第一章(2) 温かい気持ちと偽名
「今日はありがとうございました」
私は、そろそろ帰らなくてはならないという時間より早く、その男の人にそう切り出しました。
「こちらこそ、とても楽しかったよ」
そう言われて、私は心が温かくなるのを感じました。
この気持ちはなんて言ったらいいのか分からないけど、私自身が受け入れられた気がしたのです。
でも、この気持ちになるのは今日が最後。
私はこれから、皆の求める月光姫として生きるしかない。
もう二度と街には出ないと決めて、今日ここへ来たのだから。
「君、名前は?」
「え?」
「名乗ってくれればすぐ、案内するよ?またこの街に来ることがあったらね」
「・・・・」
名前。
正直に言ってしまって、私のことがバレてしまったら、お父様に伝わってしまうかもしれない。
私が怒られるだけならいいけど、怒りに任せて他の人を殺してしまうかもしれない。
でも、だからといって、名乗れる偽名なんて考えていなかった。
「私の名前はベルティーア」
「ベルティーア、良い名前だね」
「この街、凄く気に入りました。私の暮らしている街とは大違いなの。また来るわ」
私はそう嘘を言って、街から離れていく道を歩いていった。
「ベルティーア、か。面白い子」
この男の声は、誰にも届くことのないまま、消えていった。