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17話 リビングにて、兄妹が苦手な大人な人

遅くなりすぎました(汗)平にご容赦を。



その人の名は、御奏みそう 奏女かなめ。すらりとした長身痩躯、背中まで伸ばされた髪は毛先辺りで纏められ、控えめとは言い難い大きな胸を誇らしげに反らしながら町内を闊歩するその姿はとても勇ましく、自信に満ち溢れているモノだ、とはご近所の奥様方の談。

曰く。一夜の間に下着ドロを二桁に及ぶ数を捕まえた。警察庁から勧誘の電話が連日して掛かってくる。彼女が町を歩くだけで犯罪が減る、と、奥様方の話を鵜呑みにするならば、物凄い人物になってしまうが、実際はおしとやかで清楚可憐なお姉さん、といった印象を受ける。

あくまでも俺個人の見解に過ぎないが。


「で、用って?」


炒れたてのホットコーヒー入りのマグカップをテーブルに置きながら、ソファに座る、白のブラウスに膝丈のスカートの女性、前述の当人である奏女さんに問う。ちなみに、その隣では制服姿のかなめがもそもそとクッキーを食べていた。

リスみたいだな。


「有難う」


静々とカップを手に取り、一口。ほうっと安堵にも似た息を吐き、奏女さんはしっとりと微笑んだ。


「用事が無いと来たらいけない?」


少しだけ、眉を寄せて問うてくるその姿に、頭を左右に振って否定すると納得したのか、その表情を微笑みへと戻した。

正直に言って、俺はこの人の微笑みが苦手である。何故かしら、とても動揺してしまうのだ。見透かされているような心地を覚えてしまう。別に不快に感じる訳ではないのだ。少々たれ目がちな瞳を細め、紅色の唇を笑みの形に縁取るその表情は見惚れるくらい綺麗なソレなのだが。本能的なモノなのだろう。


「奏女さん、大学は昼までだったの?」


今まで黙々とクッキーを食べていたかなめがピタリと動きを止め、隣に座る奏女さんへと話し掛けた。

昼まで。かなめがそう尋ねたのには理由がある。テスト期間中の為、昼頃に帰宅した俺とかなめが玄関先で見たのは、ウチのインターフォンを鳴らす寸前の奏女さんの姿があった。通常、大学の講義やサークル、バイト等で忙しい日々を送っているらしい奏女さんが、この時間帯に姿を見せるのは珍しい事なのである。その為、かなめと二人で本人かどうか話し合う事は必然だった。もっとも、奏女さんから話し掛けてきたので、徒労になってしまったのだが。


「そう。急いで終えなきゃいけない用事も無いからね。かなめちゃんたちと遊びたかった、というのが一番の理由かな」


包容力、溢れんばかりである。微笑みを強くした奏女さんは、答えを聞いて頬を赤らめたかなめの頭を撫で始めた。案の定、そういった直接的な可愛がりに弱いかなめは頬の紅を強めて俯いてしまう。

かなめも奏女さんには弱いんだよな。


「ふふ、顔が真っ赤」


楽しくなってきたのか、奏女さんは慈愛に満ちた微笑みを、意地の悪い笑みへと変えてかなめの頬の赤さを指摘した。途端、かなめが勢い良く顔を上げる。

トマトもびっくりな赤さだなぁ。


「っ」


勢いそのままに、何か反論しようとしたらしいかなめだったが、刹那、奏女さんがかなめの耳元で何か呟いた。見る見るうちにその赤い顔が更に赤くなり、しばらく声にならない声を発し、再び俯いてしまう。

な、なんだ?


二人のやり取りが飲み込めず、茫然と見つめていると、かなめを眺めていた奏女さんがこちらへと視線を移してきた。その表情が眉を寄せた困り顔なのが気になる。もっとも、俺の困惑を余所に何を納得したのか、奏女さんは一つ頷くとお茶請け代わりのクッキーを一つ手に取った。


「要くんの手作り?」

「え。ええ、そうです」


半ば反射的に返す。基本的にウチに置いてあるお菓子は我が手作りで、休みの日に趣味、もしくは家族が駄々を捏ねた時に、お菓子を作り置きしてあるのだ。ちなみに今回はチョコチップクッキーと、レーズンとオレンジピール入りのクッキーだ。我ながら美味しく焼けたと思う。


「美味しい。要くん、お店でも出したら?」


ニッコリと喜びの色を表情に押し出して奏女さんが称賛の言葉を投げ掛けてくれる。思わず顔が熱くなるのが分かり、照れ隠しとしては分かりやすいであろう、頬を掻いて言葉を濁しておく。

やっぱりこの人は苦手だ。


俺の反応に少しだけ笑みを強めてクッキーを味わう奏女さん。気恥ずかしさにコーヒーを飲もうとして口内を火傷する俺。そして依然と俯いたままのかなめ。それぞれが発する雰囲気に、リビングは静寂に満ちている。


と、かなめが顔を上げた。その頬は僅かに赤いが、どうやら落ち着いたようである。テーブル上に置いてあったテレビのリモコンを手に取ると、程なくしてテレビの電源が入れられる。


『――園では、レッサーパンダの赤ちゃんが生まれ、訪れた家族連れに好評を受けている様です』


映し出されたのは、生後間もない、レッサーパンダの赤ちゃんが眠たげに欠伸をしている映像。よたよたと動き回るその姿は危なっかしく、それでも心和ませる姿である。

ふと、テレビから目を離し、二人の様子を伺うとどちらの表情も柔らかく、流れる映像に心癒されているようだった。二人の聖母の様な微笑みに、思わず見惚れてしまう。早まる動悸を宥めようと視線をテレビに戻し、コーヒーに口をつける。

すっかり、冷めたな。


『――続いてのニュースは、最近、急増している新手の窃盗事件についてお送りいたします』


その言葉と共に、映像は原稿を読み上げるアナウンサーから、とある住宅地の一角を撮ったモノに切り替わった。少しだけ危機感を覚えながら映像を眺める。

窃盗犯は数人で構成され、訪問販売、引っ越しの挨拶などと偽り、一人が家の住人を引き付け、残る数人が裏口や窓から侵入し金品を盗むといった手口。平日の昼間を中心に窃盗を繰り返し、被害は数千万。


「ウチも気を付けないとな」

「頑張って、兄さん」


何時の間にやらクッキーを片手に、抑揚の無い声音で淡々と応援してくる無責任な妹を睨む。もっとも、捻くれ者のかなめが俺の思惑など察してくれる訳もなく、手に持っていたクッキーをもそもそと食べ始めた。

もう少し、美味しそうに食べても良いだろ。


「美味しい」


ぽつりと。数瞬、言葉の意味が飲み込めず、茫然とかなめを見つめてしまう。対するかなめもこちらに眠そうな半眼を向けていて、その表情が柔らかく微笑みを浮かべた。そこで初めて理解し、慌てて視線を逸らした。


「ねぇ、この現場ってこの辺りじゃないかな?」


と、今まで沈黙を保っていた奏女さんの声。促されるままにテレビへと視線を移すと、映像は被害にあった住人のインタビューへと切り替わっていた。

被害にあったのは三日前、銀行の通帳やカード類が盗まれ、総額約一千万。プライバシー保護の為、被害者の顔や音声は処理してあるが沈痛そうな声である。


と、映像が被害現場近隣を撮ったモノへと切り替わる。その現場は奏女さんの言葉通り、確かに我が家の近くの様で、通学路として必ず通る住宅地の一角である。


「本格的に警戒しないとマズイかもな」

「そうね。母さんにも言っておくわ」


俺の言葉に、珍しく素直に同意するかなめの声。明日は我が身、と言う言葉通り、今回ばかりはボケる事はしないようだ。平日が休みになる事が多い母に注意しておけば多少は大丈夫だろう。だが、これは家族が居る場合である。窃盗団は住人が一人限りの時を狙ってくるらしく、一人暮らしの方たちは標的にされやすいのかも知れない。


そこで思考を止め、奏女さんへと目をやる。そう、今この場に居る中で一人暮らしをしている人物は奏女さん、その人である。彼女自身もソレを危惧しているのか、テレビを見るその表情は真剣だ。それでも、何処かおしとやかなイメージを拭いきれない奏女さんを見る限り、どうにも不安に感じてしまう。

余計な世話か。


「奏女さんも、気を付けた方が良いですよ。ほら、一人暮らしですし」


頭の中ではそう考えているのだが、ついつい言葉が出てしまった。少しだけ後悔しつつ、奏女さんの答を待つ。

数瞬の後、奏女さんがこちらへと顔を向ける。その表情は目を細め、口角を弛ませた柔らかなソレである。どうやら、迷惑とは受け取っていない様で胸中で息を吐く。


「心配してくれたのかな?」

「当たり前じゃないですか」



さも意外そうな声音で返してくる奏女さんに、再度、少し強く声を上げて返す。更に続けようと口を開いたところで、奏女さんの表情が嬉しそうなモノへと変化する。訳が分からず、口を閉じるより他無くなってしまった。


「大丈夫よ」


そこで聞こえてきたのはかなめの声。何故かしら刺のある声音が気になり、かなめへと視線を移すと、眉を寄せ、半眼を更に細めて睨み付ける表情でこちらを見ていた。何処となく拗ねている様にも見て取れる。


「な、なんで怒ってるんだよ?」

「怒ってない。それより心配する必要は無いわ」


憮然とした態度のかなめに、確実に怒ってる、と追求しようと口を開きかけたが、じろりと睨まれ断念せざるをおえなくなってしまう。

仕方なく、鬼気発するかなめの視線を出来るだけ気にしないように努めながら、奏女さんへと再び目をやると、愉快そうに微笑んでいた。俺とかなめの交互を見ながらである。

今、面白いトコあったか?


「あ、ゴメンね。なんでもないの、気にしないで」

「は、はぁ」

「心配してくれて有難う。かなめちゃんの言う通り、わたしは大丈夫だから」


涙まで出てきたのか、目端を押さえながら豪語する奏女さんの表情は満足したとでも言わんばかりの笑みで、その隣に座って、クッキーを今までの倍のスピードで食べ始めたかなめの憮然とした表情とは、見事に対したソレであった。



翌朝の朝刊。

地方欄のトップは窃盗団を捕まえ、県警から表彰状を受け取る奏女さんを映した物だった。

取り敢えず、奥様方の噂話やかなめの太鼓判は真実だと判明した。

人は見かけで判断するもんじゃないな、うん。



どうも、人として許しがたい更新ペースの作者です。            さて、17話。兄と妹が頭が上がらない同名の人とのお話でした。如何だったでしょうか?ちなみに母初登場の話に出た伏線の人物ではありません。                 それでわ、また次回。

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