その頃、王は ②
アメリアが王城に向かう馬車に乗り込んだ頃より少し前。
王城の謁見の間は前日の比ではないが緊張に包まれていた。
謁見の間にいる人数は少ない。
玉座に腰かける国王。宰相以下各大臣。第一王子エリオット。パーソンズ夫人とその娘のジュリア。
人数の少なさに違和感を覚えているのはエリオットだけ。
夫人とその娘は現状が理解出来ず暗い表情をしている。夫であり父であるパーソンズ侯爵と長女アメリア(厳密に言うと屋敷にはいるが顔を出していないだけ)が昨日から家に戻らない事も在り、良くない報告を聞かされると思っているのがその表情からも分かる。
国王は玉座から揃った人間の顔ぶれを眺め、最後に息子の顔を見る。
息子の顔を見るのは、これが最後になるかも知れないと分かっているが、悲傷は無い。在るのは慨嘆だけだ。
王は徐に決定事項を淡々と告げる。
アメリアとエリオットの婚約解消。エリオットの王籍剥奪臣籍降下とジュリアとの再婚約、パーソンズ家に婿入り。王命の婚約婚姻の為離縁不可。
そして、当主の犯罪によるパーソンズ家の爵位降格。爵位降格に合わせて領地の三割を没収。夫人とジュリアとエリオットの三名は二十年間王都への立ち入りを禁止。アメリアの独立に伴う縁切り。
国王はこれらを一気に言い、絶望顔の息子を見た。
「言い訳は聞かん。忠告を無視したお前の自業自得だ」
エリオットの一切の言い訳や反論を封殺し、パーソンズ家の領地に直ちに向かえと命じる。
「お待ち下さい! 何故私まで、領地に向かわねばならないのですか!」
青い顔をした夫人が声を上げる。母親としての務めを果たしていないからだと王が言えば、夫人は『あんまりだ』と都合よく泣きだした。
王が娘の方を見やれば、こちらは泣き顔になっている。エリオットには慰める余裕もないのか、ただ茫然としていた。
「何を泣いておる? これから気の済むまでエリオットに構って貰える日々になるのだぞ」
呆れた王は室外に待機していた近衛兵を呼び、三人を追い出す。
玉座に座り直した王は深くため息を吐いた。気遣わし気に自身を呼ぶ宰相に手を上げて制止した。
「ただの気疲れだ。……しかし、エリオットもとんだ馬鹿に成り下がったものだ」
息子の幼少期時代を思い出す。王になると勉強に邁進していたあの頃。そこまで優秀ではなかったが、王族としての姿勢は申し分なかった。
それが駄目になったのは、アメリアとの婚約が決まり、王妃が彼女の悪態を吐くようになってから。
母に悪態を吐かれるような女は嫌だと言いだすようになった。本当の意味で我儘を発揮していたのは王妃の方だが、エリオットは最後までそれに気づかなかった。エリオットとの婚約を拒んでいたのはアメリアも同じ。アメリアはすぐに婚約解消の準備を始めた。エリオットは動かなかった。
悪化したのは、アメリアの妹と出会ってから。
僅か三年程度でここまで変り果てた。
王は『不幸中の幸い』が何であるかを考えようとして、止めた。
エリオットの件はもう終わった。終わった事を何時までも悔いても意味は無い。
王は謁見の間を出て、大臣達と共に執務室に戻り、宰相に王妃の実家――キャンベル公爵家について尋ねた。諦め切った顔で宰相が頭を振る。宰相の仕草で大臣達も事の深刻さを悟った。
最後の一仕事が残っている。
それは第一王妃の実家が計画している『国家転覆』だ。
恐ろしい――否、馬鹿な事に、三王子達よりも低いが王位継承権を持ち、第一王妃の実家である事を利用し、キャンベル家は第二・第三王妃とその王子王女達と、国王の排除を計画していた。
こんな計画を立てて何の意味が有るのかと思う。
アメリアからの報告書を読む限りだが、完全な売国計画だった。
計画を唆したのは隣国コンスタンス帝国。
セレスト王国をコンスタンス帝国の属国とし、自分達が属国の王になるつもりだったようだが、あの帝国がそう簡単に属国の存在を認める筈がない。
かの帝国が攻め滅ぼした国を属国として抱えていない事からもそれは解るだろうに。
何故それが解らないのかと、王はため息を吐いた。
その十数分後。
他国からの侵略を知らせる警報音が、城内を駆け抜けるように鳴り響いた。
同時に宣戦布告が行われた。
戦争を仕掛けて来たのは、コンスタンス帝国。
昨日の城内は戦時下の如き雰囲気だったが、その翌日に本当に戦時下になるとは誰も予想出来なかった。
情報が漏れぬように内密に行ったにも拘らず、どこから情報が漏れたのかと、皆頭を抱えた。しかし、戦争が始まった以上、頭を抱えてはいられない。
王は慌ただしく各大臣と各部署に指示を飛ばし、侍従長にアメリアの呼び出しに向かわせた。
王太子妃でなくとも、国内単身最強戦力である彼女の所在確認は優先事項でも在る。
大公の爵位を正式に授けていないが、かえって都合が良い。今回、功績を上げたのなら各所から出る不満を封殺出来るのだから。