後諦めるだけなんて、苦しみ損だ。ふざけんな。
だから、徹底して足掻く。めちゃくちゃに足掻くぞ。
「………へ~、なにすんの?」
「さぁ?」
具体的なことは何一つ決まってないが、方向性だけなら確定済みだ。
「とにかく、ありえないことを全力で」
今までやったことで満たせないなら、日常がだめなら非日常を、平和がだめなら戦争を起こせばいい。
なんでもかんでも思いついた端から試して、行動して、撒き散らそう。
他人の迷惑? 知ったことか。
受動態でいたって始まらないし、生半可な覚悟なしに得られるものはなにもない。
神様のせいにはしないが、アンタにまかせもしない。
賛美歌なんか、死んでも歌ってやるものか。
「………なるほど、いいね。僕にも一枚噛ませてよ」
そういって美咲先輩――美咲拓真先輩は笑う。何気に、今日一番の笑顔じゃないのか?
まったく、相変わらずこのヒトはやりやすい。あまり言葉を交わさなくともこちらの真意をわかってくれているから。
「じゃ、私の分終わったんで帰りますよ」
意外な同士が見つかり、今後起こせるお祭り事の範囲と種類が増えたことに喜びつつ、最初に手渡された分の仕事を一足先におえた私は、先輩をおいてさっさと帰ることにした。
「え、ちょっと待ってよ! どうせなら一緒に帰らない?」
少しあわてる先輩は、少し面白い。
「残念ながら、野郎と帰る趣味はないんでね!」
とりあえず、夕日をバックにかっこよく決めてみた。
すると美咲先輩は苦笑する。
「その台詞だと、まるで君が男みたいだね」
そして一言、
「やっぱり、言葉遣いは直したほうがいいよ。
……君、一応女の子なんだから」
『一応』ってなんだ馬鹿!!
あまりに頭にきたから、私は返事もせずに扉を乱暴に閉めた。
…………やはり、美咲先輩は少しは女心を勉強するべきだと、私は思うのだった。
end
おはよう。こんにちは。こんばんわ。
烏妣 揺です。
読んでくれて、ありがとうございました!!