親切なエルフの村
俺の名前はクシコス・ボーン。龍星記や双眸の涙と言う2つのヒット作を飛ばしてそこそこ名の売れた小説家だ。最近は様々なトラブルに巻き込まれて散々な目に遭ったので、次作を書く前に編集者であり友達であるキールケから傷心旅行へ行く様に勧められたのだ。
ネットのオモチャと化した俺は様々なネット議論で引き合いに出され、過去のブログの発言まで掘り出されてはそれを引用してネット民の自己主張の矛やら盾やらにされている。
挙句に今は話題の人になってしまっているため会社からSNSでの発言は控える様に言われており、サブ垢で自身の名前と作品をミュートにしてネット生活を送る事を強いられている。
まあ発言力があると何気ない発言が意図せずアジテーションになってしまう事もあるのだ。仕方がない。裏垢はロム専に限る。
俺はクレマチスと言う町から電車とバスとフェリーとヘリを経由して南国のイナサワへ向かっている。何でも世間の喧騒を忘れてゆったり休むにはちょうどよいらしく、中にはその雰囲気を好んでお忍びで来るセレブも多いそうだ。
窓から外の景色を眺める。深い深い森が広がっている。イナサワへはまだ着かないのか…。せっかくの休暇だと言うのに、生活習慣からか時間を気にしてしまう。
「バカンスってのは心のゆとりを持つ所から始まるのかもな」
何て言ってると何やらビープ音が鳴り出したり、変な匂いがしたり、ヘリが変に揺れだしたりする。
「おいおい、大丈夫か?」
「いえ、すみません…ちょっと不調みたいで。一度近くに着地しますね」
「こりゃいいバカンスになりそうだな…」
操縦士の言うには近くにオトモギと言う村があるらしく、そこにある簡易ヘリポートに着地する事になった。観光地に着いてからばかりか、着く前からトラブルとは…。
しばらくメンテナンスしていたが、応急用の部品やこの村にある物では修理が困難らしくしばらくはこの村から動けないらしい。契約の補償の範囲内だったため宿泊費と食費はヘリの会社が負担してくれるとの事で金券を貰った。元々は場当たりな旅をしようと思っていたので泊まり先の予約をキャンセルしなくていいのは幸いだ。
聞いた話によればオトモギは極めて珍しく比較的近年に村を外の世界に開放したばかりの、閉鎖的な生活を続けていた、一般的には古代エルフと呼ばれる者達の村らしい。
正直に言うとしばらくエルフは勘弁願いたい所だったが…。今はそうも言ってられない。俺はどこか泊まる所を探した。
エルフとは往々にして思想が尖ってる事が多い。近年のエルフでさえその元々の気性が表れやすいので、古代エルフとなればどんな物だろうと不安に思っていた。しかし、いざ蓋を開いて見ると意外に人間に対して友好的で驚いた。道すがら挨拶してくれるエルフも多い。
パッと見た感じは肌はやや緑色を帯びていて、宝石の様な青い眼が美しい。全体的にスラっと引き締まった肉体をしている。俺の身長が低い事もあるのだが、それを差し引いても彼は高身長であり隣に並べばまるで大人と子供の様である。
宿をどこにしようか考えていると、エルフの女性が声をかけて来た。彼女はサラヤと言うオトモギの村長の娘らしく観光客の案内をしているのだそうだ。泊まる宿を探していると伝えると案内してくれる事になった。
彼女の話によれば彼らはオニナキ族と言うエルフらしく、元々から人間との共生を目指していたため閉鎖的な村を作るのが他のエルフより遅れてしまったらしい。結果的に文明から非常に離れた所に村を築かざるを得ず、他のエルフ達が里や村を開いて人間文化に馴染んでいた事を永らく気付かずにいたようだ。
「良ければこの村を案内しますよ!」
「いえ、今はまず荷物を置きたいのでまず宿に行きたいです。でも観光はしたいので外食店とかお土産屋とか近くにある宿の方がいいですね」
「それならよい場所を知ってますよ」
サラヤはにこやかにそう言うと、民宿マドワーゼに案内した。彼女の経営している民宿らしいのだが、確かに外食店やお土産屋は近くにある様だ。変に建物が近代化されていて景観を損ねている気がしたがそこは突っ込まない事にした。
民宿には扉がなかった。何でもサラヤの家を改造して民宿にしてあるらしく他の建物と違って構造から大幅に近代化が進んでる訳ではない様に見えるが、ちゃんと電気は通っているようだ。
店に入るとカウンターには背の低い…。エルフ??肌の色は緑色がサラヤ達よりもくすんでいて淡い。個人差なのか??ゴブリンの様にも見えるが骨格はかなり人間やエルフに近い。
「エルフ…?」
「ゴブリンだぜ。エルフの血も入ってるがな」
かすれた声で喋るゴブリン。
「ケケケ、永らく閉鎖的な環境にいると変な気を起こすエルフもいるって事さ」
この捻くれた感じは確かにゴブリンっぽい。サラヤはその長い腕を伸ばしてゴブリンにデコピンする。軽い動作で行われたにしてはゴッと鈍い音がしてゴブリンは向こう側に仰け反って倒れる。
「お客様の前でしょうが!全く…。すみません、ハゥサは根は悪い子じゃないんです」
あのゴブリンの名前はハゥサと言うらしい。サラヤはカウンター側に立つとチェックインの手続きを行う。サラヤは施設について簡単に説明をしてくれるが、後ろで倒れているハゥサはピクリともしないが大丈夫なんだろうか?
一通り宿の説明を終えると彼女は後ろ頭を掻きながら面目なさそうに説明を加える。
「それから、大変申し訳ないんですが入浴設備はないので何卒ご了承ください。水浴び場ならありますが…脱衣所などもなく、混浴です」
「分かりました」
「では、お部屋に案内しますね」
俺は彼女に付いて行き、泊まる部屋に向かった。
「では、また何かあればお気軽に申し付けくださいね」
そう言ってサラヤは去って行った。幸い個室には扉がある様だ。木製ならではの独特な匂い、至る所で使われている毛皮、明らかにお手製のベッド。旅行に来たと言うワクワク感がある。俺はベッドに横になってスマホを確認する。電波は問題なく繋がる様だ。
キールケから無事に着いたかどうか心配のチャットが来ている。下手に心配をかけたくないので旅行をエンジョイしていると言う旨の返信をしておいた。
「…お腹空いたな」
旅行気分を楽しみたかったので、旅先で昼食をがっつり食べるべく朝は軽食で済ませていた。俺は体を起こすと宿を出て外食店を探す事にした。カウンターにはハゥサでもなく、サラヤでもなく別のエルフが立っていた。
俺はマドワーゼを出ると近くで煙草を吸ってるハゥサを見かけた。
「さっきのデコピン凄かったな。頭は大丈夫か?」
「へっ、人間様に気を遣われる程ヤワじゃねえや。まあ、ちと脳味噌が揺れたけどな」
「そうかい」
話を終えて歩き出すとハゥサに呼び止められた。
「今から観光か?」
「まあな」
「だったら案内するぜ。もちろんタダとは言わねえが」
「いくらだ?」
「ジャンボ肉巻き1つ。あそこのレッツ・ラのな」
目をやると小さな屋台があってそこで肉を焼いてるエルフがいた。一言に言ってもエルフは多種多様いるが、特に古代エルフにおける肉食は儀式的な意味合いを持ってる事が多く娯楽食として食べるケースはあまり聞かない。珍しい事もあるもんだ。
目玉商品らしくのぼり旗にも値段が書いてある。
「高えな」
「へへへ、そう言うな。どこの町からも離れてるせいで何を入荷するにしたって運賃がかかるんだ。おかげでこの村じゃ何でも高い。世知辛えこったな。だからこそ観光に失敗しない現地のガイドがいた方がいいと思うぜ」
「面白い事を言うガイドだな」
彼の言う事も一理あると思ったので俺はレッツ・ラ店に向かった。にこやかな笑顔を向ける店員に声をかける。
「ジャンボ肉巻きください」
「はいよー」
早速と財布に手を伸ばすが屋台の奥にギョッとする様な張り紙があった。
『SABRO決済できます』
SABRO決済が様々な国の電子決済として普及しているのは知っていたが、まさかこんな所にまで普及しているとは思わなかった。三郎も随分と手広くビジネスをやってるものだ。俺はアプリを開いて決済を済ませる。
それにしてもジャンボ肉巻きか…。値は張るが美味しそうだ。俺もお腹が空いていたので普通サイズの肉巻きを追加注文する。待ってる間、辺りを見渡すと村興しに力を入れてるらしく祭りの告知や宣伝のポスターなどがあちこちに貼られている。ただでさえ古代エルフのロマンをぶち壊してる建物や物が多い中、更に景観を悪くしているのは何とも言えない気持ちになる。
少ししてからジャンボ肉巻きと肉巻きが完成した。肉巻きは普通サイズで充分にでかいし、ジャンボ肉巻きに関してはもはや鈍器である。まあオニナキ族は身体が大きいので彼らからすれば驚く程のサイズでもないのかもしれない。
焼き上がったジャンボ肉巻きと肉巻きを受け取ると俺はジャンボ肉巻きをハゥサに渡した。周囲のエルフには奇異な者を見る様な視線が送られる。ハゥサはそれを受け取ると飲み込む様な勢いでジャンボ肉巻きを食べる。
「むはーっ。美味え。久しぶりのごちそうだぜ」
ハゥサは随分と美味しそうに食べる。俺も肉巻きを齧った。うん、ソースの味が染み付いてて美味しい。
「美味しいのはそうなんだが、久しぶりのごちそうは大げさなんじゃないか?結構稼いで見えるが」
多少は値は張るが手が伸びないほどの値段ではない。村長の娘の宿で働いているなら多少は金払いも良いんじゃないのか?
「基本的に俺達ゴブリンってこはエルフに良いようにこき使われる労働力だよ。俺達は多少賃金が出るだけマシだが、それでも雀の涙ほどなもんさ」
「お前はエルフの血を継いでるんじゃないのか?」
「だから高貴な者に仕えてるだろ?その辺の奴隷ゴブリンとは訳が違うぜ」
ハゥサの目線の先にはよく分からない機械を運んでたり、建物の改装のために働いていたり、変なダンスの練習をさせられているゴブリンの姿があった。ずる賢くサボってるゴブリンもいる。
「これだけ近代化が進められてる村でまだ奴隷制が残ってるのか…。村は開放されたんだ。どこへなりと行けばいいだろ」
「ゴブリンの扱いなんてどうせどこも大して変わんねーよ。…待てよ、ひょっとして今時のゴブリンの扱いって滅茶苦茶いいのか?」
そう言えば地元ではあまり見かけないしネットではあまり話題に上がらないので実際どんな扱いを受けてるかは分からない。エルフの話題はよく聞くんだけどな。フィクションではよく見かける割に現代のゴブリンには興味なかった。ちょっと申し訳ない。
とは言え、町中歩いててもそんなに見かけないしなぁ。俺は試しにインターネットで現代ゴブリンについて調べる。検索の上位に並んだ記事を上から目視する。
・行く宛のないゴブリン、ひっそり野生化する
かつてはエルフの奴隷として扱われたゴブリンは現代では言葉さえ話さない野生のモンスターと化している。原因は…
・ゴブリン店長、店を開く
ゴブリン男性が長年の夢だったカフェをオープン。店の雰囲気は良く店の拘りなどを語ってくれた。しかし立地条件が悪く来客は…
・【何故】開き続けるエルフとゴブリンの社会的な扱いの差。人権カーストの闇にメスを入れる
近年、人間により迫害を受けたエルフへのアファーマティブ・アクションが活発的である。一方、同じく被差別の歴史を持つゴブ…
・【必見】知らないと損する、全自動コブ虐編成を徹底解説!
強化素材マラソンのために毎日ゴブ虐に明け暮れる冒険者諸君、全自動ゴブ虐編成をご存知だろうか?もちろんSSRキャラは不用…
見なかった事にしたい記事が上に並んだ。俺はスマホを閉じてハゥサの肩をポンと叩いた。
「そのうちいい事あるさ」
「よく分かんねえけど、現代でもゴブリンの扱いはあんまり良くねえのははっきり分かったぜ…。それはそれとして約束通りオトモギを案内するよ」
「それじゃよろしく頼むよ。お腹が空いてるから、まずは外食店を紹介してくれ」
「あいよ」
ハゥサはそう返事すると外食店を複数教えてくれた。ここへ来る途中もそう感じたが、エルフの村にある事に違和感のある様な料理屋が並んでいる。何だろう、観光名所のすぐそばに見慣れた外食チェーン店がある様な違和感。品揃えは豊富だが、地元で少し歩けばどこでも見かける物ばかりでエルフの村に来たと言う異国情緒的な食べ物が殆ど見当たらない。
しかも店員達からの熱烈な視線が気になる。ニコニコしている笑顔がむしろホラー映画みたいに不気味に見える。ゴブリンが未だに奴隷扱いされてる事を除けば治安が悪いわけではなさそうだが…。
俺は比較的現代化が進んでいない様な質素な料理店に入った。内装はプラスチックの机に木製の椅子、金属の照明に変なオモチャのインテリアとまあ、何というか、何とも言えない雰囲気になっている。
ゴブリンが持って来たやや粗い木の板のメニューにはグリッターペンで書かれたらしいケミカルカラーの文字が躍っていた。もうここまで来ると一周してセンスあるのかもしれない。
メニューを見ると見慣れない虫の料理や砂糖菓子がある。俺はそれが気になった。何でもいい。とにかく異国情緒に触れさせてくれ。俺はそう思い店員のエルフを呼んで注文しようとしたが、店員は困った顔をする。
「ええっ!?…ちょっと待っててください、在庫を確認してみます」
そう言うと店員のエルフは小走りで台所へ向かう。ハゥサはヘラヘラと笑う。
「へへへ。最近じゃこう言う料理はウケねえからって積極的に外の世界の流行を取り入れてるから、この村の郷土料理に使う材料の入荷は減ったんだ。あるといいな」
「珍味も含めて旅行の楽しみの1つなんだがな…」
それから困り顔で店員が戻って来る。やはり在庫切れらしい。仕方がないのでサラダや汁物を注文する。ハゥサの分もいるか尋ねたが彼は遠慮した。
やがて運ばれて来た料理を食べる。うん、時々気分転換に行くファミレスと同じ味だ。いや、美味しいのは美味しいんだが…。
食事を終えるとヘリ会社から出た券を使って勘定を済ませて外に出た。それからハゥサの案内に従って観光地へ向かう。最寄りの観光地は村長の家だった。家の1階はガレージの様に開かれていて、そこでエルフ達が集まって会議している様子が見える。
黒板にはどうすれば外の世界の流行に追いつけるか、オトモギをより良い観光地にするにはどうすればいいか、外からの移住者を増やすにはどうすればいいか、人間目線で見てこの村に何が足りないのかなどの議題が書かれている。
そこは人間視点が抜け落ちてるのではないか、人間への配慮が足りてないのではないか、エルフ中心的な考えに陥ってないかなど様々な意見が飛んでいる。俺はやり取りを見ていて1つ気になった事がある。
「人間的な観点が必要と言う会議をやるのに人間は不在なのか…」
思わず困惑した。ハゥサはケタケタ笑う。
「誰を呼べばいいか分からないんだろうな。お前、人間代表として行ってやれよ」
「やめとく…」
村長の家を横目に通り過ぎて行くと、議論が余程白熱しているのか「このエルフ野郎!」という言葉が飛び出したりしていた。エルフ野郎て。
村外れの空き地には年代ごとの家が作られていて、実際に中に入って見たり触れたりする事ができた。閉鎖的な村ながらも知恵と工夫が凝らされていて、水害や火災、ネズミ対策などに備えた様々な創意工夫が凝らされている。
この村に入った時からひょっとしてそうではないかと思っていたが、やはりエルフにしては珍しくオニナキ族は魔法を好まない傾向にある様で彼らの発展には科学と技術が重視されているのが分かる。
かつては魔法と言えばエルフでありどの種族よりずば抜けて上手く扱えたので、彼らにとってもアイデンティティの様な物である。宗教は普通にある様なので、何故この村はこれほどまでに魔法に関心がないのか気になった。俺は梯子を降りながらハゥサに尋ねる。
「ハゥサ、何でオニナキ族は魔法を敬遠してるんだ?」
「え?ああ…何て言ってたかな。魔法の元となる魔力は、魔物を形成するナンタラで…邪悪…。やっぱ分かんね。サラヤに聞いてくれるか?」
「いやまあ、大体分かったよ」
魔物の誕生と体の維持には魔力が不可欠だ。なので魔物の体を構成する要素である大気中に含まれる魔力(厳密には魔素)を邪悪とする宗教は特に古い時代には良くあるのだ。オニナキ族もその類なのだろう。
建物の外には製鉄技術もそこそこあったようで鉄を使ったカラクリ的な機械や農機具も展示されている。動物の家畜化や愛玩動物化はされてない様だ。この森で肉に困る事は滅多になかったらしい。愛玩動物ぐらいはいても良さげではあるが…。
「ん?」
展示物の1番奥にはゴブリンの精巧な像があった。俺はまじまじと眺める。タイトルは「サボり好きのゴブリン」と書いてある。
「良くできてるな。剥製か?」
「へへ。本物だぜ。そいつは真面目で働き者のゴブリンだがな」
ええ…。思わず困惑していると、つい先程まで像だと思っていたゴブリンが動いてこちらを向いた。
「真面目にコツコツと働いてるとこう言う仕事も回ってくるんだぜ!その辺で血汗流してる連中と、ここで座ってるだけの俺と賃金が同じなんだからいいもんだろう?羨ましいだろハゥサ!」
「俺は日の下で働くのはヤダね。肌が焼けちまうだろ?ヒヒヒ」
「嫌味なヤローだぜ」
お互いに軽口を叩いてるが仲は良さそうである。彼はこの仕事がラッキーだと言ってるが、俺ならお金をもらってもこんな所で展示されて座り続けたくはないな…。
「お疲れ様」
労いの言葉をかけるとゴブリンは自身の膝をペシッと叩く。
「どうせくれるなら労いの言葉より酒がいいぜ!兄ちゃん、酒くれや!」
腹立つなぁ。真面目で働き者のゴブリンでこれなのか。
「一応言っておくと勤務中の飲酒はルールで禁止されてるぜ」
ハゥサがケラケラ笑う。俺は酒代の小銭を取り出すとゴブリンに握らせた。
「まあ仕事終わりに楽しむんだな」
「観光客ってのは気前が良くてならんな。この仕事がやめらんねえ」
俺はゴブリン像?を後にした。
一通り見てしまったが、思うに建物にせよ機械にせよ説明不足が甚だしい。今回はハゥサが同行してくれた事で様々な説明や補足をしてくれたが展示物にある看板には殆どの情報が載っておらず不親切だ。また、ハゥサは不正規のガイドであり、彼に尋ねても観光案内の正規的なツアーガイドもいないそうだ。サラヤに頼めばやってくれそうだが、初見でそんな事は分からない。この村は正規にツアーガイドを用意すべきだ。
観光客はこれらに対する丁寧な説明が聞きたい、知りたいと思うはずだ。現地民からすればかつてありふれたつまらない物らしい。実に勿体ない。
リメイク版の双眸の涙と言う小説を書く時にエルフの勉強をした事があるのだが、古代エルフの文化は資料として見る事はあっても実物を確かめに出かけたりはしていなかった。小説で書くには些かマニアック過ぎる気がするが、魔法を敬遠するエルフと言う設定は中々面白いのでいつかネタにしたい。
観光を終えて来た道を帰っているとハゥサがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「ククク、何か気付いたか?」
「え?」
ハゥサの質問に首を傾げる。何の事だろう。答えられないでいる俺の顔を見てハゥサは尚も愉快そうに笑う。
「気付かねえか。お前が寝泊まりしていた宿、外食店、このエルフの家の模型。階段やら食器やら家具やら、全部お前ら人間にサイズを合わせてあるんだぜ。不便しねえと思わなかったか?」
「あ、ああ…。言われてみればそうだな。人間中心の社会に生きてるから意識していなかった」
ハゥサの指摘に思わず面食らった。現代のエルフはそこまで身長は高くない。人間サイズに合わせててもそこまで不便しないのだ。あまりに自然過ぎて気付かなかった。
まさか粗探しに夢中になってこんな所にも気付けないとは、創作家としてはかなり手痛い視点の抜け落ちだ。反省しなければ。
「オニナキ族…つまりここの長身のエルフ達は人間に合わせるためだけに皆揃って不便な生活を我慢してるのさ。俺達ゴブリンにとっちゃあおかげでかな〜り快適になったがな」
そう言うとハゥサは村の家を指差す。基本的にこの村の家は高床式なのだが、よく見ると階段は一段と一段の間に1枚ずつ追加されてある。板の色が少し異なるのは分かっていたが、そう言う模様やデザインだと思っていた。しかしそういう模様なのではなく人間のために追加したためなのだ。観光地ばかりか全ての家が人間の移動に不便しない様にしてある。
俺は感心を通り越して困惑した。
「やり過ぎだろ…」
「村を開放したオニナキ族も外の世界に馴染むために必死って事さ。だがな、ここの連中をこうさせたのはお前ら観光客のせいでもあるんだぜ」
「え?」
「村を開放した当初は古代エルフの文化を生で見られるって話題になって大勢が押し寄せたんだよ。だがな、ここに来たお客様方々は次々にあれがない、これがないってゴネたんだ。そして勝手に騒いで勝手にいなくなって行った。遅れて近代化を進めた頃には閑古鳥。哀れなもんさ」
俺は苦笑いしかできなかった。
その後、ハゥサは観光地を色々と案内してくれたがここはもっと魅力を引き出せたのではないか、魅せ方を変えたら…など様々な事が頭に過る。外から見たアピールポイントが内部からでは分かりづらいのは惜しい所に感じた。
観光コンサルタントか地域プロデューサーを雇った方がいいんじゃないか?とは思ったが、彼らはそんな事を知る訳もなく、また近年ではそうした肩書きを名乗る詐欺師もいるため迂闊にネットで調べた人物や企業も紹介できない。
そうしてモヤモヤした気持ちを抱えながらも日が暮れると俺はハゥサと別れた。追加の駄賃を渡すとこれでまた一杯酒が飲めるとご機嫌そうだった。
この村は観光地化する事で外の世界と馴染もうとした。それでも知識が足りてないから長期的な戦略が組み立てられなかった。流行が過ぎ、この村は少しずつ破滅に向かっていると言うのにどうして誰も手を差し伸べないんだろう?小さな義憤に駆られたが、思わず笑ってしまった。
俺と同じである。悲劇も喜劇も客席から眺めたいのであって、舞台に上がるのはごめんなのである。俺は道端で寝ている酔っ払いゴブリンを跨いでマドワーゼへ向かった。
夜になると俺は郷土酒を買うのを忘れてた事を思い出す。バカンスの夜に酒がないというのも寂しいが、まだ開いてるかも分からないのに、こんなに暗くなってから買いに行くのも億劫な気持ちだ。日を改めて買いに行くべきか、今すぐにどこかお酒を売ってる所を探すか悩む。
そうこうしていると誰かが部屋を訪ねて来たらしい。部屋にドアはないが、壁をノックする音が聞こえる。返事をするとサラヤが入って来た。
「オトモギはいかがですか?エンジョイできてます?」
「ええ、まあ…」
もう今日1日で殆どの見所を回ってしまってもうほぼやる事がない。普段の旅行なら3時間ぐらいかけて観光して次の観光地で宿泊する程度の濃さである。これ以上のリアクションが思い浮かばなかった。
「う〜ん…現代人的には微妙だった時のリアクションのそれですね…。難しい」
サラヤはうなりながら頭をペシッと叩く。それから思い切った様子で俺に話を持ちかける。
「ボーンさん、オトモギのお酒は飲みましたか?」
「まだ飲んでませんね。これから酒を買いに行くかどうか悩んでた所です」
「それならちょうど良かった!ボーンさん、ちょっと付き合っていただけませんが?1杯奢りますよ?」
そう誘われては断る理由がない。現地民のお勧めなど聞けるなら尚の事良い。俺はサラヤと一緒に彼女のオススメのバーへ向かった。
彼女の言うバーは元々は様々な生活用品を作るための作業場を居抜きして作られたらしい。現代化に当たってこの建物が使いづらくなったため新たな工場が別の場所に作られてるのだそうだ。古くなっていた事もあり取り壊ししようかと言う話も出たが村人の1人がバーをやるために買い取ったらしい。
村では懐古主義と笑われているミニキワと言うエルフが経営している。彼女はサラヤの年下の友達らしい。テクノ系の音楽が店内に響いていて独特の雰囲気がある。中には数人のエルフが酒を飲みながら寛いでいた。
「彼女、子供っぽいですけどちゃんと成人してるんですよ。ちょっと幼い印象受けますよね」
確かにサラヤの言う様にミニキワは他のオニナキ族に比べてやや身長は低く顔も童顔ではあるが、それでも俺より頭2つ分は身長が高い。まだこの村で子供に会った事がないのでオニナキ族の子供がどんな容姿をしているのか分からないが。ミニキワは俺に向かってにこやかに手を振る。俺も手を振り返した。
「…あれ、そう言えばサラヤさんは俺が大人に見えるんですね」
俺も同族の人間から時々未成年と間違えられる。サラヤは年齢を聞く前に俺をお酒に誘っていたが…。
「えへへ、実は私、ボーンさんのファンなんですよ」
照れくさそうに言うサラヤ。バッグからリメイク版の双眸の涙を取り出した。リメイク版かぁ…。
「私、これ大好きなんですよね。特に主人公のミヘラって獣人の子!とても強いんですけど繊細で、その2面性が魅力的なんです。ディギンスって言うトリッキーな人間の子がまた可愛くて…」
リメイク版の双眸の涙はリアルで色々とあって複雑な気持ちになる作品ではあるのだが何だかんだ思い入れのある作品でもある。滅茶苦茶な注文を受けながらも何とか書き上げた作品なので、まあ気に入ってくれる人がいてくれたのは普通に嬉しい。
ミニキワは頬杖を突いて呆れ笑いをする。
「サラヤさん、ボーンさんの作品にハマってからは本を読む度に私に報告して来るんですよね。おかげで私も詳しくなっちゃいました。それでお二方、今日は何を飲みます?」
そう催促されるとサラヤは恥ずかし気に顔を赤らめて席に座る。
「こほん、すみません興奮しちゃって。それで、ボーンさんはお酒は何にします?」
「この村の郷土酒が飲みたいですね」
サラヤはそれを聞いて嬉しそうに笑う。それからカウンターに向かいながら声をかける。
「うふふ、いいですね。それじゃオトモギスを2つお願い」
「は〜い」
ミニキワは返事をすると甕からカップに注いで俺達に出した。
「甘くてジュースみたいですけど、度数は高めなのでチビチビ飲む事をお勧めしますよ」
そう言ってサラヤはカップを持ち上げてこちらに向ける。お互いに乾杯してからお酒を飲んだ。口当たりはヌメッと粘性があり、果汁100パーセントのジュースの様にどろりと甘い。確かに言われなければお酒とは思えない。
かと思えば後味はすっきりしている。これは美味しい。俺は思わず一口、二口と飲んでしまう。
「これは美味い」
「んふっ、でしょう?オトモギスにはこのおつまみが合うんですよ」
そう言ってサラヤはミニキワが小皿に出した。パッと見はナッツ系に見えるが、よく見ると縞々模様のある成虫や何かの幼虫らしい物が入っている。ゲテモノ系はあまり食べないが、こう言う珍しい物を食べるのも旅行の楽しみ方である。
意を決してつまんで口に運ぶ。カリッ、シャクシャク…。
「う、美味い!!」
食感や味はスナック菓子に近い。虫は表面はカリッとしていて甘辛く、ほんのり苦い(特に成虫は苦味が強め)。ナッツ系のまろやかな味が苦味をオブラートに包んでいるからいくらでも食べられる。おつまみを食べて、オトモギスを飲む。これは確かに合う。
飲んでるうちにあっという間に1杯飲んでしまった。ここに来てからがっかりする事も少なくなかったが、このバーだけでも充分にこの村に来た価値があるというもの。
「気に入っていただけると思ってましたよ〜」
サラヤが上機嫌そうに言う。
「まあ最近の地元民は外国の料理やお菓子の方を好き好んで食べるので、こう言うのを提供するには自分で採取に出かける必要があるんですけどね。ミニキワには感謝、感謝です」
そう褒められてミニキワは照れくさそうに「ナハハ」と笑う。そう言えば昼食に出かけた店も郷土料理の材料を切らしたりしていたな。一応、店で提供する分まで採らなくなっただけで未だに自分達で食べる分には採取に出かけたりしてると言う補足をしてくれた。
また、山菜の採取は特に紛らわしい物が多くてゴブリンに任せると毒草を採って来たりするので、こればかりは任せられずオニナキ族が自ら採取する必要があったり手間がかかるのだそうだ。
その後、知りたかったオトモギやオニナキ族の話を聞いたり、お勧めのお酒を飲んだりした。サラヤの話は観光地にある説明分より非常に詳しく、また営業トークが上手い物で酒をしこたま飲まされた。
後日、SABRO決済の利用金額を見て驚く事になるがレシートを見れば納得の金額で、またそれだけの価値はある話が聞けたと思う。オトモギスはお土産店でも売ってるのだが、ウォーギマーと言うお酒はここでしか飲めないと聞いて残念だった。
ちなみに酔い潰れた俺を宿まで運んでくれたのはサラヤである。マドワーゼまてま抱きかかえながら部屋に向かう所をハゥサに見られたらしく「シパキア!(結婚を祝福する言葉)」などと言われ、ビンタを食らわせたらしい。朝から壁に身体がめり込んでいた。引き抜くのは大変だった。懲りない奴である。
朝になると俺はヘリの会社に電話してイナサワへ行かずオトモギで休暇を過ごす事にした。キールケにもそう伝える。確かにオトモギはもう殆ど観光する場所がない。オニナキ族からの気遣いがバカ丁寧で少し居心地も悪い。
しかし、この村にはまだ眠っている興味深い物が沢山ある。それは現在進行系で、急進的な近代化によって失われようとしている。彼らにとって何の変哲もない物、見向きもしない物にこそ外から見れば価値があるのだ。
残念ながら俺には地域振興のための専門知識も技量も実績もない。しかし彼らの現状を放って置く気にもなれない。そこで俺は出版社にかけあって自費でいいからオトモギとオニナキ族について取り扱った本を出版したいと相談した。案外快く承諾され、仕事としてオトモギに残る事になった。
村人にとってはしばしばショッキングな内容だったため、交渉の上手いキールケを挟んで相談した。さすがにキールケは慣れていて、彼らのプライドを逆撫でしない様に言葉を選び、ワンクッション置きながら話をした。本の内容については村長との共著と言う形でチェックしたり訂正できる事を条件に何とか許可が降りた。
本のタイトルは「親切なエルフの村」。所謂古代エルフ達が村を開いてから起きた事、一過性の流行で現地民を振り回す現代人の無責任さの事、生存戦略のためにアイデンティティを捨てたエルフ達の事などだ。また、彼らには健全な村興しをするための専門家が必要である事も含めている。
本の内容の一部はブログにて期間限定公開し、それをSNSで拡散したりして話題を引っ張りつつ発売にこぎつけるつもりだ。
人生初めてのエッセイにしては前途多難ではあったが、メディアやネットインフルエンサーの反応もあって滑り出しは好調だった。
俺は大きく体を伸ばすとキーボードから手を離して横になる。見渡すと私物がそこそこ散らかって来た。しばらくはマドワーゼにいる事になるとは言え、自宅みたいにしてはいかんな。とか思いつつ今は疲れて片付けをやる気力がない。
「やりがいのある執筆作業だぜ…」
「ケケケ、難航してる様だな。甘いものの差し入れだぜ。冷たいうちに食べるんだな、きっと頭が冴えるぜ」
そう言いながらハゥサが部屋に入って来る。オニナキ族は入室前にノックするがゴブリンはやらない。これは単にゴブリンが無神経なのではなく、そもそも入室前に相手に知らせるマナーは村を開放する前には存在せず、オニナキ族が接客を通して自発的に身につけただけであり、いくら教育してもゴブリンには馴染まないマナーなのだ。
ハゥサは机に果物を置く。皮は黄緑色、果実は白基調だが外側と真ん中は赤みがかっている。スプーンも一緒に置いてあるのでこれで食べろと言う事だろう。
「最近お前のツンデレ具合がクセになって来た気がするよ」
「勘違いしてるみたいだが俺は運んで来ただけで差し入れはサラヤからだぜ」
「ギザ歯が可愛いよ」
「重症だな。たまには仕事を休んでイナサワにでも行って来い」
オトモギにも大衆浴場…とは言えないが水浴び場がある。一応水は綺麗なのだが水温は低く人間の俺には厳しい。更に言えば神聖な場でもあるため体を洗うための洗剤が使えない。それで週に2回ぐらいは入浴のためにイナサワへ通っている。
オトモギへの道中は道を無理やり開拓してあり舗装はされてないため悪路となっており、タクシー会社も中々来てくれない。そのためイナサワにある小型ドラゴンタクシーを利用する事になるのだが、1時間30分揺られる事になるので腰への負担が凄まじい。(竜主に高級竜具を寄付した。そうでもしないと腰が逝く)
俺は体を起こすと早速と差し入れを食べる事にする。果肉にスプーンを入れるとスゥーっと入る。それから果肉を掬い上げて食べると甘くて美味しい。
「うーん、甘くて美味い。しかしどこかで食べた事ある味だな。何だっけ」
「察しがいいな。もう何度か飲んでると思うが、オトモギスはその果物から作られているんだ。ツパキェって言うんだよ」
「なるほど、どおりでね」
そう言ってまた一口食べる。俺はまたパソコンに向かって続きを書き始める。しばらく食べたり書いたりを繰り返していたが、ハゥサが部屋に留まってる事が気になった。
「仕事はいいのか?」
「俺、スマホもパソコンも持ってなくてよ。お前が書いてるエッセイとかって言うのがどんなのか気になるんだ」
「期間限定の記事なら読んでもいいぞ」
そう言って俺はページを開く。パソコンの使い方の説明を交えながらページを見せた。ハゥサは口を開けながら画面を眺める。ハゥサはカウンターで受け付けをしていたぐらいなので読み書きはできると思っていたがやはり分からない箇所は点々とある様で読みながら分からない事についてはよく俺に質問して来る。
キールケがちゃんと読んでいるので誤字脱字はないが、自分の書いた文章を目の前で見られるのは少し緊張する。時々うんうんと頷いたりしながら読んでいた。やがて現時点でのページを全て閲覧し終えた。
「へぇ。外の世界の人間にしてはよくまとめてあるな。素直に感心したぜ」
「調べ物は多いし村長との共著だから加筆や修正案で何度も話し合う事になったり大変だったけどな。まぁ現地民からのお墨付きを貰えるのは素直に嬉しい」
「それはそれとして気になるんだが、ゴブリンについての話はいつ出てくるんだ?」
「…………」
やべえ、普通に忘れてた。
「まだまだ公開されてる所のちょっと先に出て来るから、また新しい記事が出るまでのお楽しみだな」
「そうか。楽しみに待ってるぜ」
そうにこやかに答えると、俺が食べたツパキェを片付けて部屋から出て行った。
貴重な読者からのフィードバックも得られた事だし、もう少し頑張るか。俺は再びパソコン画面に向かって執筆作業を再開した。




