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2023年夏のクトゥルフ短編第2段
今回はフェイク投稿形式での一人称でお送りします。
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俺は今、――市――町のネットカフェでこれを書いてる。
はっきり言って命の危険を感じてるし、遺書と警告のために、この話をここに置いておく。
頭おかしいと思われてもしょうがないけど、この話を読んだうえでそこに行く奴がいたら自己責任で。なんかあっても俺は知らん。
某市のH湖っていう湖のそばに、今は誰も住んでない街がある。廃墟好きとかなら、すぐに「ああ、あそこか」って分かると思う。知らない奴はスルーして欲しい。
早い話、俺は友達の三人と(計四人で)そこに行った。
で、そいつらはもうこの世にいない。
いや、ひょっとしたらまだどこかにいるのかもしれないけど、だとしても人間じゃない何かになってると思う。で、まちがいなく俺もそうなる。
前置き長くてすまん。
ことを最初から話す。
その友達らは大学のサークル仲間で、俺含め全員男。誰も彼女がいないからってんで、夏休みにみんなでどっか旅行に行こうっていうことになった。
そのサークルっていうのが怪談サークルで、普段からみんなで怖い話とかオカ板とか、ホラー映画とか見て盛り上がってた。
心霊スポット巡りもやってたから、こんどの旅行もそういうところに行こうぜってなって、みんな軽い遠征気分だった。
その三人をここでは分かりやすくA、B、Cって呼ぶ。H湖岸の廃墟街を提案してきたのはA。そのA以外は廃墟には疎かったけど、ちょっと調べたら幽霊の目撃情報もあったし、どうせなら新しい世界開こうぜってなってほかの三人も賛成して旅先をそこに決めた。
湖岸って行っても山際のけっこうな奥地でバスも通ってない。俺とBが免許を持ってるから、最寄りの町に宿を取って、そこからはレンタカーで行くことにした。
現地に着くまでには何の問題もなかったからはぶく。
湖岸道路とは名ばかりの、片道一車線の山道を一時間半くらい走って、俺達はようやくそこにたどり着いた。
時間はまだ昼前で、まぁまぁの青空。
斜面に半分埋もれるようにして、街の廃墟が広がっていた。色褪せたデカいビルがまるごとツタに絡まれてたり、木の根がアスファルトを押し上げて割ってたり。文明から突然人間が消えたら、こんなふうになるのかなって、ちょっとしみじみした。
デカいビルって言ったけど、十階くらいの建物がけっこう並んでて、まさに廃都って呼ぶのが似合う。
知ってる奴は知ってると思うけど、そもそもそこは、街自体をひとつのテーマパークとして造った場所だった。色んな娯楽施設や商業施設を詰め込んで、〝ここにくればどんな遊びも出来る〟っていうコンセプトだ。
けれど、結局は十年と経たずに廃業した。
理由は立地の悪さと不景気っていう、ごく当たり前のものなんだけど、なかには妙な噂もあった。
職員、客を問わず、関係者が次々と発狂したり自殺していったというものだ。
これは、山から引き込んでる水に天然の有毒物質が含まれてたせいとも、裏で麻薬が蔓延してたからとも言われている。いわゆる〝消えた町〟にはよくある都市伝説だ。
俺達はしばらく街なかを歩きつつ、廃都の姿をスマホで撮って回ってた。
めぼしい建物があれば入ってみたいと誰もが思ってたが、Aいわく、廃屋には不法居住者がいたり、犯罪者とかヤクザが潜伏してたり、ヤバいものだと崩落の危険もあるから慎重にならないとダメだそうで、そう聞いてしまうと俺含めほかの三人も怖くなってしまって、なかなか「ここ入ろうぜ」とは言い出せなくなっていた。
それでも、軒先や割れた窓からちょっとなかを覗くってことを何回かやって、いよいよ俺ら以外に誰もいないだろうって確信が持てるようになってきたころ、Bが「ここ入ってみよう」って言って、階段を指さした。
上行きじゃなくて下行きの階段だった。隠れ家的なバーとか喫茶店とかありそうな、地下店舗行きのやつだ。
いきなり地下かよ、って俺ら三人は笑いながら引いてたけど、看板見ると大人向けのいかがわしい店っぽかったから、それでみんな乗り気になった。
ここ詳しく書いてもしょうがないから簡単に言うと、そこはストリップバーってやつだった。奥から中央に花道みたいなステージがあって、その周りをテーブルと客席が囲んでた。
窓もなかったからもちろん真っ暗だったけど、Cがキャンプ用のランタンを持ってきてたから、そのおかげでホール全体の様子は分かった。
「せっかくだし、あのステージ乗って写真撮ろうぜ」
ってBが言い出した。ここをチョイスしたのもそうだけど、Bは俺らのなかではいちばん肝が据わってる。
カメラの三脚も持ってきてたCがそれでテーブルのひとつにスマホを立ててタイマーをセット。俺らはステージのうえに並んで、ふざけてセクシーポーズとか取って集合写真を撮った。
その店を出てからも、広い街中を歩き回って、ときどき建物のなかに入ったり写真撮ったりして俺達は廃都の探検を楽しんだ。
けれど山頂が西側だったせいで、夏場なのに、気がついたら街はかなり陰ってきていた。
道中も半分山道だし、陽が落ちる前にはさすがに宿に戻ろうって決めてたから、俺達は名残惜しく思いつつも車に戻った。
最後に振り返って見たとき、山辺の薄闇に建つ街が、ほんとうに〝死の都〟に見えた。そのときになって、俺は街なかで野生の獣や鳥を一回も見なかったし、なんなら野鳥の声すら聞いてないことに気付いて、ちょっと寒気がした。
妙なことが始まったのは、宿に帰って昼に撮った写真をそれぞれ確認しながら話してる最中だった。
Cが、
「こんなんあったっけ」
と言いながら、あのストリップバーで撮った集合写真を見せてきた。
そこにはスマホのフラッシュに照らされてふざけたポーズ取ってる俺らが映ってた。
一瞬へんな笑いが起こったけど、Cが言ってるのは俺達の背後にあった。
俺らの並びは、向かって左から、俺、A、B、Cって順番だったんだけど、そのCのさらに右後ろの、光が届ききってないステージ奥の暗い壁に、変な図形が描かれてた。
伝わるか分からないし画像貼る気もないんだけど、〝?〟を歪めて、さらに足生やしたようなマークだった。
店のシンボルにしては看板にも見なかったし、みょうに存在感があるのに、なかを散策してるときには誰ひとり気付いてなかった。
けれど結局、「俺らより前にそこに入った奴がスプレーか何かで適当な模様を描いていったんだろう」ってことで落ち着いた。
翌日もそのあたりの心霊スポットを巡ったり、観光とは関係なく古本屋に寄ったりして、それはそれで楽しく過ごして、三日目に俺らは帰路に着いた。
問題は、全員が家に帰った、その翌る日のことだった。
『やばい、ちょっと来てくれ』
Cからのグループメッセージで、俺達はサークル部屋に集まった。
「これ、動いてるよな」
Cは明らかに怯えながら、俺達にスマホを見せてきた。あの地下の写真だ。
背後のマークのかたちが、三日前とは違っていた。
グルッと渦を巻くように歪んでいる。
Cが言うには、時間を置いてこの写真を見るたびに、少しずつ図形が変化していっているそうだ。
「お前が加工したんじゃねぇの?」
Bが疑った。怪談サークルにいるが、Bは超常現象自体には懐疑派だった。
俺も正直、Cがドッキリを仕掛けてるんだと少し思ったけど、Cはマジで否定した。
それでCとBがケンカになりかけたから俺とAで仲裁して、
「どっちにしろ、消したほうがいい」
ってAが提案してたことでCもうなづいて、俺らの目の前で、その写真を消去した。
でも、それでは終わらなかった。
『写真が消えない』
夕方、Cからのメッセで俺らは部屋に再集合。
ただBは『いい加減にしよろ』って半ギレのリプ送ってきただけで、集まったのは俺とAだけだった。
Cは隅っこで半分泣きそうになってて、俺もさすがに、これはマジかもしれないって思い始めた。
「何回も消したのに気がついたら元に戻ってて、そのたびに変なことになってくんだ」
写真のマークはさらに渦を大きくして、その端はCの背後に被ってた。C自体はブレてない。背景だけが歪んでる。コラ画像作って遊んだ経験のある俺が拡大して見ても、加工したようには見えなかった。
しかも、渦の中心には、明らかにおかしなものが映っていた。
それは、黄ばんだボロ布を頭巾のように頭に巻いた、人間の顔に見えた。
「明日、御祓いに行こう。神社探しとくし、俺も着いてくから」
俺達はなんとかCを落ち着かせて、その日は家に帰らせた。
翌朝、起きてスマホを開くと、Bの怒りのメッセがグループに連投されていた。
Bが言うには、起きたらスマホの画像フォルダに例の写真が入っていたらしい。
夜中のあいだにCが送りつけてきたんだとBは主張したが、いくら送られてきたからって、ダウンロードしてないものがフォルダに入るわけがない。
俺らがそう言うと、Bもようやく「それもそうか」ってなって落ち着いた。けど、朝とはいえ、当のCからは一向に返信がないし、既読も付かない。
で、Bがその写真をグループに投げて、俺らにも見せてきた。
それはたしかに、あのときの写真だった。
けれど、映っているのは俺とAとBだけだった。
Cはいなかった。
いや、正確には、Cがいたところには、人影のような黄色い塊があった。本当に、黄色く塗りつぶしてぼかしたような塊だ。昨日見たときに印から出てきてたヤツに似ていたけど、こっちのには顔っぽいものはない。
例のマークのほうは、もとの形に戻っていた。
ただし、Bの後ろに移動していた。
Cから応答ないのが気になって、午前中の講義がない俺とBで家を訪ねた。
Cは学生用アパートにひとり暮らしだ。俺達は呼び鈴を何度も押したが反応はない。
留守かと思って直接電話をかけてみたら、なかから着信音がした。
何かあったかも、と、俺達は急に怖くなってアパートの管理人に話し、合鍵で開けてもらった。身分は学生証と、他で撮ったCと自分達の写真で信じてもらった。
Cはいなかった。スマホも財布も、靴もそのままで、本人だけが部屋から消えていた。
詳細ははぶくけど、とりあえず管理人がCの家族に連絡して、その家族から警察に捜索願いが出されることになった。
その間にも、こんどはBが「スマホがおかしい」って言いはじめた。
「あの画像、消しても消しても復活する!」
Cと同じことがBにも起こっていた。
そのときはまだ、あのマークも渦を巻きはじめたところだった。
「Cのやつ、ウイルスかなんか移しやがった!」
それでもBはこれが、Cによる手の込んだドッキリだと信じていた。
俺もまだその可能性を捨ててなかったし、ことによるとBもCとグルなんじゃないかと疑っていた。ただ、Cの怯えかたもBのキレかたも演技には見えないし、アパートの管理人やCの家族を巻き込んでまでやることとも思えなかった。
結局、Cが何処に行ったのか分からないまま、その日は終わった。
次の日の夜。
俺は昼過ぎから晩までバイト入ってて、スマホ開いたのは八時を回ってた。
グループに履歴が溜まっててまさかと思ったら、Bが「C絶対に許さん」とかキレ散らかしてて、それをAがなだめてた。
例の写真も何枚か貼られてて、それを見て俺はゾッとした。
グニャグニャに歪んだあのマークから、黄色い奴がBに向かってだんだん伸びてきていた。
むちゃくちゃ気味が悪かったのと、バイトで疲れてるのもあって、薄情だけど、俺はしばらく既読無視を決め込んだ。
けれど、停留所で帰りのバスを待っていると、メッセの着信音が恐ろしい勢いで鳴りまくった。一回の音が「ティリン」ていうのだとしたら、「ティティティティティティティ」みたいな。
さすがにおかしいと思って見たら、滝のような画像添付だった。映画かアニメのコマを見させられてるように、一枚ずつ時間が進んでいて、俺が見ているあいだにもそれは更新され続けた。
黄色い影が広がって、Bに覆い被さってゆく。
そしてBがすっかり包み込まれたところで、それらは一斉に消えた。
【この画像は削除されました】
っていう文章だけがあとに残って、BもAも嘘みたいに、何も言わなくなった。
俺はパニックになった。が、家に逃げ帰るのではなく、むしろ二人を放っておいたことへの罪悪感が暴走して、そのままBの住んでるマンションに走った。
Bの部屋の鍵は開いてて、なかにはAがいた。あとで会話の履歴を確認して分かったことだが、AはBと直接話すために途中から家に来ていたらしい。
けれど、そのときのAはもう、まともに話せる状態じゃなかった。
俺が何を聞いても、虚空を眺めながら「ああ」とか「うう」とか、言葉になっても「あの顔」とかしか言えなかった。
Bはどこにもいなかった。Cと同じだった。
すると、Aがいきなり自分のスマホを床に投げつけて、しかも近くにあったテレビのリモコンでガンガン叩きはじめた。
俺はAを止めようとして、立ちすくんだ。
すでにバキバキに割れた画面には、俺と、Aと、黄色い塊がふたつ、並んで映っていた。
やがて赤とか青とかの線が出てきて、スマホは完全に真っ黒に塗りつぶされた。
やりきった、というようにAが溜息と笑い声を上げた。
するとテレビが点いた。
Aがリモコンのスイッチを押したせいかと思った次の瞬間、俺達は凍り付いた。
テレビ画面に映っていたのは、たったいまAが叩き潰したはずの写真だった。Aは半狂乱で悲鳴を上げ、俺はとっさにテレビの線をたどってコンセントを引き抜いた。
ブツ、と小さな音を立てて画面が消えた。
が、その直後には復活した。電気が通ってるはずがない。
「あああああ!」
Aが叫びながら部屋にあった椅子を振り回した。テレビを狙ってたんだろうけど、俺がそばにいるのもお構いなしだった。
俺のほうもそのとき「Aに殺される」って思って、もう一回パニック起こして、今度こそ逃げだした。
靴下のまま飛び出して、足の痛みも忘れてひたすらに走った。外まで聞こえるAの叫び声が遠ざかるのを感じながら、「追いかけてくるな」って、ひたすら願った。
気がついたら、俺はこのネカフェにいた。
逃げてるあいだに、夜の暗さと静けさと孤独に耐えられなくなって、たまたま見つけたこの店に飛び込んだ。
息荒れてるし汗だくだし靴下だしで、店員のおっさんの目が不審者を見るそれだったけど、気にしてられなかった。
明るいし、人の気配も一応あるから、俺はようやく少し安心して眠った。Bの家に戻るかどうかは、朝が来てから考えることにした。
もちろん戻ってないし、もう戻る気もない。
目が覚めたときには昼回ってた。二十四時間で借りててよかった。金払えないと思うけど。
スマホに親とか友達(Aじゃない)から、しこたま着信が入ってた。
Aが自殺したということだった。
早朝、Bのマンションの近くの神社に「御祓いしてくれ」って転がり込んで、祓ってもらったその直後、線路に身を投げたらしい。
前夜にBの部屋で騒いでたのは近所の人にも聞かれてて、当のBが行方不明なのと、もう一人ぶんの靴が残ってたことで、「仲良かったお前、何か知らないか」「ていうか何処にいる」状態だった。
とりあえずこれを書き終えたらここのURLを送っとくつもりだけど、果たして間に合うかどうか自信がない。
最初に、命の危機を感じてるって俺は言った。
ていうかもう覚悟してる。
Aが死んだ瞬間から、あいつは俺に取り憑いた。神社の御祓いがいい加減だったのかもしれないけど、だからって別の手を試す暇はない。
履歴確認したあとにホーム画面戻ったら、設定した覚えもないのに、あの写真になってた。
俺一人と、黄色い塊が三つ。
スマホはシャワールーム使うついでに清掃用具と洗剤でぶっ壊した。
だからこれはブースのPCで書いてる。
立ち上げたときからずっと、あの写真が新しいウィンドウでチラチラ出てきては、どんどん場面が進んでいく。
このモニター壊したって無駄だろう。あいつはどの画面にだって現れる。モニターのない生活を送れとか言われるだろうが、この現代社会でそんな生活想像できるか?
だいたいAだって、死んでも逃げられなかったわけだ。
そろそろ黄色い奴がからだひろげてきた
書いたけどおくるひまなさそう
ぜったいにあの街
【この画像は削除されました】
最後までお読みくださりありがとうございます。
今回も怪談とクトゥルフとを組み合わせた話を、フェイク投稿形式でひとつ書いてみました。
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投稿形式ということで、かなり口語のつよい文体ですが、誤字脱字報告もお気軽にどうぞ。