過去を振り返っても、現実は変わらない
「はぁ……」
深夜。宰相を帰らせ、一人執務室で黙々と仕事をこなす。硝子ペンを置いて一息吐こうとしてため息を出てしまったのは許して欲しい。
椅子から立ち上がり、窓から外を見る。
城の周囲の貴族住宅街や城下街は城壁に遮られて見えない。昼間ならば手入れの行き届いた庭園が見えただろうが今は夜。月すら出ておらず、暗闇しか見えない。
――あの日もこんな夜だったな。
今から約一年前。コンスタンス帝国の皇帝を暗殺した夜。あの日は雲に覆われて月が見えなかった。今夜は新月なので見えない。代わりに星が良く見える。
「もう一年経つのか……」
元第一王子と婚約を解消してから一年が経過する。本来ならば、国を離れて冒険者として活動をしていた筈なのに、
「どうして、こうなったんだろうねぇ」
婚約を解消したら、先王の遺言に従って王妃が幽閉され、戦争が起きた。
戦争は終結したが、終結までに起きた政変で上層部の人間と王位継承権を持つ王族は全ていなくなり、その次に継承権を保有していた家は無くなった。
誰を王に据えるかで揉め、非公開だった先王の遺言で大公の爵位を叙爵予定だった自分に白羽の矢が立った。王都の守護役は、国のトップに立った事から不要となった事がせめてもの救いか。
セレスト王国は、セレスト大公国に名を変えて、今に至る。
怒涛の勢いと言うか、波乱万丈の一年だった。
仕事はやってもやっても終わらず、議会は開会しても出席者達で利権と権力の奪い合いで荒れて、周辺国からの使節団が引っ切りなしやって来て――本当に疲れた。
特に使節団が面倒だった。何しろ歓待しなくてはならないのだ。警備と夜会の調整が面倒臭かった。
取り分けて面倒だったのは、滅びたコンスタンス帝国と同じ事をしているもう一つの隣国――スカーレット王国だ。
コンスタンス帝国と違い、属国を抱えた軍事国家で、油断は出来ない。
侵略戦争を行うようになったのは、今代の国王に代替わりしてから。勿論、セレスト王国時代から侵略は受けて来た。
国のトップが入れ替わった事を知り、最初にやって来たのがこの国。使節団代表は自分を見て、見下す態度を隠さなかった。
慇懃無礼としか言えない態度に苛立ちを感じ、ついうっかり『まぁ、貴殿らは宣戦布告で参られたのでしょうか? 我が国は侵略行為に対して断固たる態度を取りますので、手始めに貴方達の首を刎ねてからスカーレット王国に送りましょうか』と言い放ったら面白いぐらいに顔色を変えた。拘束の指示を飛ばすとその場で喚き始めた代表が頭を下げるまで全員でいびった。
そのまま拘束して、『使節団の派遣ではなく、宣戦布告の為に派遣されたのですか?』とクレームをスカーレット王国に送り、外務大臣に使節団を引き取りに越させた。血相を変えてやって来たスカーレット王国の外務大臣を、再び全員でいびり倒してからお帰り願った。
後日、謝罪の書状と大量の謝罪の品が届いたが、外務大臣に丸投げした。
「適当な謝罪文と品物を送れば解決すると思わせない方向でお願い。これは全部送り返して」
安物では喜ばんと教えて来て、そう外務大臣に頼めば、彼はやる気に満ちた顔をした。利権なり土地なり、ぶんどって来いとは言っていないが、節度は守るだろう。
そんな感じに外務大臣を送り出したら、……彼とその部下達は異様に頑張った。
これまでの侵略行為の意趣返しと言わんばかりに、利権や土地や、鉱山などを奪い取って来た。節度は何処に消えたんだろう。
結果、スカーレット王国は数年は静観すると予測出来る、ぶんどりを行った外務大臣と部下達を誰もが称えた。
奪い取って来たものは全て国で管理する事になった。仕事が増えたと内心で嘆息したのは内緒だ。
椅子に腰を下ろし、書類の束を一つ手に取る。書かれている内容はパーソンズ伯爵家についての調査報告書だ。
王籍を剥奪されたとは言え、エリオットは元第一王子。漸く国内が落ち着きを見せたのに、こいつをくだらない理由で新王に担ぐ馬鹿が発生しては困る。
伯爵としての活動状況に領地経営情報、交友関係や家族関係、などが書類に纏められている。仕事は代官に丸投げしているけど、問題は起こしていない。
新しい伯爵としての活動状況に関して、今のところ問題は無い。王子としての教育を受けていたにも拘らず、出来ていなかったらどうするかと心配していたが杞憂で良かった。
側近候補はおろか、取り巻きすらいなかったエリオットの交友関係は非常に狭く、王子時代に熟していた仕事も顔を出す公務のみだった。その為、国内でその顔は広く知られている。突然婿入りしたエリオットを領民が受け入れず、騒動を起きるのではないかと心配はした。が、問題を引き起こしたのは義妹の方でエリオットは巻き込まれたと言う認識だった。実際は逆だが、受け入れられているのなら良いよね。
近づく馬鹿もいないようだが、もう少し様子見をしよう。
机の上を簡単に片づけて部屋を出る。十人近い護衛兵と共に私室にまで移動する。しかし、刺すような視線を感じ、隠し持っていた使い捨てナイフを放り投げるように柱の陰に投擲する。ナイフが突き刺さる重い音と金属を取り落としたような音が響く。護衛兵は漸く慣れてくれたので驚きもせずに柱の陰に向かい、肩にナイフが突き刺さった侍女格好の女を拘束した状態で連れて来た。ナイフを持って来た護衛兵が難しい顔をしている。
「陛下。所持していたナイフに毒が塗られておりました」
「今から尋問して頂戴」
「解りました。朝までには終わると思います」
「うん。朝に報告を聞くね」
慣れたやり取りを終え、侍女の連行を見届けて私室に向かう。
到着した私室は元王族用の部屋で広々としている。王族用なだけ在って、防御結界を展開する魔法具が壁に設置されていたので、術式内容を書き換えて今も使用している。この結界のお蔭で睡眠中に、部屋に侵入を許した事は無い。
天蓋付きのベッドに寝転び、先のやり取りを思い出す。
即位してからこれまでに何度も暗殺者を送り込まれた。今のところ重鎮が襲われた事は無く、主に自分にだけ差し向けられる。
やっぱりアレかな? 女が国のトップって体裁が悪いのか?
考えても分からない。明日宰相に訊ねて見よう。