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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仮面外れる時・11/11

作者: 陽田城寺

 樋水楓は常にお菓子を食べている。

 自堕落で不本意な一人暮らしの結果、乱れた食生活のせいであるが。


「……うわ、それなに?」

「え。ポッキー知らないの? 寝てばっかだから……」

「いや知ってるし。その常識外れの量について聞いてんの」


 コンビニで軽く買ってきたという数ではない、スーパーにあるくらいのLサイズの袋の形が変わるくらいのポッキーの箱がそこには入っていた。

 補食はOKだけどお菓子は一応禁止、というこの学校において、まだ先生が教室に来ていない時間だから垣間見えるありえない光景だ。


「安かったんだ。ほらポッキーの日。知ってる? 11月11日」

「待って待って。その常識を私にぶつけるのやめて。今常識ないの楓の方だから」

「眠り姫に常識を問われちゃあ、ね?」

「いい加減みんなも楓が割と変なやつだって気付いてるよ。そもそも私、睡眠リズム整えたら一番常識ある方だし」

「自分で言うようじゃ信用ないよ。ねえ智恵理」


 声をかけられた八科智恵理は、しばし破れそうなレジ袋を見てから、言葉を選ぶような間を置いてから切り出した。


「私たちは常識では測れない……日頃より常々そう思っています」

「随分と言葉を選ぶのが上手くなったねぇ。今そう言うのいらないよ」

「未代の方が常識があると思います」

「あーもうこれだよこれ。全く、マック行くのにも担がれていた人なのに」

「いやそれ!! 寝てる奴引っ張り起こして担いで連れて行くところに常識がないって言ってんの! 私の人生の中でも稀な汚点だから!」


 捲し立てる未代は、テーブルの上のポッキーの箱を一つブンドる。楓は物申そうとしたが、未代の迫力ある顔に何も言えず、みすみす一つを譲ることになった。怒ると怖いなぁ、と思いつつも実際未代の方に分があると思うから強く言い出せないことでもあった。

 その未代は、箱を開けると一つ個包装、一本のポッキーを取り出して、大人が子供に静かにするように人差し指を当てる如く、ポッキーを口元に立てた。


「ところで、ポッキーゲームを知ってるかね、二人とも」


 智恵理と楓が目くばせして。


「いえ、不勉強なもので」

「馬鹿のすることでしょ」


 楓は呆れかえったように言う。何を言い出すかおおよその予想がつくからだ。智恵理は相変らずの無表情で心の底からわかってないようだが、未代は嬉しそうに喋り出す。


「じゃあなーんにも知らない智恵理ちゃんにもわかるように説明するとだねぇ、ポッキーゲームは、この一本のポッキーの両端にそれぞれ口をつけて、互いに少しずつ食べて行って……恥ずかしくなって離れたり、折れたら負けて終わりというゲームさ」


 バカップルがやるとか、貞操観念の若干弱い合コンなんかでやるような、ささやかな余興である。


「……それは、つまりキスのチキンレースということですか?」

「呑み込みが早いねぇ智恵理さん。どうだい? 幸いここにはポッキーがたくさんある」

「ちょっと待ってって。このポッキーは私の朝昼晩ご飯なんだけど」

「それはせめて朝昼ごはんであれよ。朝昼晩ご飯ってもう今日の食料じゃん。なんなら晩御飯はどこかで一緒に食べるから」

「うーん……それなりに奢ってくれるならポッキーゲームの許可しようかな」

「本格的に友達にたかるのはやめな? ま、この一箱分くらいはいいでしょ」

「まあ好きにしなよ。私はポッキー食べるのに忙しいから」

 

 言って楓は自前のポッキーを小動物のように小刻みにかじりながら食べていく。

 しかしポッキーを見てはいない、これは私の食べ物だ、邪魔をするなら許さない、そんな敵意を込めた目線で二人を見つめながら食べているのだ。イチャイチャしてる暇があったら腹を満たしたいんだから邪魔をするな、そんなハイエナのような警戒心が剥き出しになっている。


「……じゃあやるかぁ、智恵理」

「構いませんよ」


 未代がポッキーのチョコ側を咥え、反対に差し向けられた方を智恵理が歯で軽く挟む。

 どちらから、という感じでもなく互いにカリカリと食べ進めていく。

 楓はこれを見て、算数の問題を思い出していた。数学でもあるが、点Pが同じ速度で進む、あるいはたかしくんがお兄さんに追いつくまで時速何メートルかで進むやつ。

 点Mと点Tの唇は同じ速度で近づいて、そのままくっついた。答えは三秒。


「……まっ、普段からキスしてたらそうなるか」

「見応えもなかったよ」


 智恵理は無言でぼりぼりとポッキーを食べている。恥とか、そういうのもない。既に雰囲気さえあればキスくらいはする関係なのだから、新鮮さとかも特にないし、むしろポッキーをわざわざ挟むことの方に恥ずかしさがある。

 だがしかし! この場において新鮮さを提供する格好の素材があった!


「じゃ、楓、やろうか」

「えっ? ヤだけど」

「取り返せるよ、私が奪ったポッキー」

「何言ってるのさ、友達じゃん私たち。ポッキーの一箱くらい気にしてないよ」

「逃げんなよ。これだけポッキーを買ってきたってことは覚悟の上だろ?」

「なわけないじゃん」

「まそうだろうけど。これはもう運の尽きだ」

「人前は普通に恥ずいし」

「私と智恵理はしたじゃん!?」

「恥ずかしいなって思って見てたけど」


 ぬぅ~と唸る未代に、智恵理はポッキーを一つ咥えて、先端を楓の方に向けた。


「ん」

「んて。んじゃないよ」

「……そうですか」


 そのままぽりぽり食べ進める。こちらの方がよほど小動物らしく、無表情ながら言葉尻に寂し気な雰囲気すらある。


「ほら楓がぐずぐずしてるから智恵理ちゃん可哀想じゃん」

「マジでうるさいな。私そもそもそういう食べ物で遊ぶのが嫌なんだけど。第一ね、ポッキーは」


 ポッキーは。

 非常に細いしチョコレートも薄い。最後までチョコたっぷりのトッポや、チョコの分厚いフランに比べて本質はクッキーに近いだろう。

 だが、その二つに比べれば数が多い。細いクッキーに薄いチョコを余りある満足感があるのは、一袋でたくさん食べられる喜び、シェアもオーケー。

 そうしてたくさん食べているうちに感じられるチョコの風味、奥ゆかしくも味わい深いリピること前提のお菓子。たくさん食べてナンボ。

 それを遊んで一本を分け合うような真似は。


「私はそんなポッキー認めないよ」

「マジでうるさいな」

「いいから食べてみなって。ちょうどほら、その箱には袋が二つ入ってるでしょ。君らで分けなさいよ」


 渋々と言った空気だが、楓はもはや有無を言わせぬお菓子大臣、智恵理と未代はそれぞれ袋を手に取った。

 ぽりぽりと食べ進める音が三つ。一本食べるごとに未代は何か言おうとしたが、同じように食べ進める楓と目が合うと、何か見張られているような気がして、つい次の一本に手が伸びる。

 確かにポッキーは美味しかった。チョコレートはたくさん食べると胸焼けがしてちょっと苦手な未代だが、一袋ではまだ足りないと思えるくらいだ。

 残り一本。既に楓の傍には空箱が一つ見えて、二つ目に手をかけようとしているところだ。

 未代は袋を握り潰して残りがないことを暗に示し、クッキー側を口に咥えて楓に差し向けた。


「ん」


 楓の手がぴたと止まる。目を閉じて差し向ける未代の顔は少しあざとく感じたが、しかしその行動と意図を読み取れない楓ではない。


「はぁ~あ」


 チョコ側がかりっと齧られた。

 そして未代が驚いている間に楓は猛然の勢いで齧り進めた!

 

「うばっ!」


 目前、吐息もかかる距離、がりっと齧り折られたポッキーが未代の口から落ちる。慌てて拾っている間に、勝ち誇った顔の楓がもぐもぐと咀嚼している。


「あ、あぁ~……いくらなんでもひどすぎるよそんなの……」

「食べ物のかかったゲームなんだから本気でやるよ。フフン」

「楓」

 

 勝ち誇って笑う楓と心底悲しくて脱力する未代、勝者敗者の明暗がくっきり分かれている中で、智恵理もポッキーを咥えていた。同じようにチョコ側を差し向けて、袋はくしゃっと握り潰されていた。


「……ま、いいでしょう。未代にだけしたんじゃ不公平だからね」

「こんなの公平も不公平もない! 横暴だ! 風紀委員を呼べー!」


 ごたつく未代は無視して、まだ得意げな笑みを浮かべている楓がセットポジションにつく。

 と、同時に、むんずと後頭部を掴まれる。

 智恵理の長い腕、その強い手が楓の頭を掴んでいた。


「おえ? はっ……」


 ぼり! ぼり! ぼり!


 八科さん、と呼ぶ間もなく。

 大股三歩での接触は、レース時間よりも長い。


「オアーッ!!」


 悲鳴とも怒声ともつかない未代の叫び声も、今の楓には届かない。

 こんな暴挙の中でも智恵理の表情は変わらない。冷たく見下すような瞳であるにも、暴食の後にあっても、触れる唇の柔らかさとやさしさは、普段にしているようなものであったから。


「はーい時間でーす! 次の方どうぞー! ん」


 未代が慌てて智恵理をどかして自分も、と唇を寄せる。

 まあいいか。と楓は受け入れた。

 あまりに慌てていたもので、若干は不満そうだったが。


「なんでアイドルの剥がし風なの?」

「智恵理の長かったから」

「握手券はもうないですね」


 たわいもない会話の中、智恵理がゴミになった袋をまとめて握り潰す。


「まったく、もう」


 智恵理の行動にはよく驚かされる。そんな風に、無理矢理にする子ではなかったのだが、何を考えているかは相変らず読めない。

 しかし、別にそれが嫌なわけではない。呆れたような楓も、いやらしく笑って、やるじゃんと肩を小突く未代も、そんなありようを既に受け入れている。

 

「へへ~、本当は智恵理が一番エロいよ」

「まあ自分を出すっていうのは悪くないけどね。節度を持ってほしいよ」

「……気をつけます」


 表情は変わらないが、どこかしゅんとした雰囲気を二人は感じた。

 と、やっている間に教師が入ってくる。


「……なんだその袋。樋水」

「補食です」

「そうか」


 教師は袋をひったくると、ポッキーの箱を一つ取り出して、机の上に置く。


「じゃ、残りは放課後取りに来るように」

「待ってください! それお昼ご飯でもあるんです!」

「購買で買え。今更お菓子くらいで怒りたくないんだよこっちも」


 案の定、ポッキーの時間は終わった。

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