苺飴
「いい?これは、あなたの御守り。いつも口に入れていなさい。入れられないときは、この眼鏡をかけること。お母さんと約束よ?」
この約束と寝る前のお話は、お母さんとの大切な思い出。
父の記憶は無い。母が事故で亡くなり、祖母に引き取られる。
小さなアパートから、大きな学園の敷地にある家へ移り住む事に。
何故か、そこには苺飴が豊富にあった。
私は、5歳。祖母から別の物語を聞いた。
『苺飴』を捜す旅。
変な話だと思うだろうか?大きくなるにつれ、そう思うことと『まさか』と思うことが半々。
その物語には、『朝顔』に似た模様が入り口として出てくる。
高校一年生。今日、誕生日を迎えた私の足元に『入り口』が現れた。
手には、ポストにあった封筒。『朝顔』の紋章?
祖母は去年亡くなった……
口には、苺味の飴。
目の前に『入り口』……祖母は、時が来るまで踏んではいけませんよ……なんて、笑っていた。
ふふふ……時が来たら、踏んで……どこに行くのかしら??
確か、母の物語と繋がるのよね……。
「李央、おはよう!!」
ドンっと、私の背中に重み。
「あわわわ……」
危うく『入り口』を踏むところだった。
「百。『入り口』が、目の前にある……」
彼女は、安西 百枝。私の友達で、遠い親類になる。
物語は聞いたことがあるけど、お互いに記憶が薄い。
「……私には、見えないね。それに、苺飴を口に入れてるのは李央だけよ?くすっ、どうする?異世界への扉が開いたら。」
「……『入り口』があるんだから、『扉』も本当なんじゃない?この学園でも、行方不明の話があるでしょ?」
私たちは、『入り口』を避けて学校へ向かう。
同じ敷地でも、歩いて10分の距離。
「プレゼントを用意したんだ。天気がいいから、屋上に行こう?」
「ありがとう!!百、大好き♪」
時間が早く、校舎には人気が無い。部活の動きが聴こえる程度。
屋上へ続く階段を上ろうとした……
「李央!アメが、降ってきた!!」
アメ?小さな球体が、頭や体に当たる!!
「ごめんなさい!!……大丈夫ですか?」
二人は体を屈め、地面に散りばめられた飴を見つめる。
体に当たったが、普通の飴の大きさより小さかったからか痛くは無かった。
「……大丈夫……です。」
ホッとした。
声のする方に目を向けたが、逆光で顔が見えない。
「よかった……。本当に、ごめんなさい。」
ビックリして、立てない私に手を差し伸べる男の人。
近くまで走り寄ってくれたから、顔が見える。
……あら、まぁ……良い男♪
「大丈夫で……みゅっ?」
心配そうな表情に、安心して欲しい言葉の途中……口が塞がれた。
美系の顔が、目を閉じ……私の目の前。
私の唇に柔らかい……?!!
「むぐっ……んん~~んっ……はっ……」
柔らかく、生暖かい何かが……口の中の飴を取り上げた。
彼の顔が遠退き、口に……
………。
「ぎゃぁ~~~~!!」
叫び声と同時に、平手が飛んだ。
【バシッイィ~~】いい音が響く。
勢いよく方向を変え逃げた。
思考回路が追いつかない!!
何?何が……??
足元の飴は、割れる音がいやに耳についた。
待って、私の……ファーストキス……が?!しかも、ベロチュウ?!!
私の口の中の飴が、彼の口の中にあった??……信じられない!!
行き場がなく、教室に入る。
まだ誰も来ていない。息を切らし、机に両手をついて下を向く。
あ、百を忘れてきた。プレゼント……
現実逃避の限界は早い。
………。
忘れよう。授業まで、時間がある。
鞄の横にぶら下げたポーチから、飴を取り出そうとした。
手には鞄がない。ん
?胸ポケットのところに、降ってきた飴が引っかかっている。
無意識で口に……
飴は苺味。
懐かしい……
そこまでは記憶がある。
その後、多分……気を失った。
懐かしい夢を見る。
何度も何度も聴いた物語。
記憶に薄いのは、どうしてだろうか?幼い頃の話だから?
……けど、おばあちゃんの話は……亡くなる前まで聞いた気がする。
確か、笑える設定の吸血鬼が出てくるの……
ヴァンパイアが欲するのは……苺飴……
血じゃない……と。
意識が戻る中、男の声……二人?
会話が聞こえる。
「これが、ありかを知っていると?」
「あぁ、階段に一族からの招待状があった。」
「……先に、見つけた奴がいるってことか?」
「だから、逃がすなよ。ま、どうせ逃げ道は無い。逃がさないけどね……。くくく……」
「16年、隠してきたのか……時が来ていなかったのか……どちらにしても、我らの希望……」
「……ん……」
重い目がゆっくり開く。
視界がぼやけ、奴がいた。しかも、何か嫌な予感のする爽やかな笑顔。
「李央、目が覚めた?俺、牧戸 王利これ、流烏。宜しくね♪」
これ……?
視線を落とすと、真っ白な犬。……でかい。
「どうも、流烏です。王利の世話役で、……聴いてますか?」
……犬が喋った。
「悪夢……目が覚めない……」
現実逃避……。
百……
「百は?!百は、どこにいるの?……嫌だ……近づかないで!!」
怖い。何故だろうか……嫌な予感がする。
記憶に無い物語が、この人たちに係わるように促す。
私は、何を口にした?
「百?あぁ……隣で寝てるよ。」
視線を隣のベッドに……って!!
「ちょ、何?!その犬……待て!!お座り!!」
流烏が、百のベッドに乗っている。
「私は、犬ではない。」とか言って、犬でしょう?!
【ベロッ】百の顔を舐めた。
「ぎゃ~~。汚い!!百に、何すんのよ!」
不機嫌そうに、私の方に向いて……
「美味しそうなので、味見です。何か?」
だと?!この獣め!!
「あんた、飼い主でしょう?どんな、教育を……って?!」
飼い主まで、盛ってるのか?!
顔が近づいてくる。慌てて押し退け抵抗。
逃げられない?!
【ガラッ】
「誰か、使用中かな~?」
保健室の養護教員が、いいタイミングで入ってきた。
「先生!」
助けを呼んだ私から、奴は素早く距離を取った。
が、「ちっ!!」舌打ちのオマケ。
顔を出した先生に、最高の笑顔を向けた。
………。
犬は、ベッドの下に隠れている。
こいつら……胡散臭すぎる!!
「先生、百を診て!大丈夫かな……」
「……ふぁ~~。ん……??ここ……はへ??」
間抜けな百の声が聞こえ、起き上がる姿は問題なさそうだ。
「先生。2人の意識が戻ったので、俺は教室に戻ります。……李央、招待状は見ても気にしないで。俺が、迎えに来るから……」
奴は、私に微笑んで立ち上がり……保健室から出て行った。
ベッドの下には、犬はいない。窓が開いている……
招待状??
奴の言う招待状……まさか、ポストに入っていた?
ベッドの傍らに、鞄がある。
サイドポケットに封筒。これ??
「李央?何で、二人とも寝てたの??それは……?」
ベッドから下りた百が、私の横に身を乗り出して招待状を見た。
中は『入り口』と同じ『朝顔』の紋章?
『我々、ヴァンパイアの一族に迎えます。』と、一言。
………。
ヴァンパイア?迎える??
「これ、物語の?まぁ~~。『伝説の苺飴を捜せ!!』かしら?ねぇ??」
のん気な百の声が、遠くで聴こえる。
意識はここにあるのに、思考の奥で何かが囁く。
『いい?時が来るまで忘れて……。時が来たら、飴も眼鏡も隠れ蓑にはならない。信頼できる人に付いて行くか、信頼できる人を捜しなさい。苺飴は彼らの希望……私たちの世界の秩序を護るから……。』
目が覚めた私たち二人は、保健室から追い出され教室に戻る。
授業中の教室の傍らを、思考の止まった私と、のん気に鼻歌で通る百。
『迎えに来る……』
奴は信用できない。盛った犬と野獣……。
授業中は、飴を食べれないから眼鏡。度は入っていない。
成長に合わせて作られる眼鏡は、同じデザイン。
おばあちゃんの遺言に、この眼鏡と苺飴の記載があった……。
最近、眼鏡が壊れて……一日していなかった日がある。
その日……視線を感じた。学校の敷地内で、男の人が私を見て会釈した。
知らない人……話すわけでもなく、ただ……私を見ていた。
あの日に、見つかった??
吸血鬼……昔、昔……人を餌としていた一族。
餌に選ばれた人間を愛し、血の代わりを求め……苺飴に辿り着いた。
餌の解放……一族の希望。
教室に戻ったと同時に、終業のチャイムが鳴った。
ドアが開いて、先生が出てくる。
「おぉ、大丈夫か?牧戸から報告は聴いた。次の授業から、大丈夫か?」
「………。」
私は、開いた口が塞がらなかった。
「はぃい!大丈夫であります♪」
元気よく百が返事をしたので、先生は苦笑いで行ってしまった。
このクラスに、奴はいなかった。何、これ……漫画なの??
自分の席に座る。クラスを見渡すと、いなかったはずの奴に居場所がある。
しかも、異常なほど自然だ。
私の視線に、奴が気づき笑顔。
………。
視線を逸らし、外を見た。
………。
校庭が見えるが、一面に入り口の紋様。
あれ?何か、選択の余地はない感じ??
恐る恐る、奴を見る。……まだ、私を見ていたのか……視線が合う。そして、ニヤリと笑った。
覚悟……要りますか?異世界……へ?
ヴァンパイアの一族に……迎える。お迎え……いらっしゃいませ。
……で、さようなら……よね??
いやぁあ~~~~。私が、何をしたの??
二人……いや、野獣二匹の会話……私が、何かを知っていると……。
知らない!!何も、知らないわ。
物語も、記憶に無い。これ以上、私の生活を狂わせないで!!絶対、嫌だ!!
我慢できず、教室を飛び出した。
「李央!!」
奴の叫ぶ声が聞こえる。
当然、無視した。
廊下を走り、階段を駆け上がる。
地上に逃げ場がないなら、屋上に逃げるわ。
現実は、辛い……お母さんを亡くした。おばあちゃんも……。
私の大切な友達……百。彼女を巻き込むわけにいかない。
異世界に行くのは、私だけでいい。
この世界には、私の居場所はない……
「……李央?珍しい……サボりか?」
……聞き覚えのある声に、目を向けた。
「……早助?あなたこそ、サボり??」
幼馴染みの、真面目な東 早助。
「……あぁ、何かに呼ばれたんだ。ふふ……運命かな?ね……李央。いつか、選択のとき……俺の手を取ってくれるかな?」
……選択の……時??
「早助?……あなた、何を見たの?」
予感……
「……人が消えるのを見た。昔話の、入り口も……そして、招待状を受け取った。君とは違う……ほら、これ……」
手には、この世界にはない……朝顔の花。
あの、紋章と同じ形。
「……行くの?駄目!行かせないわ!!あなたを失いたくない……行くなら、私も行く!!」
「……李央……そいつは、誰だ?君の何?」
後ろからの低い声に、身が縮まる。
何故……
「近づかないで!あなたたちの目的は何?最近、学園内で行方不明が数名……」
「うん。だから、君を求めてきた。同族の意見の相違が、世界の秩序を狂わしている。……俺の手を取って欲しい。」
また、手を取る……??
何?一体、私が何者だと言うの?
「早助……あたなたは、私の味方?これからも、ずっと……?」
「……うん。多分……」
多分……?何故……
「李央をいじめないで!!」
2人の差し伸べる手を割り、百が私に飛びついた。
勢いで、しりもち。
「百……」
「護るのは、私だもん!!」
………。
おしりの下に、紋章が見えた。
「……百、入り口……踏んじゃった。」
「……うそ……ごめん!!」
物語と同じ……大きな扉が現れた。
「……はぁ……流烏、来い!!帰るぞ。予定外か……それとも……」
奴の声が消える……
扉が開き、眩しい光に包まれ……呑み込まれた。
何て、間抜けな始まりなんだろう……そして、何か嫌な予感がしてしょうがない。
手を差し伸べるのは、二人……私の選択が、世界の秩序を護る?壊す?
……希望……絶望……??
私には、関係ない……よね??
苺飴を捜せ??冒険??
楽しそうな響きが感じられない。
ヴァンパイアが求めるのは……何か……




