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第15話

 通話を切ってスマホを置く。

 慧がまだ掛けてきているようで画面が光り続けているが、そのまま放っておく。

 構ってくれるのはありがたいのだが、過保護なんだよなあ。


「お腹空いたな……。そういえば、まだ夕飯を食べていなかった」


 帰宅時に買ってきたカップラーメンにお湯を入れるため、ひとまず一階のキッチンに向かった。


 階段を下りていると妹と母の声が聞こえてきた。

 高校生の妹は毎日帰ってくるが、両親は帰って来ないことが多々ある。

 昨日もいなかったのだが、今日は帰って来たようだ。

 キッチンに入ると、テーブルに向かい合って座っていた二人がこちらを見た。


「あら、鈴。起きてたの? 今から夜食でも食べるの?」


 手にしているカップラーメンを見て、母が尋ねてきた。


「これは夕ご飯」


 そう答えると、二人は呆れたように顔を見合わせた。


「今から? ずっと寝てたの?」


 もう風呂に入ったようでパジャマに着替えている妹が、テーブルに肘をつきながら聞いてきた。


「いや、ちょっと、色々忙しくて……」

「どうせ絵でも描いてたんでしょ?」

「いや、絵は描いてないけど……」

「ふーん。ま、どうでもいいけど」


 妹はつまらなそうにつぶやくと、視線をスマホに映した。

 もう僕に用はなさそうなのでその場を離れ、お湯を沸かしてカップラーメンに注いだ。


「うわあ。ラーメンの匂いがすごい。とんこつじゃん! 私の部屋まで匂ってきたら嫌だから、食べてから来てよ」


 妹はそういうとキッチンを出て行った。

 二階にある自室に行くようだ。

 自分の部屋で食べようと思っていたのだが、ああ言われては仕方がない。

 とんこつの匂いは苦手な人もいるし、妹もそのタイプなのかもしれない。

 部屋は隣だが、そこまで匂いは届かないと思うけどなあ。

 キッチンのテーブルにカップ麺を置くと、母も妹に続いて立ち上がった。


「食べたあとは、ちゃんと片付けておいてね」


 母も着替え終わっていて、今日は早く就寝する様子だ。


「うん。……あ」


 気配がしてそちらを見ると、あの女の子の霊がいた。

 近くで見るのは久しぶりだ。

 様子を見ていると、妹がちゃんと閉めなかった扉をぱたんと閉めた。

 その音に気づいて母がそちらを見た。


「…………?」


 妹が出て行ってから間が開いていたので、扉が閉まったことに首を傾げていたが……少しすると、僕の方を見た。

 不思議なことがあったから、僕が「霊の仕業だ」と言い出さないか見ているのだろう。

 気まずくてしばらく俯いていたら、母はため息をついた。


「もう寝るわ。おやすみ」

「うん。おやすみ……」


 息が詰まるような時間が終わることにホッとしたのだが、母が足を止めて振り向いた。


「…………」

「な、何?」

「そんなものばかり食べていたら、肌が荒れるわよ。社会に出たんだから、自分の分だけでも自炊しなさい」

「あ、うん……」


 母は言いたいことを伝えると、キッチンを出ていった。

 今のセリフは「一人暮らししろ」という圧なのかもしれない……。


 女の子の霊は、今度はきっちりと扉を閉めたからか、いつの間にか消えていた。


「はあ……」


 何だか気が重くなってしまったが、カップラーメンを食べよう。

 少し伸びてしまったが、とんこつの匂いにお腹が鳴った。




 食事をして、ついでにシャワーも浴びて部屋に戻った。

 それから、まとめたものをチェックして、恭介さんといざなぎのアカウントに送っておいた。


「いざなぎの呪いはどうなったかな。お寺とかに行けたかな」


 情報は送ったけれど、『いざなぎの様子を教えてください』とは書けなかった。

 少し関わったからといって、一リスナーが聞いてもいいのか。

 リスナーとしての一線を越えてはいけないようにしないと……。

 

「でも、気になる……」


 いざなぎのことや、また見てしまったあの女の霊のことが頭から離れない。

 結局ほとんど眠ることができないまま朝になり、仕事に行ってきた。

 


「昨日より疲れた……」


 仕事の帰りにコンビニで、カップラーメンはやめて、おにぎりとサラダを買った。

 空はまだ明るさが残っているとはいえ、日が落ちてだいぶ暗くなっている。

 人の通りが少なくなった、寂しい道路をとぼとぼ歩く。

 いざなぎの配信予定はいつもSNSで告知されるのだが、更新されていなかったので、今日はしないのだろう。ますます心配だ……。


 僕は昼休憩にネットニュースを見るのだが、今日はいざなぎが香坂さんのようなことになってしまった、という知らせがあったらどうしようと怯え、見ることができなかった。


 やっぱり恭介さんにどうなったのか、メールで聞いてみてもいいだろうか。

 そんなことを考え、俯きながら歩いていたら――。


「?」


 家に到着したのだが、前に知らない車が止まっていた。

 若い女性が運転しているのをよく見かける、可愛らしい軽自動車だ。

 妹の知り合いだろうか、と思ったのだが、車から出てきたのは男で……。


「え」


 びっくりして足を止めると、その人はこちらを見てぱあっと笑顔を見せた。


「ゼロさんだ! 絶対ゼロさんでしょ!!」

「……い、いざなぎ?」


 ど、どういうこと??

 推しがにこにこ笑顔で駆け寄ってくるのですが……幻覚ですか!?

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