第2話
僕にはいわゆる『霊感』というものがある。
アニメや漫画では、よく霊感持ちが人から気味悪がられる展開があるが、もちろん僕もその道を通った。
両親には「何かの病気なのではないか」と疑われたし、妹には「気持ち悪い」と言われ、同年代の子どもには「嘘つき」だと罵られる王道を進んできた。
だから、『見えないもの』が見えても気にしない、口にしないということを徹底してきたのだが、あの時は――。
※
僕は唯一仲良くしてくれる友達に誘われ、映画『暗黒の空』にエキストラ参加した。
参加……というか、友達に強引に連れて行かれ、勝手に混じったのだ。
「たくさんの子どもエキストラがいるからバレないよ」と楽観的な友達と違い、気が小さい僕は嫌だったのだが、一人しかいない友達の誘いを断り切れず……。
だが、その現場には母も裏方として参加しているから、みつかるとまずいので、妹の服や帽子を借りて変装していた。
映画の撮影現場には、テレビで見ていた芸能人がたくさんいて興奮した。
中でも、主演俳優の香坂大河さんは、僕の好きな戦隊モノのリーダーをしていたので、会えたことが嬉しかった。
だから、ずっと彼のことを目で追っていたら……見てしまったのだ。
『それ』は香坂さんの背後、15メートルほど離れたところにいた。
一人だけ全身が真っ黒で、『影』が実体化したようだった。
シルエットから、ストレートのロングヘア、スカートを履いていることが分かる。
女性らしい体のラインが蠱惑的に見えた。
そして、顔には仮面――。
真っ白で……能面のようだが、不気味なほど笑顔だ。
その『女の霊』はくねくねと体を揺らしながら、香坂さんの元へ向かっているのが分かった。
それまで僕が見てきた霊は、生きている普通の人と見分けがつかないような姿だった。
初めてみた異形な霊に僕は怯えた。
本能的に『これに関わってはいけない』と分かる。
そんなことを考えている間にも、女の霊はゆっくりと進み、香坂さんとの距離を縮めていて……。
あと10メートルというところで、女の霊は仮面を外した。
その途端、体にぞわぞわと悪寒が走る。
「…………っ!」
《《それ》》を見て叫びそうになるのを必死に耐えた。
仮面を撮った顔には、大きな赤い目が一つだけついていた。
真っ黒な体の中に、血のような赤い目が浮きあがっているよう……。
『あー……』
不気味な目がこちらに向けられたので、慌てて目を反らした。
絶対に目を合わせてはいけない。
――なんだ、あれ……。
女の霊がこちらを見る直前に気づいたのだが、赤い目の瞳孔は……レンズ?
普通の目では白目の部分が『血のような赤』、黒目のところが『カメラレンズ』になっているような感じ……。
その『目』と視線が合わないよう注意しながら、もう少し女の霊を観察する。
すると、女の霊の体中に、あの目がついていることに気がついた。
それらの目の瞼は閉じられていたが、近づくごとに次々と開いていく――。
ぎょろぎょろと動いているので、どれかと目が合ってしまうかもしれない。
怖くなり、慌てて顔を逸らした。
『ちがう ちがう ちがう ちがう ちがう ちがう』
口がないのに、女の霊の声まで聞こえ始め、僕は恐怖に震えた。
すぐに逃げたい……でも……このままだと香坂さんが……ヒーローがきっと死んでしまう――。
そんな予感がしてならない。
だから、信じては貰えないだろうけど……必死に伝えたのだ。
『もうすぐ来るよ! 早く後ろにいる悪い霊から逃げないと死んじゃうよ!』と――。
僕の言葉に香坂さんはびっくりしていたが、すぐに振り返って後ろを確認し、首を傾げ……次の瞬間にはにこっと笑った。
『はは、怖いこと言わないでくれよ』
どうやら『冗談』だと受け取ったようで、受け流されてしまった。
やはり信じて貰えない。
それでも、とにかくここから離れて欲しいと説得しようとしたのだが、現場のスタッフに止められてしまう。
大人たちに現場から出て行くように強く言われ、従うしかなかったが……。
僕が最後に見たときには、女の霊は被っていたお面を香坂さんにつけようとしていた。
――ああ、もう手遅れだ。
香坂さんがどうなってしまうのか、見るのが怖くて……。
僕は逃げるように去った。
そして、香坂さんは亡くなった。
自ら命を絶ったと報道されたが、その死には謎が残されており、『不審死』と言われている。
これが僕から見た『死神少女』の真相だ。