報告と様子見
戻った最前線では最後となる戦闘が続いていた。
数多の屍が地面に転がる中、最後に残ったのは総騎士団長と数名の副官。他の重鎮達は戻って来るまでに逝ったのか。
皇帝から回収した儀礼剣を鞘から抜き、彼らを取り囲んでいる帝国兵に背後から切り掛かった。強引に包囲網を突破した直後、空砲が鳴り響いた。何事かと、帝国兵が動きを止め、少しの間を置き、二度連続で空砲が鳴ると彼らの表情は驚愕に変わった。
帝国兵は口々に悪態を吐きながら、速やかに撤退して行く。帝国兵が撤退して行った行動から考えるに、あの空砲は『撤退を指示』するものか。敵兵がいなくなったところで、生き残りの面々を治療する。敵が撤退すると同時に彼らは地面に座り込んでしまっていた。満身創痍、疲労困憊と言うのも有るんだろう。
治療をしながら総騎士団長に『やり遂げた』と儀礼剣を渡して報告する。
あの皇帝が影武者の可能性は残っている。仮に本物だったとしても、『暗殺されたのは影武者』と主張するかもしれない。帝国に一振りしかない儀礼剣を影武者が持って行動するかは微妙な線だが。
ともあれ、現時点で細かい裏読みを必要はない。歩けるまでに治療した彼らと共に、最前線の後方で防備を固める事にしたファルコナー辺境伯と合流し、今後の話し合いをする方が先決だ。
砦まで移動して、転移魔法陣を使って辺境伯と合流。帝国が撤退した事を教えると、辺境伯は直ぐに斥候を送り帝国兵の現在位置の調査を始めた。場合によっては放棄した砦に戻る必要が有るとの事だが、門外漢なので口は出さない。斥候が戻って来るまでの間、総騎士団長達の治療を行い、完全に治した。
斥候が戻って来たのは夕方。皆どうなっていると首を傾げていた。
調査の結果、コンスタンス帝国はセレスト王国から完全に撤退した。
帝国兵が何処まで撤退したのか確認の為に国境沿いまで馬に乗って行き、帝国側の国境沿いの砦まで確認して来たそうだ。帝国側の砦では、重鎮達が我先にと首都に移動してしまい、混乱が起きていた。
混乱を齎した情報は『帝城一夜にして陥落』と『皇帝崩御』に、『全皇族が焼死体で発見される』の三つだった。
「暗殺した皇帝が影武者である可能性はこれで消えたな」
全ての報告を聞いた総騎士団長の第一声はこれだった。他にも言う事が在るだろうに。そう思って総騎士団長を見る。辺境伯や副官達も同じ事を思ったのか、やや呆れた顔で総騎士団長を見ている。
視線に気づいた総騎士団長が、気まずそうに咳払いを零してから、辺境伯と砦をどうするか意見を求め始めた。兵の数が心許ない事には変わりない。放棄した砦の今後の扱いは、今決めてしまった方が良いと判断したんだろうね。
……前線の現状を王都に知らせても、政変の影響で国家の中枢は混乱が続いている。報告を受けて判断する、王や宰相を始めとした上層部の人間もいない。彼らの代わりに宰相や重鎮達の跡取り息子達が頑張っているそうだが、この緊急事態にも拘らず、足を引っ張る事しか出来ない連中が齷齪と動いており、上層部はまともに機能していない。
こう言う時に、臣籍降下した王の弟か兄が出て来てくれれば問題は解決しそうなものだが、国王は一人っ子で、先王にも兄弟はいない。更に、王位継承権を持つ王族筋の貴族だったキャンベル家も政変が起きる前に無くなった。他に継承権を持つ家は残っていたかな? と言う状況だ。
話し合いの結果。砦に関してはもう三日間、帝国の動きを確認してから、確保に動く事になった。
動くのはファルコナー辺境伯家と総騎士団長達。自分に仕事は無い。王都に帰っても良いと言われたが、混乱が起きている王都に帰りたくない。でも、王都の状況の確認はしたい。
王都へ移動するのは三日後に。この間に帝国の動きを改めて整理した方が良いと判断した。
三日経過した。
帝国は相変わらず混乱している。セレスト王国でもそうだったが、次の国のトップが決まらず、時間が経てば経つ程に帝国の混乱は酷くなって行く。
帝国の場合は周辺国に喧嘩を売り倒していたので、皇帝崩御の知らせを聞き、隣接する国が侵略を始め、属国である事すら認められず支配下に置かれた各地で反乱が次々に起きた。
やり過ぎたようにも思えるが、後悔は無い。遺恨は後世に遺さないに限る。
さて、三日経過して帝国がここに攻めて来る様子もない。放棄した砦の再確保が終わり、辺境伯と総騎士団長に挨拶してから王都に向かった。