呪いの弊害
海波が壁に背をあずけて座り、僕を足の間に座らせた。
僕の後頭部を胸の谷間に導き、額にキスを落とす。
あぁ……やっと分かった、男女立場が逆なんだ……。
「景彩……タクは私の初恋だった。これ、タクの幼い時の写真。」
常に持っていたのか写真はボロボロ……
?!
「この可愛いスカート姿は、海波だよね?……隣の、可愛いズボンの子は……」
写真の二人は、可愛い女の子にしか見えないけれど……多分そうだよね?
「そう、可愛い頃のタク♪ふふ……私、昔から可愛い顔が好きなんだ!!」
……それで、女の子に手を出していたの??
言葉が出ない。
「いつだったかな……。あぁ、小学5年。あいつが海外に行くから見送りに行った時。タクが可愛さのカケラもなくなっててさ……はぁ、私のショックがどれほど大きいか。あいつも、私と父のサバイバルのこと知らなかったみたいで……あ、これが見送りの時の写真。」
カッコイイ小麦色の……今の雰囲気に近い海波の幼い姿。
その横には、すっかり可愛さの抜けた少年の泣き顔。
…………。
確かに、二人ともトラウマかな??
「景彩のクラスに入るって知って……あいつの好みが分かっていたから、転校の初日に釘を刺しに行ったんだ。今日も、朝から手を出すなと忠告していたのに……くそっ!!景彩、こっち向いて……キスするから。もう、外なんて理由で……」
【チュウ~~】
海波の言葉を遮って、僕から唇にキスをした。
嫉妬してくれる海波が純粋に嬉しくて。
「海波、好きだよ……」
やっぱり相手の唇がいい。何度も重ねた。
幸せがいっぱい……甘くて、もっと欲しい。
「……っ……景……ぁ……」
僕の舌を海波の口に入れた。
受け入れてくれる……今日は僕を、君が受け入れてくれたんだね。
足りない……手を移動させ、海波の胸に触れてみる。
拒絶も無く安堵し……首もとに舌を這わせて、体に生じる熱で自分を見失いそうになった。
「景彩……もっと……」
「うん……“俺”も、もっと……欲しい。」
【ビクッ】
……?
急に海波の体が硬くなり、甘い匂いが薄れる。
「海波、どうしたの?」
求めていた感情が、不安で掻き消されていく。
「はは……景彩、ごめん。力が……コントロールできない。……違う、疑っていない……景彩、信じて!」
海波は体を震わせ……地面には魔方陣が広がっていく。
力の暴走?
「海波!!」
一瞬の眩しい光に、目を閉る。
目を開けた僕の前には、2人の海波がいた。
…………。
「景彩、こいつを頼むね。この世界に……私は二人も要らない。この学園の記憶を操作しに行くよ。あぁ、私のことは忘れろ!」
海波の雰囲気だけど眼は冷たくて、まるで別人。
立ち上がって、校舎のほうへ歩いて行った。
そして、ここには……過去の写真に写っていた可愛い海波の大きくなった姿の女の子。
「……ふふ。景彩、大好き♪」
無邪気な……可愛い女の子。
違和感は当然だ。違うよ、僕が好きになったのは……こんな海波じゃない!!
『疑っていない……信じて』海波はそう言った。
けど、疑ったのは海波の方だ。
甘えてくる海波は、背が僕より低かった。
胸には痛みと、言い表せない感情。
「景彩、今日……一緒に帰ろう?」
僕の腕に甘えるように絡んで、笑顔を向ける。
「ごめん。任務があるんだ……」
嘘を吐いた。
ごめんね、心が複雑で今は……
「……そう。」
聞き分けのいい、作られたような女の子らしさ。
「……ね、君……ナミって呼んでいい?」
「どうして?」
涙ぐんで、僕を見つめる。
「“俺”が好きなのは、君じゃない。君は、今二人いる。“俺”の中では、二人だ。」
「……うん、景彩は優しいね。」
【ズキッ】
あぁ……君も、海波の一部なのか。
匂いがする……もう一人より、強い香りだ。どうして?
……俺の気持ちは…………
長い歴史の中で、呪いは幸せを赦さないかのように大上家や魔女……雑種を苦しめてきた。
その始まりは、幸せを願う祈りに近かったのに……。
力は、どこから来てどこに還るのか。
まだ俺たちの知らないことだ。
『弊害は、いつまで……』
美衣さんも抱く疑問。
海波……君の力は、俺を試す。
いや、君の中の本当の事……真実を教えるのかな?
可愛いナミに、啄路くんはメロメロだ。
その様子に嫉妬しない俺を、みんなは冷たい視線で見つめる。
はぁ……匂いが、俺をおかしくさせる。
「景彩、海波先輩に別の匂いがついてるけど、いいのか?」
麒麟の記憶まで操作されているのかな。
「うん、そうだね。……これは呪いの弊害だよ。」
昨日、家に帰ってから……海波の携帯にかけたらナミが出た。
会話をした内容は、いつもと違って僕の好きな話題……
それが複雑な感情を引き起こす。
もう一人は、どこに行ったのかな……
ナミは、教えてくれなかった。訊いたら泣かれた。
慰める俺は、まるで……彼氏。
普通の男なら求める位置だろう。
僕は、おかしいのかな??
立ち上がって、ナミに抱きついている啄路くんを、投げ飛ばす。
「……懲りないね。相手になろうか?」
睨んだ僕に、微笑み……目を輝かせる啄路くん。
「3人でも、俺は気にしないぞ!!」
「……このっ!!」
僕の容赦ない攻撃に、啄路くんはダウン。
「……はぁ……もっと……」
意識も失いかけで、何を呟くのか。
変態だ。……疲れるなぁ……。
「誰か保健室に、運んでやってよ。」
始業のチャイムに、ナミは動かない。
「……どうしたの?階が違うから、急いだほうが……」
涙を零し俺に抱きつく。
「怖かった。」
震えて、小さな声で囁くナミの匂いが心地いい。
俺に心を許した香り……
3年の教室にナミを送り、俺は高等部の保健室に寄った。
ドアには『外出中』の札。
【コンコン】ノックしてみる。
中には、気配があるから……。
「草樹、いるんでしょ?」
声をかけると、焦ったような返事。
「……え、景彩??ちょ、待て……まだ入るなよ??」
5分後、予想通り……姉の麗彩ちゃんが出てきた。
「へへっ?ちょっと、気分が悪くて……」
「そう、邪魔してごめんね。」
中の草樹くんは、慌しく何かを片付けていた。
ここは学校だよ??イチャイチャは、家ですればいいのに……ちっ!!
「どうした?」
相談したくて来たのに、イライラが募った。
「草樹のH!!」
「……はい。ずみません。」
情けなく、小さくなった草樹くんが苦笑い。
「……もういいよ。ね、弊害は……どうしたら消える?」
草樹くんは、弊害と戦った。
呪いの犠牲でもある……
「どうかな。この相談も役に立つのか……景彩、相手を選ぶのはお前だ。今まで、呪いが知らせた相手を……みんなが選んできた。そして幸せを得る。選択が正しいのか……結果を見ないと分からないかもしれない。」
「……草樹……記憶の操作がないの?」
選択の話は、海波が二人いるのを知っていないとできないよね?
「俺は、一つの『始まりと終わり』だ。見守る義務があるんだろう。……美衣もね?」
あぁ……海波のもう一人は、美衣さんが護っているんだ。
俺は、ミナ……君を求めたい。多分、君が答えを持っている。
君を選択しないとしても……。
どうして逃げているの?
逃がさない。俺が見つける。君の隠している真実を……
俺は、君たちを失えば……独り……
保健室を出て、ミナを見つけた。多分、任務なんだろう……制服が結南学園のだ。
最近、中等部は少子化で女子中学に変更になった。
役員でも、男は入れない。よし、この顔でよかったと思おう!!
女装してからの移動中も、学園に潜入しても……誰も気がつかなかった。
いいよ、もう!!気にしていたら、ミナに会うことは出来ない。
最近の結南学園に動きが何かあるの?……捜査系なのかな……。
距離を取って、気配を消す。
彼女は、“おおかみ”の血筋には遠いはずだ。匂いは分からないだろう。
危険な任務。近くで見守るには……遅すぎたのかな?
もっと早く出逢っていれば……。
妃は、在学中の役員という決まりだ。
よほどの能力と、判断力……
海波……俺は、君を護りたい。けど、弱い存在として見ているわけじゃない。
大切なんだ……
あれ??距離を取り過ぎて、見失った?
……でも、距離的には丁度よかったはず……まさか、気づかれた?
周りを見渡す。気配はない。……様子を見ている風でもない。
この方向は、生徒会室。校長室……特別教科室。捜査の対象は……。
そう言えば、過去に記録があった気がする。確か……髪切り事件。
可能性として。過去の犯罪者が……この学園に潜入してる?
疑わしいのを捜査するのが、彼女の役割だ。
違えば、別の可能性を捜そう。
すべての学園の見取り図は頭にあるけど……ここは、あまり気にしなかった。
女性しか、任務でも入れないと聞いたから。
捜査対象の人も、それを知って潜入した可能性がある?と、すれば……
相手は男?危険じゃないのか??
足は、自然と速くなる。
校長室に辿り着くけど、気配がない。
【ガタッ】
……?
確かに、小さな音が……
どこだ?……くんくん……微かに、匂う。ミナの匂いだ!!
ナミに比べて、どれだけ少ないのか……。何がそうさせてるんだ?
……畜生!!今は、それどころではない。
一番端の会議室。鍵がかかっている。が、関係ない。
開ける方法を草樹くんから教えてもらっている。
【カッ……チ……】
ドアを勢いよく開けた。
網を被り、顔を隠したミナ。取り囲む男が3人。首謀者の男性一人。
何とかなる?人質がいるけど……。
「待て、手を出すな!!……君、可愛いね。そうか、助けに来たんだ?いいよ、君が言うことを聞いたら……彼女を助けてあげるよ?」
…………。
気持ち悪い眼だ。けど、こんなことでミナを助けられるなら……我慢しよう。
そう、俺は男だ!!我慢!!
「……本当?私のお願い……聴いてくれる?」
「あぁ、もちろん!!」
「……うわぁ、また病気が始まった。先代……それで、以前……お縄になったでしょ?」
「うるさい!!私の好みに文句があるのか?」
……ちっ、邪魔が入るか?
「ね、お願い……お友達なの。放してあげて?……うぅ……カワイソウだよ……ね、お願い……」
泣き落としだ!
それにつられて、デレデレした顔で俺の体に触ってくる。
「あぁ、いいよぉ~~。……何をしている、放してやれ!」
解放されたと同時、ミナが攻撃態勢に入った。
俺も、気持ち悪いおじさんに容赦ない攻撃。あっという間だった。
「ミナ、大丈夫?」
【パシッ】俺の頬に、痛みが走る。
「……え?」
「何故、来た?どうして……こんな無茶をする?」
「ミナ……いや、海波……君が嘘を吐いたからだよ?」
「……何のこと……か、分からない。……ちっ……後始末をして、帰るぞ。」
…………。
やっぱり、嘘をついているんだ。
啄路くんのこと……トラウマ……
君は、それで僕から去るの?
美衣さんが言った……トラウマが、自分と同じ選択に動かすって。
君は、美衣さんとは違う。その選択は……
「卑怯だ。」
悔しい……俺には、君に相応しくない?
君は、俺を信じてくれないの?
「……景彩……駄目だ。私は、いてはいけない……。そうだな、卑怯でいい。優しい君に、残酷な言葉を送る。……二つの命……一つが二つになることは出来ない。必ず、一つは消える。選択が遅いと両方が消える。優しい君は、命を消すことが出来ない。ね、私が……」
「俺は残酷になるよ。俺は、ミナ……いや、海波を選ぶ。だから……」
「……ごめん。その言葉で、十分だ……。ごめんな、忘れて……景彩……この力は、いずれ……」
「海波!!待って、逃げるな!!」
魔方陣が海波の体を包む。
自分から去ろうとするのに、優しい温かな日の光に近い色……。
「……ナミ……か、ふふ……消したのは、私だ。本当の……私。君に好きになって……欲しいと…………」




