12話 親子と双六の悪意
軽快な音をたてスーツ姿の女性を模した駒が先へ進んでいく。行き着いた先にあるのは『用事を思い出し、二マス下がる』と書かれたマス。
少し眉を寄せ、今だにスーツ姿の母が同じ容姿の駒を下げた。
双六である。深い経緯があったのか、恐らく無いのだろうが、夕食を済ませ、リビングにてぼうっとしていると、妙に楽しげな様子の母が抱えてきたのが発端である。
勿論、拒否した。しかし、人の話など聞かずに準備を進め始めた。埒があかないと自室へ逃げ込もうとしたのだが、何時の間にやら背後に立っていたかなめに押さえ付けられ、押し問答をしている合間に、準備は完了してしまったのだ。
拒否すると悲しそうに二人で呟き始める姿に心が折れたのもあるのだが。
「私ね」
真剣な表情のかなめは宣言と共に握っていたサイコロを投げる。ちなみにかなめも制服姿である。クルクルと数秒ほど回って、出目は五。予想より大きい数字が出た為か、その表情を微かに綻ばせ、セーラー服を着た少女を模した駒を手に取った。
二人の駒が心なしか、当人に似ているのは気のせいなんだろうな。
「へそくり発見、二万五千円の収入」
現実的な数字である。本物より二分の一のサイズしか無いゲーム用の紙幣を、何故か俺の手元にある紙幣入れから取っていく。
「ちょっと待て。何故だ」
慌てて、その腕を掴み問うと、いつ見ても眠そうな半眼でこちらをじっと見て、自らが進めた少女の駒が置かれているマスを、一指し指で叩き示される。単なるいつもの嫌がらせでは無いようだ。掴んででいた腕を放し示されたマスを見る。小さく、注意して見なければ見えない程度で一文。
『兄弟のへそくりです』
つづいてかなめに視線を移すと、仕方ない人と言わんばかりに肩を竦められる。何処となく様になっている仕草が妙にイラッとくるが、自身に暗示をかけサイコロを手に取る。
さっさと終わらせよう。
「あっ」
「あら」
出目は一。二人の呟きも手伝ってか、得体の知れない哀愁が心を支配する。心なしか、Tシャツにジーンズ姿の青年を模した駒から悲愴感が感じられる。
大丈夫、次があるさ。
気を取り直して駒を進め、マスに書かれた文章に目を通す。
『ドーベルマンに追われ、片足を食い付かれながらも一マス下がる』
なにコレ。
この際、一歩進んで一歩下がって意味が無いとかはどうでも良いとしよう。何故、犬が限定されているのだろうか。そして『片足を』と言う点に凄まじい策略を感じる。
スリルをモットーに作られたのか?
「痛そうね、兄さん」
「痛いとかそういう問題じゃないだろ」
ぼそりと感想を伝えてくるかなめにきっぱりと返し、駒を元のマスに戻す。足を引きずっている様に見えるのは俺だけなのだろうか。
母の番。サイコロを両の手で握り、無表情ながらも真剣に顔の前で念じて振るった。出目は六。やや口角を上げた母によって、先へと進められる。願わくば同じ目にあってほしいものである。
真剣に駒の行く先を見つめる俺と、なんだか楽しそうに目を細めるかなめの視線。やがて、六マス先に辿り着いた。
『プレゼントを貰う。対象者は一万五千円をこのマスに止まったプレイヤーに渡す』
以外と普通であった。期待はずれに小さく舌打ちしたのは気付かれていない様だ。
ため息を吐き、次の番であるかなめに視線を移すと不思議そうに半眼をやや広げ、眉を潜めていた。
「兄さん、なにやっているの?」
非難じみた声音に、同じく眉を潜めてしまう。訳が分からず、母へと視線を移すとニコリと笑みを浮かべ、両の手をこちらへ突き出して、
「有難う」
感謝された。しばらく、その言動が飲み込めず固まる俺は笑みを崩さない母と見つめ合う。そして、気付いた。
母の駒が止まったマス。一見、普通のマスなのだ、かなめの駒が止まったマスの様な。
まさか、な。
「『長男からです』って」
読んでくれて有難う、かなめ。
そうなのだ。またしても、小さく続きが書かれていたのである。これは正しく策略に違いない、よほど兄の事が嫌いな製作者が居たのだ。今更だが、小さく書かれているその文章から、悪意がひしひしと伝わってくるのが分かる。
ケンカ売ってるのか、この野郎。
「要、早くして」
「兄さん、渋るのは分かるけどゲームなの。諦めが肝心よ」
淡々と告げてくる二人の言葉が、俺の殺意を確実なモノにしつつ、夜は更けていくのであった。
これにて学校編、または一日編が終わりです。字にすると長いですね〜。まぁ、展開が遅いといわれればご尤なのですが。 さて、一日一話は何処へいったのやら無能な作者でした。また、次回。