6話 登校時、天真爛漫な人と妹の関係
あれから、歩を進めるごとに周囲には学生たちの姿が増え、ちらほらと見知った顔も現われてきた。声を掛けてくる者に適当に返事をしつつ、隣を歩くかなめに視線を移す。
出掛けの時に比べると妙に静かなのだ。口数は昔から少ないのだが、どうも調子が狂う。
癪に触る事でもしたのかと、表情から読み取れないか試みたが思い切り顔を逸らされてしまったので断念。俺、何かした?
変な空気を感じながらも歩くと、前方に学校に通うためには避けて通れない難関、長い上り坂が見えてきた。その長さはおよそ二百、その傾斜は最初こそ緩やかなものだが上るにつれ徐々に角度を厳しくなっている仕様だ。
『人生はこの坂の様に上るにつれ厳しいものだが、上り詰めた先にはきっと君たちが追い続けたモノがある』とは、校長の談。
しかし、もっぱら支持されているのは『ウチの学校を建てた奴は相当なドSだったに違いない、もしくは単なるバカか』というモノで、もちろん俺も後者派。
「か〜なちゃんっ」
その声に我にかえる。
いかん、ぼっとしてた。
だが、辺りに目をやっても声の正体の検討がつかない。仕方なく、かなめに聞こうと視線を移すと、
「に、兄さん」
顔を真っ赤にさせ、助けを求めるように手をこちらに差し伸べる姿。一つ、可笑しい点を述べるならば、かなめの腰には満面の笑顔で抱きついている背の低い女子生徒が居る事。
「美鈴ちゃんか」
「あー、なんですか?そのおざなりな感じは」
そう可愛らしく頬を膨らませる姿はハムスターを連想させる。
彼女の名前は、実栗 美鈴。いついかなる時も元気で天真爛漫を全身で表す少女だ。肩で切り揃えられているやや栗色の髪には、トレードマークと豪語しているヒマワリの形の髪留め。分かりやすい子である。
「気にするな」
ぽんと頭に手を乗せて謝るとくすぐったそうに目を細める。その姿は子犬をも連想させ、何気なく頭を撫でてやる。
「えへへ」
先程の膨れ面は何処へやら、嬉しそうに微笑んでくる。正直に可愛いと思ってしまったが、口にすると後が大変な事になりそうなので止めておこう。
「改めて、お早よう」
「お早うございますっ」
撫でていた手を離し、挨拶すると、満面の笑みで返された。あまり、感情を表に出さないかなめとは真逆な美鈴ちゃんだが、本人たちの仲はとても良い。
現在、美鈴ちゃんがかなめに抱きついているのは二人の挨拶のようなモノ、とは美鈴ちゃんの談だ。ちなみにかなめに聞いたら否定された。顔が真っ赤だったから恥ずかしがってただけなのは一目瞭然だったけど。
しかし、この状況はとても珍しく感じてしまうのは何故だろうか。
我が妹に抱きついている美鈴ちゃんが、何やらかなめの名前を連呼しながら嬉しそうに腕の力を強めている事は仲の良さ伺えるだけだからどうにも思わない。
とすると、やはりかなめの方だろう。何時も涼しげな顔で俺に意味不明なボケと行動で疲れさせる事で楽しむかなめが、今はまるでその面影すら無い。
顔は真っ赤に完熟し、いつもの眠そうな半眼にはうっすらと涙が溜まっていて、何か言葉を紡ごうと口をパクパクさせている。
すげぇ、新鮮。
しばらく放っておきたい、衝動に襲われるが、気弱になった瞳と目が合ってしまった。
仕方ない、助けてやるか。ちょっと可愛いと感じてしまっても仕方ないよな?
「あー、美鈴ちゃん。そろそろ離してやってくれ」
俺の言葉に既に満足していたのか、素直に離れてくれる。傍らで涙目のまま凄く睨んでくるかなめは気にしないようにしよう。
かなめから離れた美鈴ちゃんは、軽やかに俺に近づいてきた。その表情は先程の笑みを保ったままだ。
自然と俺も笑みになるのを自覚しながら言葉を待つ。
「先輩、予鈴まで後五分しかありませんけど、大丈夫ですよね?」
そういう事は早く言おう。
ギリギリでした(汗) ようやく、三人になりました。元気な子です。 それでわ、また次回。