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見飽きた三文芝居

 日が完全に沈んたあと。時間としては午後六時半ぐらいか。

 家に戻ると王家の紋章が付いた馬車が止まっていた。

 家に来る王家の人間は独りしかいない。こんな時間になってもまだいるのかと、軽く失望する。

 こっそりと敷地に入り、本邸から離れたところに在る一軒家の離れに向かう。義妹と後妻がこの家に迎え入れられたあの日、父親の手でここに追いやられた。義妹と面倒な交流しなくていいのなら、と自分は受け入れた。

 しかし、義妹は……どうしようもない馬鹿だった。天真爛漫と言えば聞こえは良いだろうけど。

 母親に構って貰えない分を自分に求めた時点でアウトだ。義妹が自分のところに来た事を知った父は、何を思ったのか殺しに来た。魔法で撃退したが。

 何度も撃退するのは面倒なので義妹に説明して『近づくな』と言ったら、今度は泣き出し、父がまた殺しに来た。これがエンドレスで起きたから義妹を避けるようになった。父も自分に近づくなと言ったらしいが、後妻が構ってくれないと泣き出し、父の義妹に対する溺愛が強まった。

 後妻は母親としての対応をしないからこうなったんだけど、父は後妻を手放さない。皺寄せは全て自分だ。

 ま、それも明日までだけど。

 漸く縁切りが出来たのだ。離れに入るが不在の札を下げたままにする。

 この離れは使用人がいない。食事は自分で作っている。今日は城下街で購入した総菜で済ます予定だ。

 灯りを点けないまま室内を移動。二階の自室のベッドにダイブ。

 明日から暫くの間は暇になる。何をして過ごそうかと考えていると、玄関のドアが乱雑に開けられる音が響いた。そのまま荒々しい足音が響き近付いて来る。まるで、強盗がやって来たかのような騒々しさだ。

 何事かと起き上がり、姿消しの術を展開すると同時にドアがノックもなしに開け放たれた。

「はぁ、はぁ、……あれ?」

 灯りが点いていない暗い室内だが、やって来たのが誰かは声を聞いて分かった。この声は義妹だ。

「いない。お姉様も帰って来ていないの?」

 呟き声が聞こえ、部屋の灯りが点けられる。明るくなった室内で来訪者の顔がはっきりと見えた。

 淡い金の髪と碧い瞳を持つ整った容姿の少女――ジュリアは、室内を見回している。

「ジュリア。アメリア嬢はいたかい?」

 その後ろからやって来たのは金髪碧眼の青年――顔も見たくないと明日の顔合わせも拒否した、エリオット第一王子。

「いえ。……おりません」

 茫然と呟く義妹。目の前にいるよと突っ込みたいが、様子を見るに言葉を交わすと面倒そうなので黙ったままでいる。

「お父様だけでなく、お姉様まで」

 義妹は絶望が混じった声音で錯乱しかけていた。それを王子があやしている。

 自分は義妹の言葉から、ここにやって来た理由を把握した。

 ――父が王城に呼び出されたのか。

 王妃を速攻で幽閉したとしても、父を呼び出すのはもう少し時間が経ってからだと思っていた。思っていた以上に王とその周囲の手際は良かったのだろう。宰相辺りが頑張っただけかもしれないが。

 混乱から泣く義妹を王子が慰めながら部屋から去って行く。

 ドアが完全に閉まり、玄関の開閉音が再び耳に届いたところで術を解除。ベッドに寝転がってため息を吐く。

 ――つまらない、三文芝居を見たような気分だ。

 都合良く泣く義妹と、それを慰めている王子。双方ともに顔は良いので見る分には絵面は良い。中身は足りていないが。

 再度ため息を吐くと空腹で音が鳴った。ベッドから降りて一階のキッチンへ移動。窓が無く、外に灯りが洩れ難いキッチンの灯りを点けて、作り置きのスープを温め器に盛る。

 輸入品で冷凍保存していたご飯を温めて、茶碗に盛る。ありがたい事にこの世界にはお米が在った。輸入品なので値段はちょっと高い。それでも、たまに食べられるのは嬉しい。これで味噌と醤油が有ればパーフェクトだ。どちらもないけど。

 城下街で購入した総菜を温めて皿に盛り付け晩御飯の準備完了。

 ナイフとフォークではなく、自前の箸を手に食事を始める。

 購入した鶏肉の漬け焼きが美味しい。ご飯を一口食べてから、続いて購入したサラダに箸を伸ばす。掛かっているドレッシングは煎り胡麻と塩、胡椒に、ワインビネガーとオリーブオイルもどきを混ぜたもの。胡麻は輸入品しかない為、胡麻ドレッシングが作れず炒ったものを混ぜる程度の量しかない。

 スープは転生の旅をするようになってから、よく作るようになったコンソメ。一度に大量に出来上がるので毎日消費している。今日はベーコンと下茹で済みのじゃがいもに似た芋を投入した。

 旅が始まる前は余り料理をする方ではなかった。しかし、必要に迫られて覚えると便利と感じる。

 特に、食べたいものが食べられるありがたさ。塩胡椒と酢だけの味付けに我慢出来ない、贅沢舌と感じた瞬間でもある。

 晩御飯を食べ終え、デザートとして購入した桃っぽい果物を使ったタルトを食べる。うん、甘い。

 昔は果物が好きじゃなかった。水分たっぷりで酸っぱい奴ばかり当っていたのも有るけど。甘味料が発達していない世界だと果物の甘みは貴重だ。世界によっては人参ですら甘味扱いで、これには非常に驚いた。

 砂糖と蜂蜜とバターを使った菓子が平民(富裕層では無く、下流層)でも入手可能な世界は、確かに食が発達しているけど、別の分野も発達しているんだよね。

 皿を洗い、食休みを挟んでから入浴。

 この世界では貴族もシャワーを浴びるだけで湯船が存在しない。この事実を知った自分は金属板を使って湯舟を作った。お湯は魔法で作っている。これにより、体育座り程度の広さしかないがお湯に浸かれるようになった。寒い日は湯船に浸かって体を温めるのが一番。

 汚れを落としてから湯船に浸かる。寝る前の至福の一時よ。

 十分に温まったところでお湯から上がり、タオルで全身を拭いてキッチンに向かう。冷蔵庫から自作のガラスのボトルを取り出す。中身は果実水。やっぱり、風呂上がりは冷たいものが飲みたい。冷たい果実水が特に最高。コップで一杯飲み干し、息を吐く。

「はぁ~……」

 コップを洗い自室に戻る。髪がまだ生乾きなので寝転がれないが、ベッドに腰かける。

 自作ドライヤー(魔法具)で髪を乾かしながら今日を振り返る。

 やっと婚約が解消出来た。あの王妃を義母と呼びたくはなかったので、婚約解消は万々歳だ。王家有責となったのであれこれ言われる心配もない。

 社交界は義務出席以外はほぼ出ていない。お茶会に参加すれば王妃とその友人一同が嫌がらせをして来るし、夜会に出ても同様。後日、その旦那一同から謝罪を受けるまでがワンセットだ。

 王妃は幽閉されただろうから、その実家と取り巻きは困り果てるだろうね。

 あれでも第一王妃の実家だったから威張れたけど、今後はどうなる事やら。零落は防げないだろう。

 王子は他にも二人(第二王妃と第三王妃の息子)いる。王太子候補が完全にいなくなった訳ではないから、第一王子が臣籍降下しても大丈夫だ。

 髪を乾かし終え、パジャマに着替えてベッドに寝転がる。

 就寝にはやや早い時間帯だが、もう寝てしまおう。

 明日が一番気疲れしそうだし。



 翌日。何時も通りの朝と昼を迎えた。義妹は突撃して来なかった。

 午後一時ぐらいの頃になって、王城から使者がやって来た。第一王子自ら使者を務めているのを見て、昨日の王の言葉を思い出す。

 ついに義妹と後妻、元婚約者の王子に処罰が言い渡されるのか。

 領地に出発するのは最低でも三日を要すると見込む。その間、義妹と後妻の面倒な相手を回避する為に何処かの宿に避難するか。

 王子のエスコートで二人が馬車に乗り込んだのを確認してから荷物を纏める。

 アクセサリー類は亡き母から受け継いだものしかないので少ない。自分に合うものでもないので全て売ろう。袋に詰めて鞄に入れる。

 ドレスも少ない。冒険者としての普段着と下着類の着替えだけを旅行鞄に詰める。

 一階に降り、キッチンで食料の残量を確認。次の買い出し予定日は明日。作り置きは昼食で消費し切った。食材もほぼ残っていない。家を出るのなら食材は使い切ってしまった方が面倒がないと判断しての結果だ。残っているのが果実水だけなのは偶然か。

 丁度時間は三時少し手前。

 休憩がてらに果実水の最後の一杯を飲み、グラスを洗って片付けていると、離れの玄関ドアの開閉音が響いた。

「アメリア嬢。いらっしゃいますか? 宰相閣下からの手紙を預かっております」

 続いて響く声。その内容に内心首を捻り、玄関に向かう。

 玄関のエントランスに顔を出すと、使者の男が明らかにほっとした顔をした。

 用件を尋ねると、一枚のカードが恭しく差し出された。受け取って裏面を見ると、短い文面で『不測の事態に備えて城に来い(意訳)』と書かれてあった。

 どうやら宰相は『領地に追い出される三人が王都から出るまで屋敷にいるか』と心配している模様。宿に避難する気満々だったのがバレている。

 使者に一言言い、旅行鞄を取りに戻る。服装は膝丈のスカートとブラウスに編み上げのブーツだが、気にしなくても良いだろう。王に謁見する訳でもないんだし。そもそも、自分が冒険者として活動している事は向こうも知っている。不測の事態に備えてドレス格好でいるのは窮屈だ。

 鞄片手に玄関に戻り、使者の男性と共に馬車置き場まで歩く。連れて来いと言われていたな。

 馬車に乗り込む。少ししてから出発した。ガタゴトと揺れる車内で車窓から外を眺め――不意に思う。

 自分と第一王子の婚約解消の情報が他国に知れ渡ったらどうなるのか。

 考えていなかったが、面倒になるのは間違いない。

 婚約を解消に持ち込んでも面倒事は消えないのか。

 車内で一人なのを良い事に肩を落とした。

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