プロローグ
細かな空気の揺らぎが幾重にも重なりあって圧力となり、
まるでひりひりと肌を焼いているようだ。
焼かれているはずの肌には鳥肌が立っている。寒いわけじゃない。
温度で言えばむしろ生温いくらいの空気が流れていて、
それは人間の生み出す熱によるものに他ならない。
小さな細胞一つ一つが生命を形作るように、
まさに今、一個の生命体のように人々がこの場に集まっているのだ。
その生命体は私を求めている。必要としている。
私は餌だ。
彼らは私の生み出すものを取り込んで力にする為にここにいる。
私は供物だ。
彼らは偶像を求めている。
私は目を閉じて、人いきれを吸い込んだ。この瞬間はいつも同じ。大きく息を吐く。
緊張? そんなものはない。
高揚? そんなものもない。
私にあるのは、ただ、ひとつだけ。
照明が落ちた。
刹那の動揺と騒めき、興奮と期待。空気が更に震えだす。
あたりは真っ暗だ。だが確かに命がそこにあって、ひしめき合っている。
暗闇の中で獲物を狙うように意識が打ち出される。
もしそれを目にすることが出来るなら、それらはまるで光線のように空間を奔り、やがて重なり束となり、強い輝きを放つことだろう。
これから私はその真っただ中に立つ。
光線の束を一身に受け、そこに生み出される熱を取り込んで輝くのだ。
一歩、また一歩と階段を上がる。
足元の金属音がリズムを刻んで響く。
まるで儀式のような静謐さと空気を切り裂くように。
スタッフが小さなライトを回して誘導する。
私は所定の位置に立って、大きく深呼吸をした。
その直後、音が流れ出した。歓声が上がり、空気が震える。
足元の床がゆっくりとせり上がり始めると、徐々に歓声が近づいてくる。
頭上では色のついた光がオーロラのように重なり揺れている。
私は大きく息を吸い込んで、音に合わせて声を吐き出した。
さざ波のような小さな光のうねりが、一気に激しく津波のように動き出す。
床のせり上がりが止まると、一歩、足を踏み出した。
たくさんの人が周囲にひしめき合い、私を見ている。
憧憬、羨望、陶酔、慕情、あちこちから様々な感情が生み出され、音と共に空間を奔る。
最前列の人々の壁、熱狂する壁、今にも岩礁を越えんとする波の様な熱。
その手前に誰かがぽつんと立っている。
一人の少女がいた。
何をするでもなく、彼女は私の方をじっと見て、ただ立っている。
私は少女の目を見つめ、小さく
微笑った。