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【短編版】クトゥルーの呼び声〜目覚めた水の邪神〜

作者: ツキノ
掲載日:2026/04/29

甘党探偵月影ましろ〜ボクとブラックでスイーツな日々〜より。

https://ncode.syosetu.com/n7051ls/

「ふぅ……。ここのところ、毎日暑いですね」

「店内は冷房が効いてるとはいえ、厨房は暑いしなぁ……」


 冷房調整はアーバンの許可無しには行えない。ましろと鵜久森はじんわりと浮かんだ額の汗を拭う。

 本日の日替わりスイーツ、パイの上にたっぷりのトフィーとバナナ、コーヒーの苦味が効いた生クリームの乗ったイギリス菓子のバノフィーパイをホールに運んで帰って来たましろに、鵜久森が声を掛けた。


「そう言えばましろくん、最近この辺りに出来たナイトプールのこと、知ってる?」

「ナイトプール?」

「お酒の提供がないから全年齢対象で入場できるみたいだよ」

「へぇ……」

「反応がイマイチだね。ましろくん、プールが嫌いかい?」

「プールが、というよりはボク、泳げないんで」

「え!? そうなの?」

「はい。カナヅチなんです」

「浮き輪の貸し出しもあるみたいだよ」


 まるでアーバン・レジェンド全員で行くかのように話す鵜久森。……実際に、全員で行く予定で話しているのだろう。


「あはは……。そういうわけで、ボクは今回遠慮したいなぁ……なんて」


 そこへスマホの着信音が鳴り響く。赤羽根榴姫からだ。嫌な予感がする。


『もしもしましろクン?あろうが週末クトゥルフが絡んでそうな場所に調査に行くからそっちも来いってさ』

「……場所はどこ?」

『ナイトプールルルイエってとこ』

「ボクは今回遠慮したいなぁ……」

『フン。炎属性で水辺は苦手だからか?腰抜けめ。貴様、それでもギルドのリーダーか?』


 榴姫との通話の間に入ってきた鴉に罵られるが、ましろは平然と受け流す。


「ボクが行ったら、きっとまたお荷物になるよ」

『確かにな。だが、それとこれとは話が別だと思うぞ』

「うう。痛いところを突くなぁ……」


 戦闘の役に立たないのと、リーダーとして行かないのでは話しが違うことを鴉に指摘され、ましろは項垂れた。


「とほほ……。わかった。行くよ。行きます」

『ふむ。少しは見直してやろう』

『おけ?日時は今週の土曜日、18時頃集合ね』


 通話が終わり、鵜久森がぽんと肩を叩いてうんうんと頷く。


「ましろくん、行く気になってよかったよ」

「ああ……憂鬱です……」



 ◇◇◇



「うわぁー!ライトに照らされた水がきれーい」

「夜景が幻想的ですわ。読書が捗りそうです」

「来夢さん、水着に着替えているのに泳がないんですね……」


 ナイトプールを目の前にはしゃぐ綺羅々と、プールでも読書をする気満々の来夢に、メガネをかけていない林檎。


「どうどう?あたしたちの水着の感想は!」


 残念ながらない胸を張る綺羅々に、鵜久森が目を輝かせて「最高だよ!」と即答する。

 ビニールカバーをかけた本を片手に、ポニーテールに髪を結い上げた来夢はチラリとましろの反応を伺う。林檎はつい癖で無いメガネを押し上げる仕草をした。


「うん?似合ってると思うよ?」

「そこ。なんで疑問系なんですの?」


 大きな浮き輪を片手に抱えたましろは、三人娘の水着姿よりもパラソルの下でカップルが食べている特大フルーツパフェに注目していた。


「もー!ましろってば食べる気ばっかり!水着イベントなんて滅多にないのに!泳ぐ気ないなら浮き輪よこせー!」

「ああ、万が一に備えて折角借りたのに……」


 ましろから浮き輪を奪い、1番のりでプールへダイブした綺羅々と、綺羅々を追いかける鵜久森をどこか冷めた瞳で見るのは赤羽根榴姫。


「小鹿センパイって子供みたい。付き合うのカンベン」


 三つ編みを交えて結い上げたチェリーブロンド。髪の色に合わせた大人っぽい水着。ブレスレットにピアス。榴姫もあまり泳ぐ気はないようだ。


「榴姫、泳がないのか貴様は」


 鴉に聞かれた榴姫はましろの腕を取る。


「うん。パフェ注文しそうなましろクンとパラソルの下でだべってよっと!」

「え?」

「な、なんですって!?」

「何か文句ある?望月サン?」


 ニヤニヤと笑う榴姫に対抗し、来夢もましろの腕を取る。自分を挟んで火花を散らす2人を両手に、ましろはパフェを注文するべくカフェに歩み寄っていく。両手に花という自覚がない。


 鴉はゴーグルを付け、1人でさっさと泳ぎ始めた。


「ど、どうしましょう……」


 迷った末に、綺羅々と鵜久森の邪魔にならないようにと、林檎はましろの後を追いかける。


「んん……!ここにはパルフェがあるのかい!?」

「ましろクン、パフェとパルフェって同じじゃないの?」

「パフェは日本のデザートでアイスやフルーツ、生クリームを層にして盛り付けるのが特徴さ。パルフェはフランス発祥のスイーツ。アイスやソルベメインでグラスに美しく盛り付けるんだ。フルーツやチョコレート、ナッツを散りばめて見た目の美しさにこだわっている……フランス語で完璧って意味通りにね」

「へー、映えそうだからアタシもスクショしとこうかな」


 パルフェを注文したましろは、榴姫と来夢を連れてプールサイドのテーブルに腰掛けた。続けて3人も腰掛ける。


「まだかな、まだかなぁ」

「ましろさん、プールに来て浸かるつもりもないんですの?」

「浮き輪取られちゃったし……」

「新しくレンタルすればよいのでは?」

「一応言っておくけど、コレ、調査だかんな?ソコわかってる?」


 榴姫が肘を付いて首を傾げる。「わかってますとも」と、来夢が持っていた本に栞を挟んで表紙を見せた。


「『クトゥルーの呼び声』?」

「今急いで読んでいますけど、これにこのナイトプールの名になっている「ルルイエ」が出てくるという話しですの。他にも、ルルイエ異本という架空の魔導書があるとか……」

「架空かぁ……。クトゥルフが実在していることだし、実際にありそうだよね」

「それを読んだら、新しい魔法が習得出来たり……!?」

「さぁ、どうだろうね?」

「新しい魔法ね……。ましろクン、炎属性の他にも覚えたいカンジ?」


 榴姫に問われ、ましろはうーんと考え込んだ。


「確かに……。今回みたいに水辺の調査だとお役に立てないし、炎属性以外も習得できるチャンスがあれば、ね」

『その望み、ボクが叶えてあげようか?』


 頭の中に聞いたことが無い女の子の声が響き、ましろは首を傾げる。


「え……?ラプス、今何か言った?」

『いいや。何も』


 途端、プールの中に巨大な水柱が上がる。爆発したかのような水音と同時に鳴り響くファンファーレ。ナイトプール全体に結界が張られた。


「な、な、な、なんですの?!?」

『気を付けて!!領域展開だ!!』

「ええー!!まだパルフェ食べてないのにー!!」

「ははっ!どうやらそれはお預けみたいだな!」


 突如聳え立つ、水流るる螺旋階段をましろたちは見上げるしかない。


「……どうやら、これの最上階に上がるしかない?」

『水の中じゃなくてよかったじゃないか』

「そう言う問題ではありませんわ」


◆◆◆


「皆さん、危険なので水の中には入らないでください!」


 プールサイドで鵜久森がクトゥルフの物語ソネット領域展開に巻き込まれたナイトプールの利用者たちを誘導する。

 プールは底なしになったかのように深くなっていた。水面がまるで深海のごとく黒々としている。


「きゃあ!何!?」

「ば、化け物!?」


 カップルが指差す方向を見ると、螺旋階段の隣合わせになっているウォータースライダーから、タコに似た……しかし、口から複数の触手が生えた生物が何匹も滑り落ちてきていた。


「はあっ!!」


 鵜久森がスペルカードを顕にし、双剣で化け物を薙ぎ払うと、化け物は黒い霧となり霧散する。


「上を目指す方と、ここで利用客を守る方に別れたほうが良さそうですわね」

「うん。そうだね」

「おい!さりげなく居残り組に混ざろうとするな!」


 居残り組になりそうな雰囲気の鵜久森と綺羅々に歩み寄ろうとしたましろを、鴉が止めた。


「ましろはリーダーなんだから、上を目指す組じゃないとダメだよー。はい、浮き輪返すね」

「ボク、今回は役立たずだから直ちに追放されたい……」

「追放イベントなんて発生しないぞ。役立たずでもついて来てもらうからな!」

「夜闇さんが仲間思いで良かったじゃないですか、ましろさん」


 綺羅々から浮き輪を受け取るましろ。居残り組側に居る林檎が、ましろに声をかけるとましろは項垂れた。


「うう……。ボクのことはいいから先に行って!なんて、言いたい気分だよ……」

『往生際が悪いよましろ。観念して僕らについてくるんだ』


 ラプスは既に螺旋階段に登り始めている。水の流れはあれど、水圧はラプスでも前に進めるほど弱いようだ。


わたくしは箒で追わせてもらいますわ」


 来夢はスペルカードで顕にした箒に横乗りになり、ゆっくりと浮上する。


「あっ、来夢!ボクを後ろに乗せる気はない?」

「ましろさんを乗せると、後方支援の際にバランスが取れなくなってしまいますわ」

「ダメかぁ……」

「フン。オレたちの後ろからついてくるんだな」

「ましろクンはアタシが守ってあげるから安心しなよー」

「わ、わたくしだってましろさんをお守りしますわ!」


 上空と地上でもバチバチと火花を散らす来夢と榴姫。鴉はロングソードを構えて螺旋階段を駆け上がった。


「あ、待ってよー」


 ましろも浮き輪に身体を入れてから後に続く。殿はスペルカードで槍を顕にした榴姫に任せた。


「……なんだ、このドアは」


 浮上した螺旋階段の中心の太い柱には、無数のドアが付いている。


「ふふふ……。気になるなら開けてみる?」

「いや、いい。時間のムダだ」

「ちょっとだけ……」

「あっ!おい!」


 最初のドアを素通りした鴉の後から、ましろがドアを少しだけ開けて中を隙間から覗き込むと……暗闇の中で無数の赤い瞳らしきものがこちらをギョロリと見た。

 ましろはそっとドアを閉めて見なかったフリをする。


「他のドアも気になるけど、開けないで進もう」

「だから最初からそう言ってるだろ!開けたら後始末を誰がすると思ってる!?」


 怒鳴る鴉の先にあるドアが勝手に開き、中から透明なクラーケンが飛び出してきた。


「ちっ!言わんこっちゃない!」

「ぼ、ボクが開けたんじゃないからね!」


 襲いかかってきたクラーケンを鴉はロングソードを両手で握り締め、真っ二つにする。真っ二つにされた身体が水に流され滑り落ちていく。


「クラーケンは北欧を中心に語り継がれる海洋怪物ですわ」

「クトゥルフとは違うじゃない?」

「……生みの親とも言えるラブクラフトは、タコやイカなどの海洋生物が苦手だったらしい。それらに対する恐怖心から生まれたのがクトゥルフ神話だという説もある」

「へぇ……。ウォータースライダーから落ちてくるのと違って霧散しないね。タコやイカに似てるけど、食べられるのかな?」

「人の話を聞いてるか?菓子を持たずとも食い気ばかりだな貴様は」

「たこ焼きでもイカ焼きでも、甘だれに漬けてくれれば味を感じるよ」

「海洋怪物を食おうとするな」

「さっきのドアの中にいた生物もタコに似てたなぁ」

「奉仕種族だかなんだかわからん生物も食おうとするな!ダイスイベントだぞ!」

「なんでダイス?」


 TRPGを知らないましろにはダイスイベントの重要さがわからない。ましろは浮き輪を抱えながら首を傾げた。


「ええい!貴様と話してると埒があかない!先へ進むぞ!」

「たこ焼き……、イカ焼き……、そうだ!」


 ましろはスペルカードを顕にし、次のドアの前でぴたりと止まる。


黒炎ノワール


 すると、ドアの中にいる生物の絶叫が響き渡った。


「ましろクン、茹でたの?」

「うん。炎が効かないわけじゃないって今気付いたんだ」

「フン。少しは役に立てるようだな」

「では、一気に駆け上がるとしましょう」


 来夢の上昇する速度が上がる。遅れを取らないようにましろたちは階段を駆け上がった。


◆◆◆


「つい、たぁ……!」

「このくらいの階段で息を荒げるとは……。少しくらい運動したらどうだ?」


 螺旋階段最上階。息を整えるましろを他所に、鴉と榴姫は平然としている。

 来夢が箒から降りてましろの隣に立った。


「フハハハ!ここまでよくぞ来たな、物語ソネットハンターたちよ」

「おい、やめろ!それはボクのセリフだぞ!」

「誰?」


 最上階の中央に佇むのは2人。1人はスーツの上から怪しげなローブを見に纏っているメガネの男性。もう1人はスーツだが下はハーフパンツ。ハイソックスにローファー。学生のような出立ち。


「よくぞ聞いてくれた!我が名は加藤!アトランティスの神官王にし、平日はただのサラリーマン!クトゥルー様の精神を具現化することを命じられた存在である!」

「カトゥ!ボクの部下という自覚があるならセリフを取らないでおくれよ!」


 小さい方は背伸びをして加藤を怒っている。……どうやらこの小さい方が、ましろにテレパシーで呼びかけてきたクトゥルーのようだ。


「クトゥルフ教団の神官ですこと?ルルイエを浮上させてクトゥルーを呼び起こした……。これから一体何をするつもりですの?」


 来夢が問い掛けると、加藤はメガネを押し上げて答えた。


「いや、クトゥルー様の精神を具現化させた後は何も考えてない。……とりあえず、流れでバトルでもする?」

「その、貴方が手にしている本がルルイエ異本という魔導書なんですか?」


 ましろが質問すると、加藤は頷く。


「如何にも。ただ、君たちは何か勘違いしているな。これは魔導書ではなく、代々受け継がれてきた我々のクトゥルー様信仰日誌のようなものだ。魔導書はこちらの水神クタアトだな」

「両方本部に持ち帰ったらクトゥルフ研究に役立ちそうだな。寄越せ」


 鴉がロングソードを加藤へと向ける。

 加藤は高く笑い、本を片手に両手を広げ、怪しげな呪文を唱えた。


「いあ!いあ!くとぅるふ!ふたぐん!ふんぐるい!むぐるうなふ!くとぅるふ!るるいえ!うがなぐる!ふたぐん!」


 クトゥルーが青い光に包まれる。どうやらクトゥルーに対する強化呪文か何かのようだ。


「さあ、クトゥルー様、一緒に戦いましょう」


 加藤に力強く言われたクトゥルーは首を傾げた。


「え?ボク、物理攻撃出来ないよ?」

「な、なんですとー!?」

「ボクの得意技は夢でのテレパシーだよ?化身は精神体や人間の夢を介しての顕現するものが殆どだし。ベヒーモスとかコラジンとか。封印が解かれて物理的に顕現できた星の落とし子たちは茹でられちゃったしなぁ……。うう、たこ焼きなんて嫌いだ!ゲテモノ食いの人間め!!」

「で、では、真のお姿を……」

「やだよ!まだ四天王の誰も人間如きに真の姿を晒してないんだろう?カトゥ1人で戦って」

「ええー!?私が戦わないとダメなんですか!?4人も相手に出来ませんよ!!私、ちょっと水魔法が使えるだけのただのサラリーマン!!」

「クトゥルーはやる気無し、リーマンもやる気無し?どうするのましろクン?」

「うーん……。とりあえず、加藤さん?逃げた方がいいですよ」

「はい?」


 ましろが忠告した直後、加藤は飛び退く。鴉の闇魔法が加藤の居た場所を貫いた。


「ああ!螺旋階段の最上階だから逃げ場が少ない!!」

「クトゥルーの精神を具現化させてからは何も考えてないってのはマジのようね」

「とりあえず、一旦引いて作成を練り直すことにします!一緒に来てくださいクトゥルー様!!」

「ええ?ああおい……!!」


 加藤は本2冊とクトゥルーを小脇に抱え、螺旋階段の最上階から黒々とした水面へと向かってダイブした。


「……なんだったんだ、一体」

「さぁ……」


◇◇◇


『ふぅ。今回も前回に引き続き、物語ソネット粒子は少量回収だね。神話級の物語ソネットが食べられると期待してたのになぁ』


 崩れ行く螺旋階段の側に付けられているウォータースライダー内で、ましろの浮き輪に挟まっているラプスがぼやいた。


「新たな敵はクトゥルーに加藤さんか……」

「出直してくるとおっしゃってましたが、夢の中で仕掛けられたらたまったものじゃありませんわよ」

「だよねー。暫くは要警戒かな」

「しかし、魔導書ゲットのチャンスが……!惜しいことをした」

「鴉は水魔法を習得したいの?」

「別に水魔法に限ったことではない。覚える魔法が多いのに越したことはないからな」

「ねぇ、魔導書って他にもあるの?」


 興味本位でましろが鴉に聞いてみる。


「ある。他にはネクロノミコン、エイボンの書などだな。……しかし、読むと正気度を消失するどころか死の危険をもたらす場合もある。……先程は新しい魔法に目が眩みすぎていたな。冷静に考えれば、読むよりも被害が出ないように魔導書を貴様の炎で始末するべきか?」

「危険なものなら、それで構わないよ。魔法を覚えられないのは残念だけどね」


 ◇◇◇


「みんな、無事でよかったぁ!」

「ちょっと前にスーツにローブの男と男の子っぽい女の子が降ってきたけど、何かあったの?」


 ウォータースライダーから出てきたましろたちに駆け寄る鵜久森と綺羅々。


「!ルルイエ(?)が消滅していきます……」


 崩壊ではなく、黒い霧となっての消滅。

 プールの色も元通りの深さになったようで、ネオンの明かりを反射させており、煌びやかだ。


「……あれ?」

「おれたち、何してたっけ……」


 ラプスが物語ソネットと一緒に記憶を回収したせいで、一部記憶が無い人々が首を捻っている。


「今回はダンジョンらしきものが出てきたけど、被害は最小限で抑えられたね」

「ええ、おかげで食べ損なったパルフェが食べれますもの。良かったですわねましろさん?」

「ふふふ。先に席に座ってるよー」


 浮き輪を抱え、ましろは浮かれながらパラソルの下を目指した。



 ◆◆◆



「あれ……、ここは……」


 ナイトプールを経営しているホテルに泊まって、眠りについた筈のましろは、崩壊した水上都市に居た。


「マズいなぁ……。ルタルの時と同じだ。ラプスも居ないし……」


 頼れるのは自身の炎の力だけ。しかし、その炎の力も水属性の前ではどこまで通用するか。ましろは周囲を警戒してスペルカードを顕にする。


『やっほー。聞こえるかい月影ましろ。ボクだよボク。クトゥルーさ。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ』


 脳内に直接声が響いた。ましろは広がる夜空を仰ぐ。


「単刀直入に言うけど、何が目的だい?」

『正直に言えば、下見かなぁ』

「下見ってなんの?」

『キミの下見さ。ニャルのお気に入りがどんなやつかなって興味があるから』

「ボクが猫琉さんのお気に入りだって?」


 初耳なことに、ましろは目を見開いて驚いた。


『うん。でも、正直な感想、大したことないなぁって』

「そう言われると、なんだか傷つくなぁ」

『ニャルのやつが苦手なやつが火属性だからか、キミが苦手なのかもね。ボクは水属性だし、こうして今すぐにでもベヒーモスやコラジンをけしかけて精神攻撃が出来る状態だしで、優位が取れるから、キミが厄介には感じないよ。……星の落とし子たちはキミが苦手になったけどね』

「それで……。加藤さんによって復活したキミは、これからどうするんだい?」

『とりあえず、この世界を見て回るよ。ムーンビーストと同じようにね。……ただし、たこ焼き屋とイカ焼き屋は許せないかもしれない』

「観光はいいけど、ものを無闇やたらに壊さないでね」

『カトゥからも言われてるから、一応は壊さないであげるよ』

「話はそれだけ?ボク、いい加減普通に眠りたいな」

『わかったよ。話しはこれで終わり。普通の夢にお帰り』


 空間が捻じ曲がったと思えば、辺り一面がお菓子の世界へと変わる。


「うんうん。クトゥルーもわかってるじゃないか!ボクが見たい夢の世界が!」


 ◇◇◇


「むにゃむにゃ……。もう食べられ……いや、まだ食べられる……」

『……どうやら、余計な心配みたいだ』


 念のため起きていたラプスも、欠伸をして眠りについた。



◇◇◇



 クトゥルフ教団代表の加藤徹夜ことルムル=カトゥロスがボクを召喚してから数日が経った。

 今は人間の子供の姿をとっているボク。

 何の違和感も無くボクはカトゥの子供として扱われ、この御伽街と呼ばれる土地をひと通り巡り、人間の生活を学んだ。


「ふわぁ~あ……」


 長い間封印されていたせいか、時々強い眠気がボクを襲う。


「クトゥルー様!今は会議中です!欠伸は慎むように!」

「ふわぁい……」


 メガネのレンズを光らせたカトゥにビシッとつっこまれる。

 そう。今現在進行形でクトゥルフ教団の本拠地で会議中。正直、ボクにはあまり興味の無い話しだから椅子に座っているだけで聞き流しているけど。

 カトゥがホワイトボードに細かく何かを書き込んでいて、それを議会席の信者たちがノートに書き込んでいる。

 基本的にカトゥが平日出勤の時とこういう議会の時が最高に暇してる。1人での外出は禁止されているから、平日はサブスクでアニメやドラマを観ながら暇つぶしするしかない。


「……と、思うのですが、クトゥルー様は如何お思いでしょうか?」

「ん……。いいんじゃない?」


 カトゥはボクが眠いのを知ってか知らずか、時折ボクに話題を振ってくるからタチが悪い。ボクは適当に相槌をうつ。

 平日クタクタになって帰ってくる癖に、クトゥルフのことになるとハイテンションで語っている。徹夜という名前通り、徹夜慣れしていて信者は夜更けまでカトゥの話しを熱心に聞いている日が多い。


「……熱心に語っている時に申し訳ないのですが、私はこれからどうすれば良いのでしょう?」


 手を挙げたのはホーリーホワイト……白野聖しろのひじりと呼ばれる異世界から召喚されたらしい聖女だ。


「クトゥルー様召喚の儀式がひと通り終わりましたので、聖女殿には暫く休暇をとっていただこうかと」

「休暇……」


 白野聖は顎に手を当て、暫く思い悩んでいる。突然の暇宣言で休暇中に何をするかがわからない、といった顔だ。ははあ、とボクは閃いた。


「だったらボクと付き合ってほしいな、白野聖しろのひじり!」

「え?」

「な、なんですとーー!?」

「だってカトゥは忙しいんだろ?ボクはもっと出歩きたいんだ。ひじりが保護者でいいだろう?」


 議会席がザワザワと騒めく。ボクが出歩きたいって言うだけでこんなにも騒ぐなんておかしいよ。子供の姿だから信用がないのかなぁ。こんなことなら、今からでもグラマラスな女性の姿でも取るべきか……。


「クトゥルー様、くれぐれも街中で暴れるような真似は……」

「わかってるって!耳からタコを出すくらいに散々言われてるからね!もし何かあったらひじりはすぐにクトゥルフ教団に連絡すること!じゃ、早速だけど行こうか、ひじり!」


 ボクは席を立ち、ダッシュでポカンとしていた聖に駆け寄りその手をとる。


「え、」

「お、お待ちくださいクトゥルー様ーー!!」


 まだ何か言いたげなカトゥを無視して会議室から飛び出した。


「い、いいのですかクトゥルー様……」

「いいっていいって。どうせただの小言だから。……それよりひじり、ボクもこっちの世界での呼び名が欲しいな。外でクトゥルー様って呼ばれるのは困るからさ」


 困惑した表情から一転し、聖は再び顎に手を当てて考え始める。


「では……。久遠琉月くとうるるというのは如何でしょう」

「久遠琉月か……。よし、気に入った!今日からボクは琉月るるだ!あはははは!」


 ひじりに名前をもらい、ボクは有頂天になり手を取っている聖と円を描きながら喜んだ。


「さぁ、行こう聖!外の世界へ!」


 部屋に篭ってアニメやドラマを観るのも悪くはないけど、永きに渡って封印されてきたボクは外の空気の方が吸いたい気持ちが強い。

 戸惑う聖を他所に、ボクは聖の手を握ったまま、長い廊下を疾走する。


「クトゥルー……琉月るる様!」

琉月るるでいいよ!ボクもひじりって呼んでるだろう?」

「それは出来ません。私と琉月るる様は対等ではないので」

「カトゥまでとはいかないけど、ひじりも肩っ苦しいなぁ。……まあいいや!さぁ、何処へ行こうか!」


 カトゥと街を巡った時よりも新たな発見がある筈だ。まだ見ぬ未知の世界にボクは心を踊らせた。

 え?逆だって?まだ見ぬ未知の世界を魅せるのはボクの方?今はそんな気分じゃないのさ。ボクの初めての友達になりそうなひじりと、人間の遊びをしたい気分だからね。


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