相手は誰??
フワッ……いい香りだ。風に乗って、どこからか甘い……
前にも、嗅いだことがある。花の匂いかな……
暖かい日差し。匂いに誘われ、歩き始めた。
歩いて近づく筈の距離が縮まらない……いや、離れていく??
これって……もしかして、相手??
俺は走り出す。そして、ある木の前で足を止めた。
花が咲いて甘い匂いがする。……違った。
勘違い?……はは……笑える。
俺は、その木に口付けた。
「……好きだ……愛している。必ず、見つける……君を。だから、待っていて……」
甘い香りが俺を包む。幸せな、満たされる心。
この木……何の木なんだろう?
……ん?眠気が急に……俺は、意識が遠退いていく。
長い髪……俺の頬に、冷たい液体……君なの?
「……麒麟。忘れて……時間がない。もう、行かないと……」
目が覚めた俺は、木にもたれていた。
その木に花は無く匂いもしない。逃げられたのか……?
きっと相手には何かの力があるんだ。穂波が言っていた事……
悔しいな、記憶が戻ったら覚えていろ。
海波先輩と同じ、魔女の力なのかな。君には記憶があるんだね。
そして俺の様子を見ている。さっきまで俺の近くにいた。
今まで、匂いは感じなかったのに?
鵠華が相手じゃなかったのだとすれば……君は、俺の様子を見て何を感じたのかな?
それとも、鵠華……去ったとみせかけて、俺を誘ったの?
どちらにしても試されているのは確かだ。
畜生!!悔しい……消えた記憶が、自分が得ていたものが羨ましい。
手に入れたくて、気がおかしくなりそうだ!!
君の名を……呼ぶことさえ、叫ぶことも出来ない。
涙が零れる……
心が、淋しい。空いたままの心に、君がいるはずなのに……君に触れたくて……
もう、あの匂いはしないかも。
匂いを追って来た俺を、君は避け……逃げる。
どうして逃げるの?君は、俺以外の人を選んだの?
赦さない……
木を見つめる俺の背後に、気配。
「君さ、諦めて欲しいんだけど?」
男の声に、振り返る。
「……君は、誰なの?」
「俺は、ミドリ。君の相手はもういない……そう教えに来たんだよ。」
「ミドリ……返せ、俺の相手だ!!」
「……くすくすくす……嫌だね。相手を思い出すことも、見つけることも出来ない。ふん……今までのおおかみの中で、最悪だ。」
確かに情けない。それでも必死なんだ!!
「俺の相手の名を教えて……苦しい。心にあるのに、口に出来ない苦しみに……狂う。プライドも、いらない。俺の相手……名を呼びたい。淋しい。おかしくなる……」
「手に入れればいい。」
ミドリは笑う。
「これは試練なんだよね?何を試すの?……もう嫌だ。逃げたい……こんな狂気に、堪えられない。俺の相手は誰なの?俺が選ぶ?違う……何かが、おかしい。なのに、これ以上は考えられない。ミドリ、返して……君のじゃない。俺の相手だ……分かる。俺は、失ったら……独り。」
「……駄目だよ、出てきたら。君の心を壊しちゃうよ?魔女の血が、呼ぶんだね……でも、駄目。」
近くに居るんだ。けど、匂いが無い……
「別の人を選ぶかもしれない。それでも、幸せはある?」
「……無いよ。そんな、おおかみは今まで居ない。君の父親は、卑怯だね……もう少しで、時を短く出来たのに。俺の手に、沢山の…………君も、俺の手に掛かればいい。楽になる……願いを叶えてあげる。」
「違う。父さんは、卑怯じゃない。母さんに嘘をついたのは、護るためだ!」
意識がはっきりしない。目が覚めたはずだ……
けど、これは現実なのか?暗闇に、自分が沈んでいるように感じる。
「麒麟、君の近くに相手がいるよ。ね、気がついてる……名を呼べばいい。」
「……違うのか?彼女じゃない?……俺を惑わすの?」
「さぁね。親切かも知れないよ?何故、彼女を俺が捕らえているか……知りたい?」
「聞く……言ってみろよ。」
「俺の……いや、俺達が消えるには悲しみが要るんだ。沢山の人を想う心……犠牲だ。時に手を出した報い……秩序を保ち、ときに命を永らえる。繰り返す悲恋の歴史……本当の解放が、近い。もうすぐ、俺の主が俺を呼ぶ。それまでに、君が見つけるまで……俺の存在を維持する餌だ。」
……エサ……?
「命を削るのさ。君が、見つけない限り……命を懸ける。」
風もないのに、多くの葉が俺にまとわり視界を遮る。
……視界がはっきりしたときには、ミドリは居なかった。
命を削って、俺を待っている?
その後、小等部を捜したが……匂いはしなかった。
双葉の言う通り見つけるまで、どこにも行かない。行けない。
君を捜すよ。だから死なないで……
俺を独りにしないで。君を喪ったら、生きて行けない。求めるんだ……
俺は、夢中で走る。
待ち伏せる女の子たちを、退け……捜す。
見て、分かるのかな?心が今までに反応したのは、鵠華だけ。
違う?そうなのかな?
『近くにいる……』
ホントウニ?
……けど、最後は……本当の情報。
命を懸けて……俺が探し当てるのを信じてる。待っているんだ……
息が切れ、汗が流れる。
「下衆……走るな。ほこりが舞う……」
海波先輩?
「……景彩は?」
いつも、セットのイメージだ。
「くくっ。馬鹿だね……頼れって、景彩は言わなかったかい?」
壁にもたれ、ニヤリ顔。
「景彩、怒ってるの?」
「かなりね。私にも、とばっちりだよ……触れさせても、もらえない。欲求不満だよ?」
「女性は、あまり……そんなことは、ないでしょう?」
「ばぁか。求める気持ちは一緒だよ。さて、どうするか……」
穂波は、海波先輩の力がどうしてあるのかと……
力、魔力……俺の相手の命を護れるかもしれない?
どうして、気がつかなかったのか。
「ふん。……人に頼る必要性がわかったか?」
「助けてください!!海波先輩、俺の相手が死んでしまう!」
海波先輩の嬉しそうな笑顔。
「しょうがないなぁ。助けてやる……しかし、捜すのはお前の仕事だ!見つけろ。落とせ!」
「はい!!」
俺は、命の繋ぎを見出した。
もうすぐ、小等部の下校時刻。学園内にいるのか?今日は、無理なのか?
汗で、寒気がする。一旦、着替えようかな。
任務室に入り、シャワーで軽く汗を流す。
準備している着替えを取り出した。
……ん?鏡に映る自分の姿に、違和感。
胸元に、小さなアザ。
……?何かの花だ。ピンク色……何だっけ?
てか、俺の体に何故??まさか、相手が??
…………。
あれ、上半身に……こんなことする仲ですか??
やべ……顔が緩む。想像が膨らんでいく……。
見たことあるんだよね……田舎道。
旅行先で見た……一面のレンコン畑だと言っていた気がする。
ピンク色に、白い花も……蓮……はすだ。蓮の花……
【ポタッ】
……何だ??水……雨漏り?
違う、俺の涙だ。
はは……何だこれ。流れ続ける……嬉しい。湧き上がる……
「はす……。」
蓮……蓮美だ!!
……君からのヒントを見つけた。情けない……負けっぱなしに、ヒントまで。
けど、見つけたのは俺だよ。小さなカケラ……君からのメッセージ。
記憶が戻る……ほんの短い幸せな時間だった。
これから増やすんだ。俺が、勝負に勝つのも絶対だ!!
蓮美、愛している。俺の相手……君の名……君に囁く愛と共に、愛情を込めて呼ぶよ。
一生だ……
「あら、残念……思い出しちゃったの?」
……任務室に、鵠華??
「ここは、役員でも上層部しか知らない……」
「どうでもいいわ。ね、麒麟?物ってね、呪いをかけるときに使えるのよ……知っていた?」
鵠華は、以前に使った俺のハンカチを見せる。
「鵠華……君は、呪いの関係者?」
「ふふっ。原因……それが一番、近いかしら?蓮美は、彼の手にある。あなたは、私の手……」
「……記憶を、また消すの?」
「どうしようかしら。こんな場面って大抵、二人を別れさせるきっかけを提供するのよねぇ~。」
誤解を生むような?
蓮美……。君を、これ以上……悲しませたくない。
「あなたの決定を知りたいわ。麒麟、私と付き合っている噂を流して、彼女を苦しめるか。彼女を選んで、あなたが命を喪うか。どちらにしても、悲しむわね。」
「鵠華……君の目的は、何?時間稼ぎなの?蓮美に、今から会うといけないの?それとも……」
「ふ~ん。冷静なのね……面白くないわよ。可愛くない……私たちの家系のくせに。丁度いい時間かしら……怖いのよ……未来が。私達が見守る、犠牲たちの辛い想い。麒麟……一人で行っても、蓮美は手に入らない。私と、海波の力が要るの。行きましょう……未来のために……」
俺達は、海波先輩の教室に向かった。
「……浮気だ。最低だ……こいつ。」
俺の後ろにいる鵠華を見て、海波先輩はそんな台詞。
酷いよ……
「さぁ、綺麗な君……こんな最低男より、私を選びませんか?」
鵠華の手を握り、壁際に追い詰める。
……え?これ、俺にどうしろと??てか、景彩が見たら……
「海波……綺麗な人だね。おかしいなぁ、君の好みは可愛い系……だ・よ・ねぇ?」
……しばらく、お待ち下さい。
「さぁ、行くぞ!下衆……」
……拗ねた景彩は、俺の腕に抱きついたまま……泣いている。
この状態を作ったのは自分なのに、凄く怖い目で俺を睨む海波先輩。
「君達は、面白いね……。これも、弊害なのかしら??入り口に向かいましょう。あなた達がすべてを知るのは、もう少し未来でしょうけど……。」
入り口……あの公園か。
そこに蓮美がいるんだ!
公園には、双葉と一葉に瑠璃がいた。
鵠華は瑠璃の頬に両手を当て……見つめる。
「……時の……封印がされてるわね。」
「はい。解放されるまで……されても、この力は……目覚めません。」
都さんが、彼女の力を封印したんだ。
「……そう。海波……魔方陣は、見えるわね?」
「あぁ、蓮美ちゃんも見えるよ。」
嬉しそうな海波先輩を、睨んでいる景彩の怒りが怖い……
俺には、蓮美の姿が見えない。匂いもしない……
不安と期待でドキドキする。
ミドリの姿もないし、邪魔は入らないのか?
「では、行きます。」
〈 ☆★※◇ 〉
呪文に、海波先輩の魔方陣が広がる。
「うわっ、強い風が痛い……」
渦巻く風が、公園を行き来する。
『解放を願う!』
明るい光に、一瞬……何も見えない。
閉じた目を開けたはずが、視界が定まらない。
「蓮美?」
呼んでみるけれど返事は無い。目を擦り、霞む視界を凝らす。
「……蓮美?」
目に入ったのは、低い木にツタのようなものが絡んで。
蓮美の捕らわれている姿。
「穂波。出ておいで……いるんだろ。これからは、近くに居ないと護ってやれないぞ!」
海波先輩の叫ぶ声に、穂波が木陰から渋々やってくる。
それを確認した海波先輩が俺を突き飛ばした。
「……??!」
「行け。出来るのは、ここまでだ……」
魔方陣から、追い出され……異空間になっているのか地面に違和感。
歩いている感覚が無い。沈み始め、恐怖に足が止まりそうになる。
「蓮美……蓮美?……起きろよ、蓮美!!」
呼んでも、問いかけても……叫んでも反応が無い。
手遅れ?……いや、それなら意味が無い。
こんな沈む空間……俺を試しているんだ。
魔方陣に手が届いた。沈みきった体が重い。
這い上がる体力が残っているのか?畜生……もう少し、あと少し……
蓮美、蓮美……俺の相手……喪いたくない!!
胸の位置まで沈んでいた体が腰まで上がり、魔法陣の広がる地面の位置に足をかける。
残りの足が抜けた状態の時には、力はほとんど残っていない。
息が乱れ、立ち上がるのも辛い。意識も遠退きそうだ……
魔方陣を這い、蓮美の足元に辿り着く。触れた足は、体温を感じた。
ホッとして、涙腺が緩む。
……生きてる……。
両手をつき、右足に力を入れる。
木……と言うより、草……?
自分の体重を蓮美にかける形になるが、絡んでいるそれはビクともしない。
蓮美も起きない。
『命を削る……』
俺は、蓮美の頬に手を当てる。
柔らかい……温かい……
「蓮美……俺の命に代えても、生きて……目を開けて、俺を一瞬でも見てよ……」
唇を重ね、深いキスをする。
包まれる幸せは、薄れる意識に悲しみを加え……味わったことのない感情だ。
薄っすら目の開いた蓮美の視線を受け、俺の意識は途絶えた。
蓮美……君は、俺の相手。
俺の命は、ここまでなのかな?
〈 ☆☆☆ 〉
……聞こえた海波先輩の声に、俺の体が軽くなるのを感じた。
目を開けた俺を、みんなが囲む。
「……!?生きてる?」




