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1.近いままで、遠くなった


「玲衣くんみてぇー」


 はやる気持ちを抑えて廊下をパタパタ走る。

 そのままリビングのドアを開けた。


 目に飛び込んできたのは、青を基調にした落ち着いた部屋。


 この部屋が、好き。



 薄い青のソファーに、玲衣くんが座ってテレビを見てる。


 ぼくはその前に立って、「じゃーん」といつもより声を弾ませて両手を広げた。

 

 

 ぼくと玲衣くんは幼稚園の時からずっと一緒にいる。

 大学に入ってからは隣同士の部屋でお互い一人暮らしをしてる。


 この部屋はすっきりとしていて無駄なものが置いてない。なのに居心地がいい。

 まるで玲衣くんそのもの。


 ぬいぐるみさんがたくさんあってカラフルな色合いのぼくの部屋とは正反対。

 お互い部屋の鍵を持ってるから自由に行き来してる。


 でも、ぼくはこの部屋が大好きだからぼくがこの部屋にいることの方が多い。

 

 昨日の夜新しいネイルに変えたから、それを早く玲見せたくて朝から部屋を飛び出してきた。

 

 玲衣くんはぼくがネイルしたりメイクしたりするのが好きなことを否定したりしないし『似合ってていいね』と笑ってくれる。


 だからぼくは玲衣くんの前では好きなことを我慢したり隠したりせずにぼくらしくいられる。

 

 

「変えたんだ。今回のテーマは何?」

 玲衣君は、広げた手を掴んでじっくり爪を見てくれる。


「今回のテーマはねぇ。夏らしさにしたんだよぉ。ポイントは親指の猫さん」

 お気に入りの猫が書いてある親指を玲衣くんに「ほらぁ」と言って見せる。

 

「テーマは夏らしいさなのにポイントは猫なの?」

 玲衣くんがふふっと笑ってくれる。


「うんっ!!猫さんがポイントだよぉ」

「なんで猫さん?」


「玲衣くんみたいだなーと思って」

「ぼく?猫みたい?」


 玲衣くんは切れ長の瞳をぱちぱちさせながら、ぼくを見てくる。

 すっと通った鼻筋に切れ長の大きな目をしててサラサラの髪の毛を茶色にしてる玲衣くん。


 玲衣くんは綺麗で可愛くてぼくの大好きな人。

 

「うん!玲衣くんはねこさんみたいで可愛いヨ」

「なにそれ」


  気分屋で、誰にも懐かないくせに、たまに自分から近づいてくる。



 ソファーで一緒にテレビを見てる時、ぴたっとくっついてくることがある。

 その仕草が猫みたいだなって思う。


 なかなか懐いてくれない気まぐれな猫さん。

 


 玲衣くんは綺麗で人を惹きつけるけど、玲衣くんからあんまり積極的に人と仲良くはならない。

 玲衣くんは人見知りだからなんていつも笑ってるけど、ぼくは気まぐれ猫さんだからあんまり人に心を許してないのかなと思ってる。


 ぼくには心を許してくれてる猫さん。

 


「いぶきは猫さん大好きだし、玲衣くんのことも大好きだよぉ」

「伊吹は猫好きだもんね。ありがとう。ぼくも伊吹のこと好きだよ」


 玲衣くんは、いつもさらっと話を流してくる。


 (本気なんだけどな……。玲衣くん)

 


「そろそろ行こっか。伊吹は今日1限からだよね?」

「うん。玲衣くんも一緒だよね?」


「いやさっき1限休講の連絡きたから2限から」

「えっ!?じゃあ玲衣くんまだ家でゆっくりしてていいよ。いぶき1人で行くよぉ」


「伊吹と一緒に行く。図書館で勉強したいし、レポートあるし」

 玲衣くんはそう言ってソファーから立ち上がる。


 ソファーの目の前のテーブルに置いてあったカバンを手に持ち玄関に向かう。

 ぼくに合わせて一緒に行ってくれるんだ。


 玲衣くんのその行動が嬉しい。


 ぼくの胸からとくんっと音が鳴った。

 



 2人で家を出てマンションを出る。

 元気な太陽がぼくたちを照らしてる。


 マンションから大学まで玲衣くんと話しながら歩いていく。

 この時間はぼくにとって特別。

 


「玲衣くん!今日は晩ご飯なにたべる?」

「なんでもいいよ。伊吹が食べたいもので」


「もぉ。この前も玲衣くんそう言ってたよ」

「今日は伊吹担当の日だし、伊吹が食べたいものがぼくが食べたいもの」

 

 そんな話をしながら大学に向かう。

 


 大学まで15分もあれば着く。

 校門を入り、そのまま図書館に向かう。


 図書館は講義室の手前にあるからすぐに到着しちゃう。

 ここで玲衣くんとお別れかと思うとちょっと寂しい。


 思わず下を向いてしまう。


「伊吹」

 玲衣くんの声が頭の上からする。 


「じゃあ伊吹頑張って」

 顔を上げたら、ぼくに向かってガッツポーズをしてた。


 その姿がが可愛くて、余計離れたくない。そんな気持ちになる。

 


「玲衣くんが可愛くて、いぶき授業よりも玲衣くんと一緒にいたい」

 

 そんな風に甘えてみる。

 

「ダメ。ほら、お昼一緒に食べるんでしょ?」

 黙って頷いた。


「お昼楽しみにしてる。じゃあ頑張ってきます」

 玲衣くんとハイタッチしてから講義室に向かう。



 今日は図書館とは反対側の講義室だから少しだけ小走りになりながら向かう。

 講義室にはもう何にか友達が集まり始めてた。


 挨拶しながら机に座り、課題のことなんかを話してたらすぐに授業が始まった。

 授業を聞きながらも頭の中は、玲衣くんのことでいっぱい。


 午前中の授業が終わってお友達にバイバイしてから待ち合わせしてる食堂に急ぐ。

 今日はぼく方が早めに着いた。そのまま入り口で待つ。  


 少し走ってきたから、待つ間に息を整える。


 玲衣くんを待たせなくてよかった。




 玲衣くんが廊下の奥からゆっくり歩いてきてる。

 その姿に目を止める。

 

 すっとした姿勢と小さい顔。

 玲衣くんの周りだけ、少し空気が違う気がする。

 

 (玲衣くん。やっぱりかっこいい……)

 


 ざわついてる食堂前。

 でも玲衣くんの周りだけは、静かな空気が流れてる。

 

 手を上げようとして、少しだけ腕を上げた。

 玲衣くんの方がぼくに先に気がついてくれた。


 目があった瞬間、玲衣くんの表情が変わった。


 少し遠目なのに、玲衣くんがにっこり笑ったのがわかる。



 (玲衣くんの笑顔、やっぱり好きだな)



 ぼくに向けて手を振ってくれる。

 

 玲衣くんがぼくを見つけてくれた時、目を少しだけ細めて嬉しそうに笑うその顔が好き。



 (ぼくだけが知ってる……玲衣くんの顔)



「伊吹待った?ごめんね」

「全然待ってないよ!ぼくも今来たところ」


 玲衣くんと肩を並べてそんな話をしながらカウンターに並ぶ。


「玲衣くん今日は何食べる?」

「そろそろ暑くなってきてるし、あんまり食欲ないかも」


「ダメだよ!ちゃんと食べなきゃ!いぶきと一緒に唐揚げ定食にしよ?」

「そんなに入らないよ。うどんにする」


「もぉ。玲衣くんバテちゃうよ」

 ほっぺたを膨らませて玲衣くんをみる。


「伊吹のご飯が1番美味しい。それ食べてるからばてないよ」

 玲衣くんそう言って、当たり前みたいにふわっと笑った。


 玲衣くんとはずっと一緒にいるのに、いまだに胸が高鳴る。


 空いてる席に2人で向かい合わせに座る。

 食べながら、ぼくが話してるのを玲衣くんは静かに聞いてくれる。


 玲衣くんはいつも、ぼくの「好きなことを話を聞きたい」、「伊吹は今何に興味ある?」なんて言ってくれる。


 だからぼくも玲衣くんの前ではなんでも話せる。

 



「れい――!」



 玲衣くんのことを呼んでる?


 食堂の入り口ですっごい大きな声で玲衣くんと同じ名前を呼んでる人がいる。

 ザワザワしてる食堂の中でも声が通る人だな。


 その人はキョロキョロ食堂を見渡してだと思ったら、真っ直ぐにこっちに歩いてきた。


「いたいた。れい!!」


 玲衣くんの隣に座って、ガッと玲衣くんに肩を組んでる背の高い男らしい顔をした人。

 うどんを食べてる玲衣くんに遠慮なく話しかけてくる人。

 

 だぁーれぇ?

「櫂くん。なに?」


 玲衣くんはその人に肩を組まれても驚くこともなく、うどんを食べてる。

「午後からの授業のレポートまだできてないんだわ。わりぃちょっと付き合ってくれ」


 その人は、今度は愛嬌のあるニッて顔をして、顔の目の前で手を合わせてお願いのポーズをしてる。


「ぼくまだご飯食べてるから嫌だよ」

「後で俺がおにぎり買うから。なっ。助けてくれよ」


「ぼくじゃなくて、夏輝(なつき)とか晴翔(はるひ)に頼んでよ」

「いやーそれがあいつらもできてねぇーんだわ。なっ!頼む!俺たちを助けると思って」


 玲衣くんが断ってもぐいぐいお願いしてる。


 玲衣くんとかなり親しいのが会話からもわかる。

 玲衣くんはその人の話を無視するようにうどんを食べてる。


 玲衣くんがこんなことしてるの初めて見た。

 


 (いぶきの知らない玲衣くんだ……)



 胸がざわざわする。



 (なんか……いやだ……)

 

「ぼく今、ご飯食べてるし伊吹と一緒だから無理」

 温度が感じられない冷たい声。

 


 (玲衣くん……こんな声するんだ)



 ぼくの知らない玲衣くん。


 

「ねぇねぇ。君からもれいにちょっとお願いしてくんない?次の講義レポートできてないとやばいんだわ」

 

 その人は、ぼくの顔を見てきた。


 ビクッとしてしまう。


 ぼくに『頼む』と言いながら両手を合わせてお願いのポーズをしてくる。

 

 明るくて……なんだか、怖い。


 (魅力的な人……玲衣くんのそばにいるんだ)

 

「伊吹にそんなこと頼まないで」

 眉を顰めて、さっきよりもさらに温度がない冷たい声。

 

 玲衣くんのその態度を見ても平然としてる。

 

 

「いぶきくんって言うんだ。なっ。お願い。君からも頼んでよ」

 ぼくに、ぐいぐい近づいてくる、その人。

 

「玲衣くんお友達困ってるみたいだし、いぶきもう少しで食べ終わるから行ってきていいよ」

 玲衣くんにそう伝える。


「ほら!いぶきくんもそう言ってるんだから。れい早く行こう。時間ない」

 うどんが乗ってるトレーをその人はさっと取り上げた。  


 そのまま玲衣くんを椅子から立たせ。


 すごい……。

 強引なのに、この人がするとそう見えない。


 (きっと……明るい笑顔があるからだ)

 

 自分のペースに周りを巻き込めるだけのパワーがある人だ。

 

 玲衣くんも渋々と立ち上がる。

 玲衣くんを自分のペースで動かせるなんてすごい人。

 

「伊吹1人で大丈夫?一緒にくる?」

 玲衣くんはぼくをみて心配そうな顔で聞いてくれる。


 玲衣くんがぼくを気にしてくれてることに安心して、息を小さく吐いた。

 

 (玲衣くんと一緒にいく……そう言いたいのに…… )

 言えない。

 

「ううん。いぶきも食べたら次ちょっと遠い講義室だから行かなきゃ。玲衣くん行ってきて」

 なんとか絞り出してそう伝える。


「じゃあまた講義終わったら連絡する」

 そう言うと待ってる友達と一緒に食堂を出て行った。


 さっきまで気にならなかった食堂のざわめきが耳につく。


 この喧騒の中、1人ぼっち。

 言いようのない不安が全身を駆け巡る。


 (行かないで……そう……言いたかった)


 でも、喉の奥から声が出なかった。

 

 ぼくより、親しい人がいるの?

 聞きたいけど、聞けない。

 あの明るい人が玲衣くんの隣にいるのが怖い。


 ぶるっ。



 なんだか体が寒い、

 両手で体を抱きしめる。

 

 (怖いよぉ……、玲衣くん……)


 初めて玲衣くんを遠く感じた。



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