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13話 怒る妹、眠る母



生きていく中でどうにもならない出来事が、人生には起こりうる。


例えば、高級車と事故を起こした、許婚との結婚間際に逃避行をされた、一夜限りの間違い、等など挙げれば限りが無い。それは必ずしも起きる事であって、人生に適度なスパイスを加えるモノなのだろう。どんなに衝撃的な出来事であっても、時が経つにつれ、自ずと笑い話になったり、教訓として自らの能力を伸ばす事になるのだ。

だが、現在進行形だと話は違う。まず茫然とする。次に周囲の様子を確認し、絶望か虚無感が押し寄せてきて、そこで初めて状況を飲み込む。


「かなめ、誤解されても仕方ない状況かもしれないが、誤解だからな」


部屋のドアを開け放った状態で、こちらを茫然と見つめているパジャマ姿の我が妹にベッドに入った状態で弁解する。何故か、罪悪感が芽生えたりしたが、自身に間違いを犯した事実は無いので、黙したままのかなめをただ見つめるだけである。


と、軽く決して嫌悪感を感じさせない掛け布団が、ゆっくりと持ち上げられる感触。くるりとかなめから視線を放し、隣を見る。そこには、かなめとお揃いのパジャマ姿で、眠そうに目蓋を擦り、ベッドの上で腰を抜かしたように座っている母、色羽の姿があった。短く切り揃えられた黒髪が飛び跳ねている。


「要ぇ」


寝起きの頭で思考能力が低下しているのであろう。舌足らずに俺の名を呼ぶと、ぽてんと再び横になった。どうしろと?


「兄さん」


刺のある声。

背中に嫌な汗が出始めた。そちらを向いたら後悔しそうだが、向かなくとも後悔しそうなのでかなめの方へと首を動かす。

そこにはかつて見たことの無い表情のかなめが居た。半眼は鋭く釣り上げられ、生来の目付きの悪さも相まって、視線で殺す、という例えが良く分かるほど。思わず体が震えてしまい、平静を保とうと深呼吸をしてみたが擦れた息が漏れただけだった。


正しく、蛇に睨まれたカエル。恐ろしくて言葉を発することが出来ない。時折、夢でも見ているのか母の唸り声だけが緊張の最中に流れている。

は、話し掛けるか。


「かなめ、あの」

「黙りなさい」


些細な勇気は一言で断ち切られてしまった。完全に黙る事しかできなくなってしまった俺を真っすぐに睨み付けながら、徐々に距離を縮めてくるその様は、下手なホラー映画よりよほど恐い。

ついには鼻と鼻がくっつきそうな位置まで詰められ、ベッドに寝ている俺を跨ぐ状態へと追い詰められしまう。


「兄さん、聞く事にだけ答えなさい」


鋭い黒の瞳が揺らぐ事無く見つめている。

既に喋る余裕など無かった俺は首を、壊れた玩具の様にガクガクと肯定する。

夢に出そうだよ。


「どうして、母さんが此処に?」


凜とした問いに返すべく、昨夜のことを思い出してみる。

就寝前、母の姿は自分の部屋には無かった。母自身も、休みだから早く寝てそのまま寝過ごしてやる、とか矛盾しているような言葉を残して、俺より早く眠ったはずだ。自室へと入っていく母の姿も目撃したので、就寝時に一緒に居たという記憶は無い。


「知らんぞ」


自分なりに正直な答えを返したのだが、目の前の漆黒の眼はギラリと光った。どうやら、俺の答えなどはなから信じる気は無い様である。


「母さんの服が乱れているのは?」


その言葉にいまだに唸っている母へと視線を移す。

言葉どおりに観察すると、母の胸元のボタンが数ヶ所ほど外れており、女性の象徴が垣間見える。あまり、じっと見るとかなめに要らぬ誤解を与えそうなので、直ぐに視線を逸らしたが。


「昨日、暑かったから自分で外したんだろ」


春始めにしては、気温が高くなる事をニュースで報じていた。加えて二人で寝ていた所為もあるのだろう。更に言わせてもらえば、実の母を襲うほど落ちぶれてはいない。

こいつ、兄をなんだと思ってるんだ。


「兄さん、嘘を吐いても分かるのよ」


俺の心情を知る由もなく、かなめは真っすぐに俺の目を見つめてきた。逃がさないためか、両手で俺の顔を押さえ込まれたので、否応無しに俺もかなめの目を真っすぐに捉える。


しかし、数分経つとかなめが先に目を逸らした。と言うより顔ごと逸らされた。妹の行動は大半が意味不明、もしくは意味が無いのだが。今回も意図が掴めない為、次の行動を待つしかない。

そう考えると損ばかりしている気もするが。


「御免なさい」


やがて、消え入るようなか細い声でかなめが謝ってくる。恐らく誤解が解けたのだろうが、何処か釈然としないままである。

かなめに聞こうにも、顔を俯かせ沈黙を維持しているし、隣の母は相変わらず夢の世界だ。


何故か、自分だけ場違いの様な気がして、静かに深くため息を押し出したのであった。



ラブコメっぽいと思います。自信は無いですが。              それでわ、また次回。

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