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株式会社『SILENT CARE ー残された日々ー』  作者: Ilysiasnorm


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2/2

第2話 距離のまま

結城紬は、前回と同じドアの前に立った。

今日は、佐伯家の遺品整理の本作業だ。

鍵を回したのは佐伯由奈だった。

ドアが開いても、由奈はすぐに入らない。

「……どうぞ」

由奈が先に中へ入る。

その後ろに、初めて見る女性が続いた。由奈の母だ。足取りが慎重だった。

廊下で榊静琉が軽く頭を下げる。

「本日も、よろしくお願いいたします。榊です」

由奈も小さく頭を下げた。

「……今日もお願いします」

榊は母に向き直る。

「本日はお立ち会いありがとうございます」

母が短く会釈した。

「佐伯真由子です。よろしくお願いします」

紬も会釈した。

「結城です。よろしくお願いします」

「ありがとうございます。本日は仕分けから入ります」

段ボールを並べる。

残す。迷う。処分。

紬が箱に書いた文字は、どれも同じ大きさに揃えた。

榊が由奈にだけ言う。

「迷う物は、いったん“迷う”で構いません」

「……はい」

最初は台所の棚からだった。

保存容器、欠けた茶碗、洗剤。

生活の物は、由奈の手も動く。

押し入れの前で、由奈の足が止まった。

息が浅くなる。

「……叔父さん、ここに大事な物しまってた」

由奈はそう言って、目を逸らした。

「私、あんまり来なかったから」

真由子が押し入れにしゃがむ。

袋をそっと引き出し、口を開けた。

封筒の束が出る。角が揃っている。

表に太い字があった。

佐伯運送

由奈が小さく言う。

「……家の会社だ」

真由子が答える。

「由奈……」

榊は封筒をファイルにまとめ、“迷う”の横に置いた。

次に出てきたのは、ビニール袋だった。

由奈が袋を見て、目を伏せる。

「……鉄と油の匂いが、する気がする」

袋の中は作業着と手袋。

手袋は片方だけだった。

洗って乾かして、きれいに畳まれている。

由奈の喉が動く。

「……雪の日」

声が固くなる。

「港で事故があって。お父さんは帰ってこなかった」

由奈は手袋から目を離さない。

「叔父さんが運転してたんだよね」

その先の言葉は続かなかった。

由奈は片方だけの手袋を見て、息を止める。

真由子の手が止まる。

止まって、また動く。紙を揃える。

榊が短く言った。

「無理に触らなくて大丈夫です」

由奈が唇を噛んで頷く。

「でも、今日……進めないと」

「進めましょう」

榊は同じ温度で返した。

「決めるのは、後でもできます」

紬は箱のラベルを貼り直しながら、胸の奥を確かめた。

言葉じゃないものが流れてくる。

白い視界。冷たい空気。

急に見えた海面。

そして、強い意志だけが残る。

守る。黙る。

榊が部屋の隅に視線を向けた。

紬には何も見えない。けれど、声が交わる。

修司「……由奈は、何も知らない……」

榊「……」

修司「あの時期、兄の会社は多忙で人手も足りなかった…」

榊「はい」

修司「兄はまともに休めないまま何日も朝晩の境もなく働いていました。」

榊「では、ハンドルを握っていたのは…」

修司「…兄です…だが過剰労働が原因だと判れば色々と支障をきたす…」

「ですから、運転席にいたのは私で良いんです。」

榊「このまま往かれてもよろしいので…」

修司「……」

榊が視線を戻すと、真由子が由奈を見ていた。

何かこころに込み上がるのか由奈の目が赤く染まる。

真由子が言う。小さい声。

「由奈…話があるの。」

「……何?」

「あなたが抱えてること」

由奈は手袋を抱えたまま固まる。

真由子は息を吸って、言った。

「運転してたのは、修司さんじゃない」

由奈の眉が動く。

「……え?」

「お父さんだったの…」

真由子は続ける。

「仕事が詰まってて、休めない状態で運転してた」

由奈の呼吸が止まる。

「それが表に出ると、会社が…」

由奈の口が開く。音が出ない。

「だから修司さんが言ったの」

修司「真由子さん!止めろ…」

「由奈には告げるな…」

榊「修司さん…真由子さんにお任せしましょう。」

真由子はまっすぐ言い切る。

「『運転してたのは俺だ』って」

由奈の目が揺れる。

「……じゃあ」

声が掠れる。

「叔父さんは……」

「会社…私達を守るため…」

真由子はそれだけ置いた。

「私を守るため。会社を守るため」

由奈の肩が震えた。

涙が落ちた。ひとつ。もうひとつ。止まらない。

「……私」

由奈は泣きながら笑ってしまった。

「私、ずっと……叔父さんのせいだって」

真由子は首を振る。

「違う」

短く。

「違うよ」

由奈は手袋を抱え直した。今度は、ちゃんと触れている。

「……叔父さん」

由奈は部屋に向けて言った。届くか分からないまま。

「ごめん」

「ありがとう」

榊が小さく言う。

「……届いております」

真由子が息を吐いた。前より深い。

作業を再開する。

由奈の手は、さっきより止まらない。

迷う物は“迷う”に入れる。

入れて、少しだけ呼吸して、また動く。

帰り際、由奈が榊に頭を下げた。

「……叔父の部屋、ちゃんと終わらせたいです」

「はい。ご一緒に進めてまいりましょう」

由奈は泣いたまま、笑った。

形のある笑いだった。

修司「真由子さん…由奈…ありがとう…」

「心の奥ではこれを望んでいたのかもしれません…」

「さぁ~行きましょう。向こうで兄が待ってますから…」

帰宅すると、澪が玄関まで来た。

「ママ、おかえり」

「ただいま」

澪は紬の顔を見て、少しだけ目を細めた。

安心したみたいに、うなずく。

「手、洗おう」

「うん。ママも」

紬は靴をそろえた。

手袋の感触が、まだ手のひらに残っている。

それでも、生活は続く。

続けられる形に、少しずつ整えていく。

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