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その頃、王は ①

 アメリアが城から去ったあと、王城内は戦時下でもないのに物々しい雰囲気で満ちた。

 こうなった原因はただ一つ。

 第一王妃の廃妃が前触れもなく決定し、即座に離宮へ幽閉と相成ったからだ。

 先王の遺言の内容を知るものは少ない。国王と宰相以外では大臣以下閣僚級と各辺境伯当主のみが知る。

 遺言の内容を知るものは王妃と第一王子を窘め、現実に起きぬようにと祈っていた。しかし、婚約が解消となった事で現実となった。

 


 王城中庭で行われていた、王妃と仲の良い友人の公爵夫人とその娘と三人でのお茶会の場に、近衛兵を連れて乱入した国王は三人の拘束を命じた。

 拘束されてヒステリックに叫ぶ王妃に向ける国王の目は冷たく、到底妻に向けるものではなかった。その場に居合わせ、とばっちりで母共々拘束された公爵令嬢は突然の事態に震え上がった。

「アメリア嬢とエリオットの婚約が王家有責で解消となった」

「え?」

 拘束の原因となる、擦り付けの罪状を告げられるのかと思っていた王妃は一瞬呆けた。

「そ、それで、何故私が拘束されねばならないのです!」

 息子の婚約が解消と自身が拘束される事に繋がりが有るとは思ってもいない王妃が叫ぶ。

 王妃は先王の遺言を知らない。だが、アメリアとエリオットの婚約の意味は何度も聞かされていた。例え本人の記憶に残っていなくとも、複数の人間から言い聞かされた事実は残る。

 ここまで愚かな女だったかと、国王は出会った当初の王妃を思い出そうとして、頭を振って止めた。

 今日の予定は詰まっているのだ。我儘な女のヒステリーに付き合う時間はない。

「父上の遺言だ」

「先王陛下の遺言!? それとこれに一体何の関係がっ」 

「遺言の一部には『アメリアとエリオットの婚約が解消もしくは破棄となったら正妃を廃妃し、幽閉せよ』とある」

「なっ、嘘でしょう! 嘘ですわそんなもの! アグネスですか! そんな馬鹿げた事を言い出したのはっ」

 先王の遺言は公表されていないが、アメリアとエリオットの婚約だけは先王が強行した事。婚約に至った理由は王妃もしつこく聞かされたが、記憶に残っていないらしい。都合の悪い部分は綺麗サッパリ忘れる悪癖は生涯治らないものと王は見た。

「正式な文言として残っておる。アグネス(第二王妃)も父の遺言を知らぬ」

 喚く王妃の姿を見て国王は思う。例え先王の遺言を教えても忘れてしまいそうだ、と。

「現時刻を以って第一王妃を廃妃とし、離宮へ幽閉する」

「そんなっ!?」

 絶望の声を上げる王妃に最後となる問いかけをした。

「お前はアメリア嬢との初めてのお茶会で何をしたか覚えているか?」

 唐突な話題転換に戸惑いながらも王妃ははっきりと返した。

「……お茶を浴びせられましたわ」

 厚顔無恥と言うのは王妃の事を指すのだろうなと思いながら、王は指摘した。

「その前にお前が熱湯の紅茶を浴びせただろう」

「アレは手が滑っただけですわっ!」

「侍女に拘束させて置いて、よくもまぁそんな事が言えるな」

「で、ですがそのあとにっ」

「くどい! あの日のお前の対応を見た父が『エリオットとの婚約が消えたら廃妃し幽閉』と決めたのだぞ」

「えっ」

 自身の対応が元で幽閉が決まっていたと知った王妃の顔色が蒼くなって行く。

 王妃は元々、目の前にいる公爵令嬢を息子の嫁にしようと画策していた。それを先王の命令で阻まれ、怒りをアメリアにぶつけていた。隙あらば息子との婚約を解消させようと動いていた。丁度良く息子も浮気行為をしていたので、咎める事もせずにいた。

 侯爵家よりも格上の公爵家と婚約させれば、自身の後ろ盾も強化される。

 だが、息子の婚約が消える事で自身にも影響が出るのなら別だ。

 王妃と言う、貴族女性の頂点の地位は何物にも代えがたい。嫌いな女ですら手に入れられずに死んだ事実は何よりも甘美だった。

 それが、身から出た錆で壊れる。

 その事実にまで思い至った王妃は、再度喚き散らそうとしたが王の指示で猿轡を噛まされた。そのまま連行されて行く。

 一仕事終えた王は、巻き込まれで拘束された公爵夫人とその娘を見る。いかなる処罰が下されるかと思い二人は竦み上がった。

 元王妃と共にアメリアに嫌がらせをしていた二人の処遇を少し考え、大きく頷いて二人に告げた。

「さて、お主ら二人もアメリア嬢に嫌がらせをしていたな」

 血の気の引いた顔でガタガタと震える母娘。

 その様子を暫し観察した王は徐に口にした。

「次はないと思え」

「は、はい……」

「わかり、まし、た……」

 王はここで起きた事の他言無用を命じて二人を解放する。馬車でそのまま家に送らせれば今日のところは問題ない。正式な発表はまだ先だが、油断は禁物。

「陛下。パーソンズ侯爵がお見えになりました」

「分かった。応接室に通せ」

 今日中にやらなければならないもう一つの仕事がやって来た。近衛騎士に指示を飛ばして国王は応接室に向かった。



 到着した応接室では、パーソンズ侯爵が待ち構えていた。呼び出しの内容が邪険に扱っている娘のものだからか、表情は険しい。

 アメリアとエリオットの婚約解消とジュリアとの再婚約を告げると侯爵は大いに喜びを表した。溺愛している次女とエリオットの婚約が可能と分かり祝福している様は確かに父親のものだが、長女を無能と貶し倒す様は嫉妬に満ちている。

 しかし、国王はその姿を見て疑問に思った。

 優秀な長女よりも、容姿以外に取り柄のない次女を溺愛する理由は何なのか。殺す程に嫌う理由は何なのか。

 好いてもいない女の娘だから嫌うのか。跡取り息子になれないから嫌うのか。その両方か。

 浮かんだ疑問を振り払い、手を叩いた。室外で待機していた近衛騎士が部屋に押し入り、侯爵を拘束する。

 喜びから一転、侯爵は疑問と怒りに満ちた顔をするが、長女が集めた証拠と罪状を突き付けると、顔から血の気が失せた。

 国王から侯爵本人への処罰を告げて、地下牢に連行させる。

 王妃と違い、喚き立てはしなかったが長女アメリアへの恨み節を延々と口にしていた。

 突貫で二つの仕事をやり終えた国王は戻った執務室でため息を零した。

 最後の一つは明日行うが、今日中に準備しなくては話が進まないし、妨害に遭う。現在ここにいない宰相は大臣達に話を通している。話を聞かされた大臣達はきっと驚くだろう。

 エリオットの王籍剝奪、臣籍降下、ジュリアとの婚約、婿入り準備。

 そして、アメリアも知らない先王の遺言の一つを進める。

「アメリア嬢の叙爵式を何時にするか」

 アメリアとエリオットの婚約が立ち消えた、もしもの事態を想定した遺言がある。

 エリオットの臣籍降下も遺言の一つだが、アメリアに爵位を与える事も遺言の一つ。

 彼女に与えられる爵位は一代限りの『ガーディナー大公』の爵位。

 同時に王都の守護役の仕事を与える。公爵でなく何故大公なのかと思ったが、先王の理由を聞き、国王は納得した。

「転生者か」

 先王は他者の隠し事を看破する特殊な魔法が使えた。

 これにより、先王はアメリア・パーソンズが特殊な存在である事を知った。エリオットとの婚約は、王都の守護と彼女の強大な魔力を王家の血に取り込む事以外に『特殊な人材を王家で囲む』目的が有った。

 その目的が果たせなくなった時の事を考えて『大公の爵位を与えて国に留める』準備も進められていた。

 勘の良い彼女にバレぬように水面下で行われていた準備は、皮肉な事に王妃を始めとした面々の嫌がらせで逆に隠し通せた。

 彼女に支払う慰謝料が法外なのは、エリオットと王妃が齎した精神的な苦痛だけでなく、準備を隠す為に目を瞑っていた事も含まれる。王妃の実家とその派閥に属する家から徴収もするが、国王自身の個人資産からも幾らか出す予定だ。

「明日はエリオットか」

 エリオットに処罰を告げるのは何時頃が良いかを考えて、王は憂鬱なため息を吐いた。

 アメリアと義妹のジュリアの仲が良くない原因の根本は二人の父に在る。

 もっとも、アメリアは『父に関わるもの』を早々に切って捨てていた為ジュリアに近づかなかった。だが、ジュリアはアメリアに何度も近づき、拒まれて泣いた。その結果、父親がアメリアを殴りかかり、剣で斬り付け、毒を盛って殺そうと試みた為、アメリアから見た義妹の印象は悪くなった。

『互いに不快な思いをしない為に距離を取ろう』とアメリアは大人の対応を取ったが、いかんせん、ジュリアは子供過ぎた。

 国王が放った密偵からの報告書を読んでも、ジュリアが子供過ぎるのが原因としか思えない。アメリアの義母に当たる後妻はジュリアに注意すらせずに放置していた。ジュリアがアメリアに近づくのも、母が構ってくれないと言う子供過ぎる動機だ。

 後妻は夫にしか興味がないらしく、アメリアにも近づかない。諸悪の根源は後妻に在るような気もしなくはない。

 これにエリオットが絡み悪化した。構って欲しいだけのジュリアは『未来の義兄』に近づいた。貴族の令嬢としては、まず取らない問題行動だが注意する人物がいない。後妻は放置、父は溺愛している次女が幸せならばそれで良いと来た。アメリアは王妃が原因で初めからエリオットを嫌っていた。

 今思うに、エリオットがジュリアを諭せばこんな事態にはならなかった。

(エリオットの王籍剥奪は自業自得か)

 貴族社会に疲れていたエリオットは純真なジュリアに癒されてしまい、更なる癒しを求めた。

 アメリアはこれ幸いと、婚約解消に向けた準備を進め、今日を迎えてしまった。

 始めの内はアメリアもエリオットに歩み寄りを試みた。しかし、王妃から悪口雑言を聞かされていたエリオットはそれを信じて歩み寄りを拒否した。

「何故こうなったのか」

 思い返せば、後悔ばかりが募る。『あの時こうしていれば』と思うところが多過ぎる。数え上げればキリがない。

 国王の思考を中断するように、ノック音が響く。入室を許可すればやって来たのは宰相だった。

「陛下。根回しが終わりました」

「ご苦労」

 疲労が隠せない宰相を労う。

 根回しの報告を宰相より聞き、国王はふと湧いた疑問を口にした。

「そう言えば、エリオットは何処にいる?」

「侍従に確認しましたところ、パーソンズ邸に向かったそうです」

「……そうか」

 自身の婚約者を無視して、その妹と逢瀬を楽しんでいる。最近になって頻繫にパーソンズ侯爵邸を訪れているから、やっと息子が婚約者の事を気にし始めたと思い『やっと一歩前進したか』と喜んだところにまさかの報告。王も常識で考えて、婚約者では無くその妹に会う為に訪れているとは思わなかった。

 息子への失望が隠せず王は思わず天井を仰いだ。けれど、別の意味で決心も付いた。

「明日の昼過ぎ、エリオットに夫人と妹君を迎えに行かせる。処分の言い渡しは謁見の間で行う」

「分かりました。アメリア嬢は如何なさいますか?」

 エリオットの顔を見たくないと言った、アメリアを思い出す。

「貴賓室の準備をしろ。明日から領地に出発させるまで城に置いておいた方が良い」

 自身で言っておいて何だが、王は『家に居ろ』と言ったが、後妻と義妹が領地に出発するまで何処にいる気でいたのか気になった。彼女は冒険者としても活動しているので宿に泊まる可能性が高いが、何処の宿に泊まるかは不明だ。

 指定の宿に泊まらせるよりも、城に泊まらせた方が不測の事態に対応も出来る。

 エリオットと入れ違いになる形で迎えを出そうと、王は侍従長に明日アメリアの迎えの馬車を手配するように指示を出した。

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