表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

婚約を解消した日

 ありとあらゆる証拠書類を執務机に積み上げると、一国の王であっても流石に顔を強張らせた。横にいる宰相も口をあんぐりと開けている。

「赤札が殿下の不貞の証拠。青札が妃殿下から受けました数多の嫌がらせと不正の証拠。緑札がパーソンズ侯爵に関する不正の証拠。以上三件分です」

「……ここまで在ったか」

 最もうず高く積まれている証拠書類は青札が乗った書類――王妃関連のもの。この山を見て王はどこか失望したような顔をしている。

「はい。諜報局にて改めて調べて頂いても構いません」

 諜報局の名を口にすれば、漸く再起動した宰相が書類の一つを手に取り、目を通す。

「いや、ここまで詳細に纏められているのであれば、諜報局の再調査は不要でしょう。どうやって調べたか教えて欲しいものが幾つか在りますが」

 政治の相談役が『不要』と言い切ると、王はため息を一つ吐いた。

「アメリア嬢。其方の申し出を受け、第一王子エリオットとの婚約を王家有責で解消する。愚妻と愚息が申し訳ない事をした」

 椅子に座ったままだが、王から謝罪を受けた。

 三年間と言う短い付き合いだったが、誠意を持った行動が出来る辺り、やはり凄いなと再認識する。

「陛下、顔をお上げ下さい。気に入られる努力が足りなかった私にも責任が有ります」

 婚約者の義務として贈り物程度はした。相手からは何一つ貰っていないが。

「いや、アメリア嬢は何度も歩み寄りを試みただろう。先王の王命だからと拒んだのは妻と息子だ」

 確かに自分と王子の婚約は、病弱を理由に八年前に引退し、去年逝去した先王が『王家の意向と言う名の強行』で仮決めしたもの。

 本決まりしたのは三年前の十三歳の時。三年前に開始予定だった妃教育は、初日がある意味地獄だった。

 仲の良い公爵夫人の娘を息子の婚約者にしたかった王妃は会う度に嫌がらせをして来た。全部やり返したけどね。

「侍従にも確認を取ったが、殿下は婚約者としての義務も果たさなかった。アメリア嬢に送ると嘘を吐いて妹君のジュリア嬢に送っていたのは事実。陛下が何度も注意したにも拘らず改めなかった」

「左様。国庫から『婚約者との交際費用』を支給しておらぬから、辛うじて国庫横領罪に問われぬだけだ。支給していたら間違いなく問題になる」

「殿下も個人資産から出すのですから、堂々とジュリア嬢宛と言えば良いのに虚偽申告をしております」

「エリオットは不貞と虚偽申告が問題か。それでも、王妃に比べると可愛らしいものだな」

 宰相と愚痴を零し合ってた王が青札を乗せた書類の山を見て、心底嫌そうな顔をした。

「アメリア嬢。其方は今後どうするつもりだ?」

「殿下との婚約が解消出来ましたので、離籍届を出そうかと思っております」

 提出するだけの書類を王と宰相に見せると、揃って眉間に皺を寄せた。

 家を出るのならば、最短で処理する必要が有ると判断して事前に準備をしていただけだ。狙ってやったのではない。

「離籍届を出したあとは、登録済みの冒険者ギルドで仕事を請け負うかと思っております」

「冒険者か。出来る事なら、宮廷魔術師団に所属して貰いたかったな」

「アメリア嬢なら師団長の地位も狙えたでしょうに」

 今後の予定を告げると、揃ってため息を吐かれた。

 個人的な事情で言えば、縛りの多い貴族籍から離脱出来ればどうでも良い。この辺りが言えないのでちょっと面倒だ。

「色々と山積みになったが、エリオットの扱いを決めるか」

 今後の事を考え、決めてしまえる事を今決める方向に切り替えた王が少し悩んでからあれこれを決める。

「まずエリオット。幸いな事に立太子しておらぬ。側妃の息子、第二王子は婚約者との仲が良い」

 この国――セレスト王国での立太子は二十歳になってからが代々の仕来りだ。遅い気もしなくは無いが、今回のような事が過去何度も起きている。廃嫡は色々と手続きが煩雑だと言う事から『二十歳になってから』と法で正式に決められた。

「パーソンズ侯爵家に跡取り息子がいないのも幸いだ」

 元々跡取り候補は自分だったんだけど、先王に婚約を無理矢理決められたから候補から外れた。女の自分を嫌々跡取り扱いしていた侯爵は『自分を家から追い出せて王家と縁が持てる』と、大喜びしていた。溺愛している義妹が原因で糠喜びになるだろうけどね。

「第一王子エリオットとアメリア・パーソンズ侯爵令嬢の婚約を王家有責で解消。エリオットの王籍を剥奪。パーソンズ家庶子のジュリア嬢と婚約し、婿入りで臣籍降下とする。婚姻婚約の解消は認めぬ」

 自分が王家に嫁ぐ事で王家が得るものが無くなるのだ。王子の処遇は妥当かなって感じだ。

 貴族令嬢となって七年経つにも拘らず、礼儀作法が全く身に付かず、生活魔法すら使えないのが義妹だ。一部令嬢からは『顔だけの娼婦の娘』と笑われている。自分は『顔以外は優秀』と言われていた。親から容姿関係で誉められた経験が無いし、気にした事がないのでどうでも良い。

 なお、王家に嫁ぐ場合は『宮廷魔術師の第一試験に突破する』だけの実力が求められる。この国は割と武闘派なのだ。

「次に、パーソンズ侯爵家は十年前の長女毒殺未遂とその他諸々の不正から伯爵位に降格。当主は投獄、取り調べ後に絞首刑とし、臣籍降下したエリオットに爵位を継がせる。爵位降格に合わせて領地の三割を没収。当主後妻とジュリア嬢とエリオットの三名は二十年間王都への立ち入りを禁じる」

 何もしていない後妻はとばっちりを受けた形だが、侯爵夫人として義妹に注意をしなかったのである意味仕方がない。

 使用人で自分寄りの立場の者はいないし、専属侍女もいないので全員まとめて領地に送るか解雇かな。

「王妃は追加調査後に決める」

 王妃の実家は公爵家だからね。潰すにしろ、降格するにしろ、もう少し横の繋がりの調査をしてからが確実だろう。

「宰相どう思う?」

「無難でしょうな」

 王が横の宰相に意見を求めるが、同じ事を考えていたらしい。無難と肯定した。

「アメリア嬢、不服はないな?」

「ありません。妃殿下に関しても、もう少し横の繋がりを調べた方が確実と判断しました」

「そうか」

 王が満足そうに頷いた。

「婚約解消の発表を明後日の夜会で良いな。パーソンズ伯爵は夜会当日、アメリア嬢の婚約に関する通達名目で呼び出しここで拘束する。エリオットは夜会に出席するだろうから良いとして、……アメリア嬢。夜会に出席するか?」

 当日の手順を考えていた王に唐突に話しを振られた。

「可能なら、夜会には出席したくありません」

「無理もないか」

 馬鹿王子のエスコート無しで参加したくない。デビュタントのエスコートすら拒まれて、義妹を優先されたのだ。

 夜会や公式行事でもエスコートされた覚えがない。

「陛下。夜会で婚約解消を発表すると言う事は、先王陛下の遺言を発表すると言う事でしょうか?」

 確認として、忘れ去られていそうな事を訊ねると、王は『しまったっ!?』と言った顔をした。忘れていたんかい。

「……父の遺言か。発表したら正妃派の貴族が騒ぐか」

「確実に騒ぐでしょう。アメリア嬢とエリオット殿下の婚約が解消、もしくは破棄された場合『正妃を廃妃し、幽閉せよ』との遺言が残っております。夜会での発表は止めた方が賢明かと」

 宰相が口にした先王の遺言は幾つかあるがその内の一つが自分と王子と王妃に関わるもの。

 威張り散らすしか能がない王妃でも、流石に息子の婚約が解消されたら、王妃の座から引きずり降ろされるとは思ってもいないか。否、思ってもいないから嫌がらせをして来るのか。初対面の子供に向かって、わざわざ侍女に拘束させてから熱湯紅茶を頭から浴びせる女だし。

『粗相された時の対処法を教えて差し上げますわ』

 お茶を浴びせ、高笑いしながらそんな事を王妃に言われたので、侍女の手を振り解いて『手が滑った』と言って紅茶が入ったカップを王妃の額に投げ付けた。顔面にお茶を浴びた王妃は奇声を上げて掴みかかって来た。魔法で作った微温湯を侍女共々浴びせれば、悲鳴を上げて大騒動。罵詈雑言を吐く王妃に追加でお湯を浴びせて悲鳴を上げさせ、完全に黙らせる為に蓋を取ったティーポットを掴んだ時に、待ったがかかった。

 待ったをかけて騒動を止めたのは、目の前の国王と先王だった。最初から隠れて見ていたらしく、王妃に謹慎を言い渡し、その場にいた侍女は全員解雇された。侍女は実家で王と先王の怒りを買った事で腫物扱いされている。全員嫁き遅れになっているらしいが自業自得だろう。

 その場で謝罪を先王からも受けた。熱湯を浴びて火傷を負ったが、魔法で治せる範囲だったので即座に治した。

 この時の一件で『第一王子と自分の婚約が無くなったら第一王妃を幽閉する』と決まった。

 妃教育は王子が立太子してからと変更された。各所から疑問の声が上がったが、王妃の所業が公表されると一気に静まった。代わりに王妃と侍女の実家は社交界で針の筵状態に陥った。

 息子の婚約者に熱湯を浴びせ殺そうとしたとも取れるので、各々の実家の教育が疑われる行為だし。

 この日以降、王妃と会わなくなったが、城に用が有って登城すると必ず嫌がらせをして来るようになった。特に、公の場で恥を掻かせようと必死になるので、周囲の王妃を見る目は自然と厳しくなった。

 当然その息子である王子の評価も下がり、次期王太子候補から外した方が良いと声が上がり始めた。母親の愚行を止めない王子はある意味不要って事なんだろうね。部下の愚行を咎めも止めもしない王子は確かに駄目王子だろう。

「パーソンズ伯爵は今日中に呼び出し拘束。明日エリオットに伯爵夫人と妹君を迎えに行かせ処分を言い渡す。王妃は直ちに離宮へ幽閉。こんなところか」

「性急ですが致し方ありませんな」

 予定を変更した王と宰相は頷き合った。あと、王と宰相の中で既に『伯爵』扱いされている。

「さて、アメリア嬢。明日エリオットに処分を言い渡すが、同席するかね?」

「いえ。婚約者で無くなるのですから会えなくとも問題は有りません。顔を見なくて済むのなら見たくありません」

「そうか」

 疲れ切った声で王はそれだけ言った。

 そして、宰相が持って来た婚約解消に同意する誓約書に署名する。これで正式に婚約解消だ。

 王家有責の婚約解消なので慰謝料も支払われる。提示された額は結構な額だが、全額王妃の個人資産じゃないだろうな? 臣籍降下の際に王子の個人資産も幾分削られるとは思うが、良いのかこの額。

 尋ねれば、王妃の実家と解雇された侍女達の実家の財産の一部を没収するから問題ないと返って来た。この分だと婚約解消に関わっている人間の家の財産を削り取って国庫に入れる気だな。

 一部没収と言っているが、今後王家に対して大きく出られないようにする為に見せしめも兼ねて盛大にやるだろう。それも、潰れない程度に。

 この辺りは王と宰相が決める事だから口出しは無用だろう。

 気持ちを切り替えて、改めて離籍届を手に取る。今日は離籍届まで提出するまでを目標にしていたので、離籍届を取り出すと王から待ったが掛かった。

「離籍届は待て。隣国がちとキナ臭い」

 王妃を見ていると平和ボケしているように感じるが、セレスト王国は周辺国に侵略を繰り返している二つの軍事国家に挟まれている。国境沿いでは半年に一度の頻度で小競り合いが起きている。自分も治療の手伝いとして何度か出向いた。うっかり何度か向こうの一団を潰したが、今のところ問題にはなってない。

「分かりました。では暫くの間――」

「王都の屋敷で待機せよ。最低でも十日は居場所が判るところにいるように。王都からは一歩たりとも出るな」

 適当な宿に泊まると言おうとしたが、台詞に被せるように王から指示が入った。

 ……十日以内に何か起きるって事か。

 内心で軽く嘆息を零し、了承する。

 退出しようと一礼したところで、使用人はどうするのか尋ねられた。専属はいないので全員解雇か領地送りと答えた。身の回りの事は大体出来るので、侍女の派遣は不要とだけ言って置く。

 今度こそ一礼して退出した。

 馬車で登城していないので、帰りは徒歩。自分が転移魔法保持者である事はバレているので堂々と使用しても問題はない。今回も城門まで転移で飛んで来たし。でも、ドレス格好で歩いて移動するのは目立つ。なので検問所を通り抜けたあと幻術で姿を消す。検問所勤めの兵も慣れてくれたのでスルーだ。

 王と面会するに当たって正装する必要が有ったが、化粧を始めとした着飾りが面倒なので何時も幻術で誤魔化している。髪は失礼にならない程度に、適当に飾りのついた簪で纏めている。

「んん~、つっかれたぁ」

 伸びをしてから、軽く息を吐いて幻術を解除。一瞬で派手なドレスから冒険者風の衣装へと変わる。

 暗色を基調としたシャツと膝丈スカートに茶色の編み上げブーツ。これにお決まりの黒コートを羽織る。王子の婚約者だった事も在り、顔が知れ渡っているので、誤魔化しで伊達眼鏡を掛ける。纏めていた髪はポニーテールのように結い直す。

 城門から歩いて離れ、王城を囲むように存在する貴族住宅街を抜けたところで姿消しの幻術を解除。

 そのまま城下街に向かう。昼過ぎに王と面会したので現時刻は三時辺り。この世界は時計がないから不便なんだよね。王都や大きな街限定だが、時計の代わりに一時間おきに時刻を知らせる鐘が鳴る。二度鳴らしが午前六時と正午、午後六時の三回。それ以外は全て一度と分かれている。

 城下街を歩き、たまに利用しているカフェに入って一休み。空いている席に着いてお茶とお茶菓子(クッキー三種)のセットを注文。余り間を置かずに来たティーセット(ティーコゼ付き)とお茶菓子を受け取る。この店ではティーポットで注文出来るが代わりに自分でカップに注ぐ。

 カップにお茶を注いだらティーコゼをポットに被せる。

「ふぅ」

 お茶を一口飲む。注文したお茶は甘いミルクティー。王城で出て来るお茶は王妃の嫌がらせで渋いものが多かった。その反動で甘いミルクティーを好むようになった。お茶菓子のクッキーを口に運ぶ。うーん。ビスコッティ並みに硬い。クッキーをミルクティーに浸して食べる。お茶を吸ったクッキーが丁度良い硬さになった。

 お茶とお茶菓子を無言で賞味しつつ、王の言葉を考える。

『隣国がちとキナ臭い』

 隣国と言っていたが、両隣の国は半年に一度小競り合い程度に侵攻して来る国。キナ臭いのは果たしてどちらか。

 どちらも武闘派で、どちらも侵略国。セレスト王国がこの二つの国に挟まれても侵略を阻めているのは、辺境伯と先王の努力の結果だ。

 先王は魔法の研究を好み、国全体を覆う程の巨大な結界術の構築に成功した。

 大規模結界術は膨大な量の魔力を要するが、これは宮廷魔術師が毎日交代で魔力を術に注いでいる。

 で、自分が王子の婚約者に選ばれたのは、単純明快に『魔力量が多い』から。王家に嫁ぐ資格が有るかの審査も突破しているが、魔力の量がものを言った。

 魔力量は先王が構築した結界で『王都の守護が可能』と判断される程。

 つまり自分は、王都の守護の為だけに王子の婚約者に選ばれたのだ。

 国家の重鎮や上層部にいる人間は全員知っている。当然、婚約者の王子やその母親の王妃も聞かされた筈なのだが、あの分では忘れているだろう。

 カップのミルクティーを飲み干し、追加で一杯注ぐ。硬いクッキーをバリボリと貪る。

 ――これからどうする?

 冒険者になる的な発言はしたが、冒険者になって具体的にどうするかは決めていない。

 そもそも、王子との婚約を解消して『何をするか』を決めていない。

 やりたい事はない。旅に出ても途中で飽きるのは確実。

 しかし、やりたくない事だけははっきりとしている。

「どうしようかな……」

 目的も目標もない明日を思い、憂鬱な気分になった。


ここまでお読み下さりありがとうございました。

終わりまで書き上がっているので、最後まで連投します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ