第1話
明るさ残る、夏夜の十九時すぎ――。
「ただいま」
返事を期待していないが、職場から帰宅したので一応言葉にする。
家の中に明かりはついておらず、シン……と静まっていた。
両親も妹も、まだ帰っていないようだ。
廊下に明かりをつけ、自室がある二階へと向かう。
「はあ……今日も疲れた」
部屋に入り、明かりをつけて鞄を下ろす。
早く立ち仕事で疲れた足を労りたいが、一度座ってしまうと動きたくなくなる。
面倒だが上下黒の部屋着に着替え、楽になってからベッドの上に転がった。
その瞬間……。
――ばたんっ
「…………」
誰もいない一階で、はっきりと扉が閉まった音がした。
家族が帰って来たわけでも、侵入者がいるわけでもない。
普通なら恐怖を感じる場面だが……僕は平気だ。
なぜなら、いつものことだし、原因が分かっているから。
「また、あの子か」
この家には、僕にしか見えない小さな子供がいる。
おかっぱ頭に白いワンピースの女の子で、開いている扉があったら閉めてまわるのだ。
「母さんがキッチンの扉を閉め忘れたのかなあ」
お手伝いをしているつもりなのだろうか。
くすりと笑ったあと、『ご苦労様』と心の中で労った。
高校を卒業して社会に出た僕――烏丸鈴は、今も実家に住んでいる。
勤めているところは非正規だし薄給だが、十時に出勤して十八時には残業なく退勤できるホワイトな職場だ。
定時で帰り、夜は快適に自分の時間を過ごすことができている。
こう言うと、悠々自適な暮らしをしているように思われがちだが……割と胃が痛む日々だ。
僕は自分で言うのもなんだが、陰気な人間だ。
親のおかげで見た目は悪くない方なのだが、内から溢れる根暗さと、長めの黒髪赤目、モノクロファッション好きのせいで、職場の人には近づき難い人間だと思われている。
いじめや嫌がらせなどはなく、業務については普通に話せるが、私的な会話は一切ない。
職場でぼっちは地味につらい。
それに、両親と妹の四人家族なのだが、居心地が悪くて家でも縮こまって生活している。
二つ年下の妹は友達が多い美少女で、キラキラした高校生活を送っているし、両親も裏方とはいえ芸能関係という華やかな世界で働き、充実した日々を過ごしているようだ。
僕だけ落ちぶれているようでつらい。
彼女もいないし、このままでは子供部屋おじさんまっしぐらだ。
もっとしっかりしないと――。
そういう危機感はあるのだが、結局何もしないまま毎日を過ごしている。
「あ、時間だ」
しばらく寝転がってボーッとしていたが、スマホのアラームが鳴ったので体を起こした。
そして、画面を操作してライブ配信アプリを開き、推し配信者さんのアカウントに飛ぶ。
もうすぐ楽しみにしている特別ライブ配信が始まるのだ。
『待機』という文字が流れるチャット欄に、自分も同じ言葉を打ち込んだ。
推し配信者さんは『いざなぎ』という男子大学生。
ホラーゲームの実況をしたり、都市伝説やオカルトについて話す配信をしている。
顔を出しており、綺麗に染めた柔らかそうな銀髪に青空のような青い瞳のイケメンだ。
大学生らしい爽やかさと物怖じしない陽気な性格が魅力的で、若い女性ファンが多い。
そんな中、男の僕がなぜ彼にハマったのかというと、活動の目的として掲げていることに興味を持ったことがきっかけだった。
――都市伝説の『死神少女』に会いたい!
これが彼の目標、そして僕が惹かれた理由だ。
『死神少女』というのは、十年ほど前にできた都市伝説だ。
本来、都市伝説というのは『噂』のような不確かなもの。
だが、死神少女は実在している。
舞台となったのはとある映画の撮影現場。
大人気漫画原作の実写化、そして、超人気俳優が主演を務めるということでかなり話題になった。
撮影中も注目度は高く、多くの取材が入っている中、エキストラとして参加していた一人の少女が、 主演俳優に向かってこう言ったのだ。
『もうすぐ死んじゃうよ』
その場では誰もが、「不気味なことを言う失礼な子だ」と思ったくらいで深く気にしなかった。
だが、実際に人気俳優は映画公開の前に不審死したのだ。
関係者たちの脳裏には、少女の言葉が蘇った。
彼に死を告げた、あの少女は誰だったのか――。
エキストラの名簿を見ても、見つからず……。
だが、とある記者が、たまたまその少女の写真を撮っていたので、存在していることは確かだった。
それからずっと、人気俳優に死を宣告した少女――『死神少女』探しは続いているが……未だ見つかっていない。
最近は風化し、探している者もいなくなっていたのだが、いざなぎは熱心に死神少女を探しており、情報集めをするためにも配信者になったという。
『実在する都市伝説だなんて、突き止めたくなるでしょ! 絶対オレが死神少女をみつける! みんなは某掲示板とかに残ってる死神少女の写真見た? ちゃんとは見えないけど、オレは分かる。絶対にすごい美児女! たぶん、オレと同年代なんだよ。見つけたら付き合ってくれないかなあ。都市伝説が彼女、ってすごくない?』
定期的に同じことを口にするくらい、いざなぎの情熱は本物だ。
「熱心に追ってくれて嬉しいよ。ここまでたどり着けるかな」
実は……死神少女の正体は僕なのだ。