9話 体育、白熱する試合とほのぼのな二人
澄み切った青空に笛の音が響き渡る。その時を待ちわびていていた二人の男子がほぼ同時に跳ぶ。
標的は高く投げられたボールだ。
僅かな差で左側のフィールドに居た男子がボールをキャッチしたようだ。ボールを取った側のコートに少しの歓声が広がる。一見、有利に思えた左側のコートだったが数秒後に悲鳴を響かせた。
「勝負の世界は厳しいわね、兄さん」
その声に釣られて左を向くと、同じように観察していたのだろう、上下ジャージ姿の我が妹が同じベンチに腰掛けていた。
今日、最後の授業となる体育の内容は一年一組と我がクラスによる、合同ドッジボールだ。高校生になっても、と不満を洩らしていた両クラスだが、試合を重ねるにつれ楽しくなってきたのだろう、現在は白熱した試合を行っていた。あ、ひとり倒れてる。
「青春だな」
「青春ね」
何か、可笑しい言葉が出てしまったが気にしないで欲しい。早々に試合で負けてしまったのでテンションが低いだけである。
視線の先で行われている試合は授業とは思えないほど盛り上がっている。怒号や歓声、響き渡る笛。ボールを当てられ歯痒さにグラウンドを叩く者。帰還した者と握手を交わし、その結束をより強くする者たち。
間違いなくドッジボールの授業なのだが、クラスメイトたちのテンションがソレに適応していない様にも見て取れる。
あれ、ウチのクラス?
「美鈴だわ」
そう呟くかなめの視線を追うと背の小さな女子が、いままさにボールを投げる瞬間だった。
小さな体を目一杯に使って投げられたボールは相手チームの一人に見事に的中。うなだれつつ、コートから出ていく相手を見てか、美鈴ちゃんが盛大にガッツポーズを決めた。
あんなに飛び跳ねちゃって。あ、退場してるよ。
「バカ」
ため息で押し流した様なかなめのぼやきに、思わず笑ってしまう。不思議そうに見てくるのを手を軽く振ってやり過ごすと、再度、試合へと視線を移した。
素直じゃない事で。
ふと、大きな歓声が耳に届く。グラウンドで行われている試合を注視すると、何やら小柄な男子が来るボール全て避けて回っている様で、彼がボールを避ける度に歓声が起きている。
よく見ると、その男子は京也の様だ。真正面から来るボールは当然のごとく避け、相手方のフェイント混じりの攻撃も驚異の身軽さで避けきっている。
捕らないと試合が進まない事を理解しているか、甚だ疑問だが。
「そういえば」
何を思い出したか、かなめの呟きが聞こえた為、目をそちらにやるとこちらを眺めていた。何処となくその面持ちが真剣で、つい身構えてしまう。
「兄さんに一つ言わなければいけない事があるわ」
「どうしたんだ」
先を促すと、伏し目がちになり、両の手をもぞもぞと動かし始めた。どうやら言いにくい事の様で、薄らとその頬に紅が差しているように見て取れる。
「お、お弁当の事」
小さく届くその内容。
弁当の事、と言われ浮かんだのは不味かったのかという不安と、かなめの嫌いな食材をこっそりと入れた事が発覚した、の二点。自然と流れる冷や汗をさり気ない動作で拭き取り、次の言葉を待つ。
ばれてたら逃げよう。
「ウサギ、有難う」
だが、発されたのは意外な一言。限界点だったのか、一瞬でその顔は真っ赤に染まるのが見え、顔を下に背けてしまう。少し、茫然としてしまったが理解できた今、俺は流れ込んできた暖かい感情に任せるように笑みを浮かべ、照れ屋な妹の頭を撫でてやる。
「くすぐったい」
非難している様で弱々しい声。ちらりと覗く耳は真っ赤で、彼女の顔も同じ色に染まっているのを想像させた。何時もの態度はどこへやら、されるがままのかなめから視線を外し、グラウンドの方へと移すと、一際長い笛の音。
同時にコート側から跳びだしてくる京也の姿。続いて我がクラスメイト数人の姿が。
「なんだ?」
近づくにつれ、彼らの表情が鬼気迫るものだと分かる。というより、京也は何かから必死に逃れるような。まさか、あのバカ。
数秒後、凄まじい勢いで目の前を駆け抜けていった一群の後方はそれぞれがボールを持っていた。
結局、試合は終わらなかった様だ。授業終了を知らせる鐘の音が、何処となく哀しげに鳴り響くのだった。
以外に体力あるんだな、京也。
一日一話と豪語しながら守れなかったこの体たらく。情けないなぁ、自分。 いつか、取り戻さなければ それでわ、次回にて。