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歌姫  作者: イリ―
1/8

プロローグ

 細かな空気の揺らぎが幾重(いくえ)にも重なりあって圧力となり、

 まるでひりひりと肌を焼いているようだ。

 焼かれているはずの肌には鳥肌が立っている。寒いわけじゃない。

 温度で言えばむしろ生温いくらいの空気が流れていて、

 それは人間の生み出す熱によるものに他ならない。

 小さな細胞一つ一つが生命を形作るように、

 まさに今、一個の生命体のように人々がこの場に集まっているのだ。


 その生命体は私を求めている。必要としている。


 私は(えさ)だ。

 彼らは私の生み出すものを取り込んで力にする為にここにいる。

 私は供物(くもつ)だ。

 彼らは偶像(ぐうぞう)を求めている。


 私は目を閉じて、人いきれを吸い込んだ。この瞬間はいつも同じ。大きく息を吐く。

 緊張? そんなものはない。

 高揚? そんなものもない。

 私にあるのは、ただ、ひとつだけ。


 照明が落ちた。


 刹那(せつな)の動揺と騒めき、興奮と期待。空気が更に震えだす。


 あたりは真っ暗だ。だが確かに命がそこにあって、ひしめき合っている。


 暗闇の中で獲物(えもの)を狙うように意識が打ち出される。

 もしそれを目にすることが出来るなら、それらはまるで光線のように空間を(ほとばし)り、やがて重なり束となり、強い輝きを放つことだろう。


 これから私はその真っただ中に立つ。

 光線の束を一身に受け、そこに生み出される熱を取り込んで輝くのだ。


 一歩、また一歩と階段を上がる。

 足元の金属音がリズムを刻んで響く。

 まるで儀式のような静謐(せいひつ)さと空気を切り裂くように。


 スタッフが小さなライトを回して誘導する。

 私は所定の位置に立って、大きく深呼吸をした。

 その直後、音が流れ出した。歓声が上がり、空気が震える。


 足元の床がゆっくりとせり上がり始めると、徐々に歓声が近づいてくる。

 頭上では色のついた光がオーロラのように重なり揺れている。


 私は大きく息を吸い込んで、音に合わせて声を吐き出した。


 さざ波のような小さな光のうねりが、一気に激しく津波のように動き出す。

 床のせり上がりが止まると、一歩、足を踏み出した。

 たくさんの人が周囲にひしめき合い、私を見ている。


 憧憬(どうけい)羨望(せんぼう)陶酔(とうすい)慕情(ほじょう)、あちこちから様々な感情が生み出され、音と共に空間を(ほとばし)る。


 最前列の人々の壁、熱狂する壁、今にも岩礁を越えんとする波の様な熱。

 その手前に誰かがぽつんと立っている。


 一人の少女がいた。


 何をするでもなく、彼女は私の方をじっと見て、ただ立っている。

 私は少女の目を見つめ、小さく


 微笑った。

 


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