7話 HR、女神の様な副担任と疲れてる兄
多大な体力を消費したお陰で、どうにかHRの時刻に間に合った俺は、自身の机の上で己の愚かさと非力さを呪っていた。
美鈴ちゃんはともかく、かなめまで足が早いとは。
片腹を押さえながら走る俺を尻目に颯爽と校内へと消えた二人は間違いなく間に合っただろう。『私、遅刻しそうになってない』とでも言いたげに涼しい顔で机に座っているかなめの姿が脳裏に浮かぶ。
なんだ、この敗北感。
「さて、知っての通り小深山先生はしばらく旅行に行かれる為、今週は私がHRに参加しますからね」
その声に教卓へと顔を起こす。立っているのは紺のスーツを華麗に着こなす、一人の女性教師。春日井 志乃、俺が在席する二年三組の副担任だ。ちなみにかなめと美鈴ちゃんが在席する一年一組の副担任も兼任している。
「え〜、学校からの連絡は、特に無し。アタシ個人の事が知りたいなら遺書を書いて聞きに来てくださいね。後、質問はありますか?」
良く透き通る声でさらりと恐ろしい事を告げるその美貌。肩甲骨の当りで切り揃えている黒髪は、毛先がくせ毛でカールして上を向いている。
たれ目で、その表情は柔和な笑みを絶やさない。黙っていれば、正しく女神の様な容姿なのだ。
だが、天は二物を与えずとは良くいったモノで、性格は悪い。話していると段々、テンションが下がり最後には謝らなければ会話が終了しなくなってしまうのだ。よく考えれば、悪いのは会話の節々でさらりと毒舌を入れる春日井先生なのであって、自分では無いのだが。
今では、一点の曇りも無い柔和な笑みが恐怖を倍増させているのがはっきりと分かる。
もっとも、既に一年以上の付き合いになる我がクラスメイトたちにはあまり通用していないが。
「小深山先生の旅行はどれくらいですか?」
そう投げ掛けるクラスメイト。出席簿を弄んでいた春日井先生は少しだけ考える素振りを見せ、
「長く待ち望んでいた春でしょうし、二週間。いえ、頑張りすぎて長引くかも知れないですね」
女神の微笑みで最低な返事をしてくれた。
確かに、今年で三十五歳になる我らが担任、小深山先生には長く待ち望んでいた結婚だろうが、それは本人が良く知っている事で言ってはならない一言である。後半のセリフは人としてダメだと思う。
下ネタじゃん。
恐らく周りのクラスメイトたちもそう思ったに違いない。場は静寂に包まれ、なんとも形容しがたい雰囲気に支配されてしまった。
質問した女子なんか石化してるよ。
そして、それらを生み出した元凶、春日井先生は変わらない微笑を少しだけ強めているだけである。
これらの事をただ微笑むだけでやってのける春日井先生だが、生徒たちからの人気はあるらしく、一部の生徒集団が作っている『校内美男美女ランキング』なるものでは上位に位置付けてるようなので、世の中とは良く分からないものである。補足だが、我が妹と美鈴ちゃんも上位らしい。
と、やや擦れたチャイムが響き始めた。それと同時に、教室内の妙な雰囲気も消えたようで周りから安堵のため息が聞こえてくる。
だが、春日井先生には全く関係なかった様で、唇を少しだけ釣り上げ、
「さっき、アタシが言った事でエロい事、考えた人は何人くらい居るんでしょうね?帰りのHRの時に聞きますから、そのつもりで」
またもや場を凍り付かせる言葉を終了の挨拶とし、出席簿を片手に優雅に教室を去っていくのであった。
ランキングで春日井先生を推した奴らは、本性を知らないと思う。間違いなく。
どうも、当初のころに比べて緩くないような。 またもや新キャラ登場。女性ばかりだなぁ。 それでわ、また次回。